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反撃の糸口

 黒い赤子達は、森の中をゆっくりと進みながら、時折大木を引き抜いては、無造作に前方の戦場へ向けて放り投げる。


 狙いも何もなく、適当に落ちてくるだけの物だが、その質量と衝撃は凄まじい。

 後方から際限なく沸いてくる蛇蜘蛛すら思慮の外らしく、無差別に踏み潰し、あるいは投げた木に巻き込んでいる。

 前線の冒険者達は、目の前の蛇蜘蛛の群れを相手にしながら、上空から容赦なく降り注ぐ投下物にも気を配らねばならなかった。

 主に森の周辺に展開する者達へ向けて投射されているが、時折河を超えて飛来する事もあり、その度に陣形が乱される。


「どうやら、あのやんちゃ坊主は一定距離以上は森から出て来ないみたいね」


 遠目に観察をしていたアルトの指摘通り、赤子達は皆森の中程で留まり、森より外へは出てきていない。


「ああ、奴らは攻めじゃなく、森の防衛に回ってるんだろうな」


 同様に双眼鏡を覗いていたオーウルが賛同する。


「あの大砲みてぇな木の投擲が厄介だな。あれがなきゃ一回前衛を下げるんだが」


 恐らく戦線を下げれば、赤子の注意が河のこちら側へ向くだろう。下手をすればフロントの町へ直接大木を投げかねない。それを避けるには、森周辺で気を引き付ける囮が必要だった。

 回避力に自信が有る者を中心に送り込んでいるが、一撃でも食らえば致命傷になるだろう。    ハルケンの支援効果があるとはいえ、冒険者達もよく凌いでいると称賛して然るべきだ。


 何人かの冒険者が、赤子へ向けて火球や氷柱の魔術を打ち込んで行くが、表面を削りはするものの、あっという間に元に戻っていく。驚くべき再生力である。

 そしてそれらが発射された方向へと、大木を大砲のように射出して反撃するのだ。

 その圧倒的な頑強さと破壊力は筆舌に尽くし難い。動きが鈍重なのがまだ救いと言える。


 ふと、4体の赤子の内、一際大きな個体が、下流の方へと向きを変えるのがジャンの目に止まった。


「まさか、海魔へぶつけるつもりなのか?」


 その予想通り、下流の河へ最も近い森の端へと到達した赤子は、威嚇のように大きく口を開いた。


 オギャアアアアアア!!


 その叫びに反応するように、河辺の蛇蜘蛛を蹴散らしていた海魔がその姿を視界に収める。

 対峙すると、両者の大きさはほぼ変わらないように見える。

 海魔が対抗するように咆哮する。


 キュオオオオオオオオオオン!!


 その叫び声と共に、触腕の一本を赤子へ向けて鋭く伸ばす海魔。


 バチィン!!


 狙いは違わず、黒い赤子の頬を張り飛ばし、その巨体を揺るがした。


 オギャ、ギャアアアアア!!


 殴られたことを理解した赤子が、即座に海魔の触腕を掴んで強く握り締めた。

 ズズズ、と河の中から引っ張り上げかねない凄まじい腕力で、引き寄せようとしている。


 キュオオオオオオン!!


 そうはさせじと、新たな触腕を数本繰り出し、赤子の顔面を絡めとり、握り潰そうと力を込める海魔。


 オギャアアア……!!


 たまらず触腕を握っていた手を放し、触腕を引きはがそうと手を顔に伸ばす赤子。

 やがて外すのが難しいと判断したのか、周囲の木を引き抜いて手槍のように海魔へ向けて次々と投げ飛ばし始めた。

 目が塞がれているために狙いは滅茶苦茶だが、その内の数本が海魔の身体に突き刺さった。


 キュオオオオ……!


 その衝撃に、思わず力を緩めた隙に、赤子は触腕からするりと抜け出していた。一度後ずさりをすると、海魔と睨み合いに入った。


「怪獣大戦争ね……」


 ジャンの横に立って様子を見ていたアルトが呟く。


「一体引き受けてくれたのは良いが、足元が疎かになってしまっている。1軍から何隊か選抜して、下流方面の防衛に向かわせろ! もちろん奴らの巻き添えにはならないように距離を取ってだ!」


 ジャンが指示を飛ばす中、アルトが森と赤子達の動きを探る。


「にしても、見事に壁になってて森の奥がよく見えないわね」

「わざわざその後ろに大事なもんがあるって言ってるようなもんだぜ」


 実際、黒い3体の赤子達はある程度の距離を取って横一列に陣取り、何かを庇っているようにも見える。


「……近寄って、さっきみたいに迎撃されるのはごめんだし」


 相手は投擲攻撃もすると判明したのだ。飛行しての偵察は危険だろう。

 双眼鏡で観察を続けるアルトの視界に、ふとしたものが映り込む。


「……あれ、なんか細長い物が繋がってるわね」

「どれだ? ……ああ、有るな。後ろに向かって伸びてるようだが」


 レンジャーならではの観察眼を持って、情報を共有する二人。

 それぞれの赤子の後ろ足の付け根、あるいは腹部からだろうか。一本の太く黒い綱のような物が、森の奥へと続いている。


「へその緒……か? もしかすると、あれが補給線になってるせいで、あれ以上進軍できねぇのかもしれん」

「ああ、そういう事。それならあの異常な回復力も納得ね」

「ではやはり、敵の本陣とも言える召喚陣がその先にあるのでしょうか」


 脇でやりとりを聞いていたジャンが呟く。


「そう願いてぇが、少なくとも空中にはねぇな。森の中だとしても、奴らの図体と木が邪魔でここからじゃよく見えん」


 オーウルが双眼鏡から目を離さずに答える。


「魔術師のお二人のご意見はどうでしょうか」


 ハルケンとアルトに水を向けるジャン。


「ああ、私は治癒系統以外は全くの門外漢でして。残念ながら何もお答えできません」


 ハルケンが申し訳なさそうに眼鏡を曇らせる。


「あたしも召喚術は詳しくないんだけど……村の長老から聞いた範囲で良ければ」


 ジャンが頷くと、先を続けるアルト。


「召喚魔術ってのは大きく分けて二つあって、一つは自然現象に基づいた精霊なんかを呼び出して使役する物。あたしらエルフが得意とするのがこれね。もう一つが、異次元への門を開いて、未知の存在を呼び出す方法。まさに今奴らがやってるのがそうなんでしょう」


 森を顎で示しながら、アルトは更に言葉を紡ぐ。


「その方法にも系統があって、完全に支配下に置いて複雑な命令をこなせる術と、大雑把にしか命令できない術とがあるのよ。見た感じ、相手は物量を優先して、後者を選んだようね」

「成程……奴らの動きに明確な指揮系統が感じられないのは、召喚そのものに集中する為に、細かい指示が出せないから、という訳か」


 それを聞き、ジャンは何かを思い付いたようにオーウルへと向き直る。


「……そう言えば、オーウル殿は先程アルト殿を助けた際、どの程度の距離から狙撃されたので?」


 あの時点ではまだハルケンの支援範囲にはいなかったはずだ。


「まだ街道沿いにいたから、2㎞くらいだな。それがどうした?」


 何でもないように言うオーウルに、ジャンが驚愕の表情を浮かべる。


「なんと、それだけ離れていても正確に撃ち抜かれたのですか!」

「そりゃ、あたしの師匠だしね? それくらいはできて貰わないと。3㎞でもいけるでしょ?」


 アルトが自慢げに胸を反らす。


「成程、納得です。それならば、一計を思い付きました。皆さん聞いて貰えますか」


 ジャンがその場の面子を集めて、策を説明していく。


「ふぅん。いいぜ、乗った。俺の役割が単純なのが気に入った!」


 ナインが拳を手の平に打ち付けて賛同を示した


「あんたね……単純だけど一番危険で重要なのは理解しときなさいよ? あんたの働き次第でその後が決まるんだから」


 アルトが呆れつつ釘を刺すも、相棒なら務まるだろうと反対意見は出さない。


「流石の立案ですぞ、ジャン殿。事が成った暁には、指揮を任せたお二人も鼻を高くされる事でしょう」


 ハルケンが一礼してみせる。こちらも賛成のようだ。


「おう、この状況でよくそれだけの案を捻り出せたもんだ。大したもんだぜ」


 オーウルがジャンの背中をバンバンと叩き、にかっと笑いかけてみせる。


「ご理解頂けて何よりです、いたた」


 鎧越しにも響く張り手に苦笑しながらも、ジャンは並み居る面々へ、順に目を合わせていった。


「それでは、迷える死者共を、本来いるべき地獄へと送り返してやりましょう」

「「応!!」」


 ジャンが目の前に突き出した拳に、それぞれの拳がかつんと打ち合わされた。


伏線回収に入ります。

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