その4
勇者と女将軍は近くの街に向かう列車に乗り込んだ。勇者だからと電車賃は必要なかった。道中、女将軍は旅の道順や手筈の説明を行っていたが、ただのモブである勇者にとって無料で列車に乗ることが初めてで気分が良かったのか、彼女の話も上の空、挙げ句の果てに居眠りまでする始末。それに気付いた女将軍は、勇者にデコピン。飛び起きた勇者に対し、数々の苦言を呈した。しかし、その言葉さえ届いていない様子に、彼女は考えを改めた。
「私たち、これから一緒に旅をするわけでしょ?だから自己紹介をしましょう。」
「(あんたが勝手に付いてきたいって言っただけだろ。)」
「私はイザベラ。君が暮らす国、カーペンタールの将軍を務めている。女だからと行って甘く見るなよ。」
「(その将軍がこんなところで何してんだよ。)」
「今、将軍が何してんだよ、みたいな顔したね。分かるよ。」
「そんなつもりじゃなかったんですけど、バレました?」
意外と正直者のモブ勇者。今度は彼の自己紹介だ。
「俺は、ナグ、です。勇者、らしいです。」
「勇者じゃないのか?」
「イヤイヤイヤイヤ、勇者です!」
「ふふっ、ナグか。良い名だ。よろしく、勇者ナグ。」
「よろしく、イザベラ将軍。」
「将軍は要らないわ。国を出たら意味の無い肩書きよ。でも君は違う。本当に、選ばれし勇者ならね。」
勇者は再び返答に困った。だが、電車に無料で乗れたことが、少しだけ自信になり、勇気が持てたようだ。
自己紹介が終わると、列車が止まり出す。目的地に着いたようだ。
着いた街で行うこと、それは仲間を増やすことだった。この街の酒場では優秀な戦士が雇えると評判だった。イザベラはそれを目的としてここにやってきた。そして魔王が居座る地の通り道であることも、この街を選んだ理由となった。
イザベラは勇者の前を先導して歩く。そして立ち止まる。勇者は目的地に着いたのかと聞こうとする。しかし、彼女の視線の先を見て、それが間違いであったことに気がついた。
彼女の視線の先にあるモノ、それは玩具屋だった。子供のように目を輝かせているイザベラ。彼女に対し、言うべき言葉が見つからないナグは、彼女の服の裾をクンクンと引っ張る。すると、我に帰った女将軍は振る舞いを正す為、首を横に数回振って咳払いをした。
「このことは、誰にも言わないでくれ。」
良い脅し文句が出来たと心の中でほくそ笑んだモブ勇者だったが、この場は素直に従い、目的地の酒場に向かった。
酒場は広く、仕事を求めている強者達で溢れていた。そんな状況でも女将軍であるイザベラは堂々としている。
「この中で、一番強い戦士は誰だ?名乗り出ろ!我がカーペンタール国王の命により、魔王討伐の任についてもらう。」
その言葉を聞いた全ての男達が鼻で笑い、そして吹き出し、最後には大声で笑い出した。なぜ笑うのかをイザベラは問うたが、意味は無い。男の一人が立ち上がって質問し始めた。
「なんだぁ?そんなことをして何になるって言うんだ。どうせ世界は終わりさ。それとも、勇者にでもなろうってか?」
「ふふっ、そうだとも。ここに居るこの少年こそ、予言によって選ばれし勇者であるぞ!」
その発言に、酒場は再び嘲笑で溢れた。モブであるナグの中で勇者の自覚が芽生え始めた時にこんなことになって、自信は簡単に喪失した。「笑うな!」とイザベラは一人怒っている。
「そもそも、女と子供一人で何が出来るていうんだ?第一、あんた魔王討伐とかいって、軍隊引き連れたのに、大失敗して王子は救えないまま、大勢が死んだらしいじゃないか。そんなヤツに、誰がついて行くかっての。」
「くっ・・・!」
「(よく考えてみたら、酒場で人雇うのって凄いリスキーだよな。酒場なんてこんな馬鹿な大人達が集まるところだぞ。そんなに優秀な戦士なら、酒場で仕事なんて受けないだろ。)」
勇者が黙って心の中で独り言を言っていると、イザベラが一歩前に出て、男の一人を殴り飛ばしてしまう。
「女だからって、甘く見るなよ!」
そこからは凄い騒ぎになった。殴り合いの大げんかになったが、イザベラはさすが、無傷のままだ。もう埒があかないと思った勇者は、イザベラの手を引いて酒場を後にした。イザベラはまだ収まっていないようだが、勇者は必死で逃げた。そして大通りから一本逸れた道に入ると、勇者は女将軍をいさめる。
「何してんの、イザベラさん!これから魔王を倒しに行くのに喧嘩する!?」
「・・・我慢できなかった。」
「アンタ良く将軍になれたな・・・。」
そこに、一人の男がやってきた。