奈落の底
名も無き神を奉じる者達は、火山の底を気の遠くなるような年月をかけて堀り進み、くり抜いて、名も無き神殿を築き上げた。
火山とは、地下を巡る膨大な魔力の流れ、地脈の噴出口でもある。
それを礎として、術式を織り交ぜながら建てられた神殿は、地脈から大量の魔力を吸い上げて蓄える、貯蔵庫の役割を果たしていた。
誰に知られる事もなく、自らの名も忘れ、脈々と彼らの計画は紡がれてきたのだ。
その神殿の最奥。暗闇の果てにて、ようやくにして彼らの宿願が芽吹こうとしている。
黒い靄の壁に覆われた魔方陣の前に座し、名も無き教団の司教は万感の思いで待つ。
幾百年をかけて捧げ続けた彼らの祈りが、今まさに届こうとしているのだ。
儀式は完全な形で成功した。先に朽ちて行った同胞へも胸を張って告げられる程に。
既に事は成った。成るとは、終わったという事だ。
今この瞬間にも、何者かが侵入し、自分を排除しようとも、既に無意味である。
一度起動さえすれば、神殿に溜め込んだ膨大な魔力が陣へ注ぎ込まれる。その間、大地その物ともいえる強大な魔力障壁に阻まれ、いかなる手段を用いても干渉する事は出来ない。中断は不可能だ。
後は時が満ちるのを静かに待っていれば良い。
計画を早めた為に、月が欠け切るにはまだ間がある。
目前の魔方陣をじっと見詰め、司教は祈りを捧げていた。
ふと、無数の蝋燭でも照らし切れない深い闇の奥から、こつんこつんと床を叩く音が響いた。
しかし司教にとっては最早全てが些事だ。視線を送る事もせず、祈りを捧げ続ける。
「──いやはや、滝の裏側に通路があるとはね。傘があってちょうど良かった」
「私が見つけたんですからね~。そこを忘れないでくださいよ~?」
「分かっているよ。お手柄だ、助手君」
「だから~、髪をくしゃくしゃにするのはやめてくださいってば~」
わいわいと姦しい声が、靴音と共に響いてくる。
一人静かに時を待つつもりだった司教にしてみれば、招かざる客だ。
しかしそれすらも、何もかもがどうでもいい。
全く反応しないまま、遂に声の主達が灯りの内側へと足を踏み入れてきた。
「やあ、お邪魔するよ。これはまた素敵な祭壇じゃないか」
「おお~、なんですかあの真っ黒な壁は~」
声をかけられようが、司教は微動だにしない。
「何だね、随分不愛想じゃないか。盛大にもてなしてくれるかと思っていたのに」
「もしかして眠っているのでは~?」
「ああ、徹夜続きならばそういう事もあるか。一つに打ち込むのは良い事だが、根を詰め過ぎるのは感心しないね」
尚も緊張感の無い話し声が近寄ってくる。
「出迎えをしてくれないならば仕方ない。勝手に寛がせて貰おうか」
「ちょうどお腹も減りましたしね~。お弁当出しましょうか~」
「気が利くね、助手君。ではのんびり食べながら見物と行こう」
背後で何やらがさごそと音がする。本当に食事を始めるつもりなのか。
この場所に至って、何故平静を保っていられるのかが甚だ疑問ではあるが、今の所は特に邪魔をする訳でもなさそうだ。
祈りへの集中が削がれそうになるものの、結局司教はそちらを一瞥もせずに、そのまま放置する事にした。
誰が何をしようとも、起動した魔方陣は止められないのだから。




