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モブが勇者であるために  作者: 黒い折り紙
2/5

その2

昨夜の緊張からは想像できないほど、爽やかな目覚めを迎えた勇者。母親はいつものように振る舞っているが、指先からは惑いが見える。そして寝起きの勇者を見て、涙を流しながら駆け寄り、強く抱きしめた。


 いつもなら朝食の時間だが、勇者になったモブには、そんな時間は許されない。朝早く王の城に赴くように、との王からの命令が下っていた。勇者といえど、王より上位ではない。地味で小さい家の周りには多くの兵士が姿勢良く立っている。勇者が目をこすりながら家から出てくると、兵士達は機敏な動きで道を空けるように整列する。その先にはやけの豪華な馬車がある。モブには一生無縁の代物だが、勇者にとっては日常茶飯事。モブはこの瞬間、少しだけ勇者の自覚が芽生えた。


 モブも馬車に乗ったことくらいはあったが、こんなに乗り心地の良いものではなかった。良く訓練された馬の蹄の音に、自然と眠りに落ちていく勇者。その両脇には男女の兵士一人ずつが周囲を警戒しながら勇者を守っている。勇者は心強かったことだろう。


 城に着いた後は目まぐるしいほどの仕事に忙殺される勇者。髪型から服装、話し方に至るまで、様々な手直しを加えられた勇者。そのどれもに上手く順応し、勇者として形作られていくモブ。元々は何物でも無い只の村人だ。何にだってなれる。


 もはや村人ではなくなったモブ。見た目は良くなったが中身はただの凡人。その身に鎧を纏う必要がある。勇者は城の武具庫に誘われた。女将軍が全ての武器・防具に関する紹介を事細かに行う。全ての武具のサイズが勇者に合わされている。王の命令によって町中からかき集められた勇者に合うサイズの武具だ。さすがに全て新品、とは行かなかったが、それでも力の入り様は見事な者だ。しかし、勇者は将軍の説明を聞いているふりをするのがやっとだった。説明が一通り終わった後、勇者は自由に武具を選ぶ権利が与えられた。女将軍は、勇者がどの武器を選ぶのか、非常に興味があるようだ。勇者は一歩ずつ歩きながら全ての武器に目を通す、かと思いきや武器を無視して防具の棚に一直線、頑丈そうな防具を指さしていった。


 そうして集まった防具は、女将軍でさえ身に纏うことが出来ないほど重く、頑強だった。多くの兵士は冗談だと笑う。それもそのはず、勇者は未だ子供で、ここに並ぶ武具は彼の体格に合うサイズだけだ。にもかかわらず、尋常ではない重さの防具がそこにはある。何か一笑いのために誰かが用意した玩具だと思ったのだ。しかし勇者は譲らない。1つずつ、含み笑いを浮かべる兵士の力を借りながら、時間を掛けて身につけていく。


 全てをつけ終わる頃には、兵士でさえ肩で息をする程だった。それを身につけている勇者はどれほどの苦痛だろうか。余りに幼いと勇者を心の中で馬鹿にしていた兵士達も、思わず感嘆の音を上げる。


 さて、そんな苦痛に耐える勇者の思惑は1つだった。それは、「死にたくない」ということ。少しでも堅い防具を身に纏えば、傷つくことが少なくなる。そんな単純な発想が、彼にこんな馬鹿げた行動を選ばせた。ただ人間、命に関わることになれば必死になる。鎧を身につけ、一歩も動かずに重みに耐えている。周囲の兵士達は勇者の行動に目を丸くしたが、次第に見方が変わってくる。余りに動かなさすぎるのだ。ピクリとも動かない勇者を見守る兵士達。少しずつ心配が勝ってくる。兵士達は互いに視線を合わせ、一同女将軍に指示を仰ぐような目で訴えかける。それを察した女将軍は、勇者に声を掛けようと一歩前に踏み出した途端、


「バタン!」


と大きな金属音を立てて、勇者が後ろ向きに倒れた。白目をむき、口から泡を吹いている勇者。兵士達はざわめく。そんな中一人冷静だったのが女将軍だ。兵士達に勇者を救護室に運ぶよう的確に指示をし、自ら勇者が身につけていた防具を剥いでいった。そして運ばれていく勇者を見送ると、女将軍は散らかった鎧を片付けた。そして数種類の軽装防具と槍、そして短刀を持ち、武器庫を後にするのだった。


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