その3
勇者はベッドで目を覚ます。そしてゆっくりと状況を確認し、認識する。自分の行いが馬鹿であったと思った後、鋭い不安が脳裏を支配した。
「ヤバい。あの防具、クソ重たかったとは言え、周りから見れば勇者が防具を身につけただけで気絶するなんてあり得ないと思うに違いない。そうなったら、俺が勇者じゃないことがバレる!そうなったら、前の生活には戻れない。色んなヤツから馬鹿にされて、人生終わりだ!何とかしないと・・・。」
そんな彼の心配通り、女将軍は王に謁見していた。将軍は跪き、王に対して伺いを立てる。
「国王陛下、恐れながら申し上げてもよろしいでしょうか?例の勇者についてです。あの少年、本当に予言にある勇者なのでしょうか。本当に、予言は正しいのでしょうか。」
「君は、彼が勇者ではないという証拠を掴んだというのかね?」
「いえ、そう言うわけでは。しかし彼は未だ幼い。というより、幼すぎます。彼を頼りにするなら、もう一度私に軍をお任せ下さい!必ずや、魔王を打ち倒し、王子を取り戻して見せます!」
「今の君に、それほどの信頼はない。もはや、門番すら任せられん。」
女将軍はかつての大失敗を出され、言葉を飲み込むしかなかった。しかし未だ用意していた台詞がある。
「ならば、私に勇者の護衛をお許し下さいませんか?彼が本当に選ばれし勇者だとしても、あの幼さでは色々と不便があるでしょう。その手助けをしたいのです。どうか、お許しを。」
王は眉間にしわを寄せ、彼女の言葉を一蹴した。しかし彼女も反撃を繰り出す。
「もう私には、門番の任すら任せていただけないのでしょう?私は、王子を救いたいのです。」
あまりの目力に、王までもが萎縮した。一度振った拳を開くのは難しい。王は彼女の言い分を受け入れるしかなかった。女将軍は息巻いて王の間を後にし、勇者が休んでいた部屋へと向かった。
彼女が勇者がいる部屋の扉を開くと、勇者は窓から逃げだそうとしていた。その瞬間を見られて汗が止まらない勇者。必死に言い訳を考えていると、女将軍が先に声を出した。
「勇者よ。気分はどうだ?」
彼女の言葉に、返答しようとするが困ってしまった勇者は、ゆっくりと部屋の窓にかけていた足を下ろすことしか出来なかった。
「あの・・・、俺、未だ子供だし、遊びたい盛りだから・・・。」
勇者は自然と気をつけをしていた。顔は緊張と恐怖で染まる。
「いや、勇者よ。そんなに畏まらなくてもいい。お前の本意かどうかは別にしても、これからお前はこの国の王子を助けに行かなくてはならない。だが一人では心細いだろう。そこで、私も共に行こう。地理には詳しいし、お前よりは力もある。どうだ、私も連れて行くか?」
その前に勇者には気になることがあった。
「え、チョット気になるんだけど、もしかして俺一人で魔王のところに行かせようとしてました?」
「あぁ、そのつもりだった。お前は勇者だからな。」
「勇者って・・・。」
「違うのか?」
「いえ!俺は勇者ですよ。・・・あぁ・・勇者だぞー!・・・・。何か言って下さい。」
「で、連れて行くのか?行かないのか?」
「じゃあなんで一人で行かすはずの俺に、付いてこようとするんですか?」
「色々事情があるんだ。」
「こっちは一人の方が気楽ですよ。どうせ監視するために付いてくるんでしょ?だったらコッチから願い下げです。」
「頼む、連れて行ってくれ。」
「え?」
「頼むから、連れて行ってくれ。いや、一緒に行かせてくれ、勇者よ!理由は深く聞くな。とりあえず、一緒に行かせてくれればそれで良いんだ!」
「嫌です。」
「お願いぃ、私も連れて行ってくれぇ!」
女将軍は涙声でそう言うと、勇者も断ることが出来なかった。何よりも、彼女の泣き顔に少しだけ、ほんの少しだけときめいてしまったのだ。
かくして勇者と女将軍は行動を共にし、王子奪還の使命を果たすため旅に出る事になった。それが決まると、女将軍は武器庫から回収していた軽装防具と槍、短刀を勇者に渡す。勇者一人での旅では心許ないが、将軍が付いているとなればこの不安も和らぎ、装備を身につけた勇者。
そうして二人は旅に出た。この旅が果てしなく長い旅になる事を、この時の勇者には知る由もなかった。女将軍は少しだけ、そんなことになる予感を心の奥に持っていたが。