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モブが勇者であるために  作者: 黒い折り紙
1/5

その1

額から、大量の汗が流れ落ちる。少年の視線は定まることを知らない。理由は単純、自分とは不相応な場にいることが分かっているからだ。広い部屋の中には豪華絢爛の装飾が施され、シャンデリアは今にも落ちてきそうな程大きい。威厳たっぷりの大人達が厳しい目で少年を見つめる。少年は足を震わせながら、椅子に座っている、というより椅子に磔にされているという方が正しい。


「王の準備が整いました!」


衛兵が大きな声で報告すると、広間に緊張感が広まる。あまりの大きな声に、心臓が痛くなった少年は、思わず立ち上がってしまう。すると現れた王が優しく微笑みかけ、着席を促した。王の声は優しく、それでいて焦りを隠せなかった。


「緊張するかな?無理もないか。」


王の言葉に返事をしなければ。その心が、声をうわずらせた。


「どうして、僕なんですか?」


少年の何気ない言葉に、広間は先ほど以上の緊張感に包まれる。重い口を開いたのは、王だった。


「君は、勇者なのだよ。」

「へ?」

「予言さ。古くから伝わる預言者の言葉には、君こそが世界を救う勇者だとある。余りに幼いが、ワシは信じている。君は勇者だと、私の娘を救い出してくれると。」

「はぁ・・・。」

「どうか、頼む。娘を救い出し、世界を救ってくれ。勇者よ。魔王を討ち滅ぼしてくれ、勇者よ!」


一通り会話を終えても、少年の理解が追いつかなかった。年は13の男だが、顔つきは少しずつ大人になってきているが、まだまだ幼さが顔から溢れている。その顔を見た広間の人々は、王の決断の間違いを確信していた。だが王は絶対。王とはそういうものだ。決定事項に異を唱えられるモノは居なかった。


「どうだ、勇者よ。引き受けてくれるか?」


提案とも脅迫とも取れる言葉。少年は生物としての本能から、首を縦に振ってしまう。


少年の返事を待っていました、と言わんばかりに広間に豪勢な音楽が鳴り響く。拍手と共に王が少年の側に歩み寄り、手を強く握る。そして少年は王と共に広間を出て、民衆の前に半ば無理矢理出される。


正に、拍手喝采だ。そこに居る人間全てが勇者の旅立ち、そして世界の救済を心から期待し、心からの拍手を送っていた。王は更に強く少年の手を握る。


「頼む。真の勇者になってくれ。」


少年にだけ聞こえる声だった。それを聞いた少年は目を大きく見開いて王を見つめる。そしてこう思う。


「大丈夫か、この王様?」


拍手はいつまでも鳴り止むことはなかった。そして勇者は厳重な警備の元、一度だけの帰宅を許された。


母と珍しく抱き合い、過酷な運命を互いに呪った。母の手作り料理を食べ、いつものように帰らぬ父の帰りを祈る。日常のように模倣された新たな日々の始まりだ。家の周りには多くの人間が厳重な態勢で立ちはだかっている。


胸の焦りは拭えない。勇者は眠るしかない。堅いベッドへの愛着を1つずつ捨て去るように寝返りを何度も繰り返す。そして同時に、胸の中で同じ言葉を何度も繰り返す。


「俺、モブなのに。」


これは、予言によって勇者に選ばれた、選ばれてしまった「モブ」の少年が、勇者として生き抜いていこうと奮闘する物語。少年は世界を救うという使命を背負うことになったが、所詮モブはモブ。超能力も無限の命も無敵のスーツも無い。何も無い、何も持っていない少年が勇者として生きていくためには、「嘘」しかなかった。


確かに、勇者の資格がない少年がこんな扱いを受けている時点で彼は嘘をついていると言える。だが、君は勇者だと王から言われ、「自分は違う」と言える人間がどれだけ多くいるだろうか。言えば元の生活に戻れただろうか。いや、もっとヒドいことになるかも知れない。その程度のことは、少年でさえ分かっていた。彼は彼なりに、必死で生きる道を考えたのだ。次に彼が考えるべき事は、「どうすれば自分がモブであることがバレないか」ということだ。

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