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魔女の陣中見舞い

 フロント防衛軍がハルケンの支援を受け奮闘している頃、ようやくソルドニア率いる突入部隊は山の麓へと辿り着いた。


 「光輝」の発動によって道は出来たものの、突如現れた蛇の胴体を持つ蟲のような怪物の大群に阻まれ、退けて進むのに随分な時間を食ってしまったのだ。

 幸い敵は個体の強さは大した事が無く、ソルドニアは勿論、部下30名も全員が生存していた。流石に無傷とはいかなかったが、随伴した治癒魔術の使い手により回復可能な程度の軽傷で済んだ。


 森を抜けた頃にはすっかり夜の闇に沈み、各自腰に下げた魔術の籠ったランタンを点灯している。


 森から山の麓との間にはまだ少し距離があり、「光輝」が抉り飛ばした以外の地面にはそれなりの雪が積もっていた。


 ソルドニアは森から出ると、その雪原を横目にしながら地に穿たれた跡を進み始めた。

 そして正面に視線を戻した時、有り得ない景色が目に飛び込んできた。


 今雪化粧を見たばかりだと言うのに、眼前には色彩豊かな花畑が広がっていたのである。

 色取り取りの花が咲き乱れ、美しい蝶や蜜蜂がゆったりと飛び回っている。

 しかも夜中だったというのに真昼のように明るく、春の日差しを受けたように暖かい。


「これは一体……」


 後方を見ても、今まで走り抜けてきた森は存在しない。広大な花畑が広がるばかりだ。

 すぐ後ろを歩いていた部下と目が合い、お互いに困惑の表情で顔を見合わせる。

 その後ろで、何もない空間からすっと別の部下が姿を現し、同じような驚愕の顔を浮かべた。

 見ている間に他の部下も続々とこの異様な空間へ合流して来る。


「団長、これはどうなっているのでしょう」


 周囲を警戒しつつも、困惑が抜けない表情の騎士が尋ねる。


「わかりません……敵の罠でしょうか」


 道中に蟲も配置されていたのだ。こちらが真っ直ぐ進むルートを取る事は把握していただろう。敵が何らかの魔術陣を展開していた可能性はある。


「全員円陣を組みつつ周囲警戒! のどかな風景だが油断はせぬように!」


 ソルドニアの声にすぐさま反応し、陣形を整える騎士達。全方向へ死角無く注意が向けられる。


 不意に、その緊張した空気にそぐわない、涼やかで優しい声が響いた。


「やあ団長君。遅かったじゃないか」


 聞き覚えのある声に振り向くと、果たしてそこには、4人のガーグ族が担いだ御輿に乗ったサンデーが、エミリーと共にこちらを見下ろしていたのだった。


「──サンデー殿! 何故ここに……いや、もしやこの有様は貴方のお力ですか?」


 警戒していたにも関わらず、いつの間にかに姿を現した件についてはこの際触れず、この状況についてのみを尋ねるソルドニア。


「そうだとも。君達が魔物の気を引いてくれたお陰で先回りできたので、休憩所を作ってもてなそうかと思ってね」


 サンデーが羽扇で示した先には、先程までは確かに花畑が広がっているのみだったはずだ。

 しかし今はどうだ、立派な天幕がそびえ立っているではないか。


「これからいよいよ敵陣に乗り込むのだろう? 一旦ここで休んで行き給えよ」


 ガーグ族が膝を折り、御輿からサンデーとエミリーを下ろした。


「いや、しかし……奴らの企みがいつ果たされるかわからないのです。一刻を争います」


 ソルドニアが難色を示すも、サンデーは一笑に付した。


「ふふふ、君は意外とせっかちなのだね? だからこそだよ。無理を通して辿り着いたは良いが、そこで体力が尽きていては話にならないだろう。急がば回れ、という言葉を知らないかね?」


 羽扇越しに笑いながら、サンデーは天幕の入り口へとゆっくり歩き始めた。ガーグ族もそれに続く。


「ここは外と時間の流れが少しずれていてね。ここでの1時間は外では10分程だ。そして私が招待した客しか入れない仕組みになっている。敵襲も時間も気にせず、しばしゆっくりして行くと良い」

「だ、そうですので~。皆さんお疲れでしょう~。中へどうぞどうぞ~」


 サンデーが説明をしながら天幕の入り口を潜り、エミリーもそれを示しながら皆を招いている。


「そのような空間を作り上げるとは……なんという御方なのか……」


 尊敬はしていたが、ここまで理解の及ばない力を有するとは思っていなかったソルドニアは、ただ感嘆するしかなかった。他の騎士達も同様だ。

 どういう理屈で成り立っているのかはさっぱり不明だが、先程までいた場所とは間違いなく別の空間である事だけは肌で感じ取っていた。


「団長様~、早く行きましょう~。お仲間さんもお待ちですよ~?」


 入り口に立つエミリーがそう言って急かす。


「仲間? もしや先行の調査隊ですか?」

「はい~。中におられますので直接お話されてはどうでしょう~」

「……わかりました。それではお邪魔させて頂きます」


 ソルドニアは後方の部下達にも続くよう目配せをして、大きな天幕の入り口を潜り抜けた。


 外から見ても大きく立派だったが、中に入ると更に驚かされた。

 まるで兵舎の大食堂の内装をそのまま持ってきたような、広く清潔な空間が広がっていたのだ。


 4人掛けのテーブルと椅子のセットがいくつも並び、奥には厨房のような場所が見える。

 何やら調理中のようで、ちょうど空腹を訴えていた身には堪えられない匂いが漂っていた。

 思わず騎士の一人が腹をぐぅと鳴らし、照れたように頭を搔いてみせた。


「──団長!」


 奥のテーブルに座っていたレンジャー風の男が、ソルドニアを見るなり立ち上がり、走り寄ってきた。


「調査隊の者ですね。確かベインと言いましたか。貴方だけですか?」


 見覚えのある顔を確認し、ソルドニアの顔に一瞬の安堵が浮かぶ。しかし男の次の言葉によってそれはかき消される。


「……はい。他の者は恐らく……」


 首を振りながら項垂れるベイン。


「そうですか……しかし貴方だけでも無事で良かった。報告を」


 ソルドニアに促され、ベインは背筋を伸ばして毅然とした態度を作った。


「はっ。我々はカルト教団の潜伏先と思しき火山洞窟を発見し、その探索中に教団の者と思われる黒いローブを着た者達に襲われました。他の者とは散り散りに逃げた為、安否は不明です。私だけで地上に到達したものの、通信機を逃げる最中に落としてしまい、止むを得ず森へ潜伏していた所を、サンデー殿に保護して頂いた次第です」


 きびきびと報告を終えたが、失った仲間の事が悔やまれるのだろう、語尾は涙声が混じっていた。


「……ご苦労様でした。重ねて言いますが、貴方が助かって良かった。サンデー殿にも感謝を申し上げます」


 ソルドニアがサンデーへ深々とお辞儀をしてみせた。


「構わないさ。その子が隠れていた周囲に、その黒いローブの者達がたむろしていてね。追手がいるのでは(くつろ)げないだろうと思って、『ここ』を作る際のヒントにさせて貰ったのだよ」

「つまり~、このリラックス空間を作る着想をもたらしたという意味でも功労者さんですね~。ご希望でしたら記事にさせて頂きますが~、どうしましょう~?」

「そ、そんな! 『英雄漫遊記』に私如きが載るなど恐れ多い!」


 サンデーの言葉を要約したエミリーに問われ、ベインが恐縮したように首を横に振った。


「そうですか~。では匿名ということで~」

「そ、そういうことでしたら……」


 やはり「漫遊記」そのものへの憧れはあるのだろう。ベインは妥協案を受け入れるのだった。


「まあ積もる話はあるだろうが、まずは食事にしないかね。先程も空腹を訴えていた子がいたようだしね?」


 くすくす笑いながら、先に腹を鳴らした騎士を見やるサンデー。見られた騎士は真っ赤になって俯いてしまった。


「サンデー殿、あまり部下をからかわないで頂けませんか」


 ソルドニアにも苦笑をする余裕が出てきたようだ。気にするなと言うように、部下の肩を叩いて見せた。


「いや、可愛らしい子を見るとついね。それでは好きな席に着き給え。私の手料理を振る舞おうじゃないか。まあ量が量だ、メイドの手も借りてはいるがね」


 その一言に従い、騎士達ががやがやと話しながら席に座っていく。


「サンデー様の手料理とは!」

「何と光栄な事だ!」

「絶対に生きて帰って皆に自慢するぞ!」

「お前フラグ建てるなよ!」


 それを見ながら席に着くソルドニアに苦笑が浮かぶ。


「皆、少し浮かれすぎですよ。確かに光栄な事ですが」

「はっ、失礼しました団長」

「ここは兵舎に雰囲気が似ていまして、つい気が緩んでしまいますね」

「そうですね。我々に休息をさせようというサンデー殿のご配慮が感じられます」


 4人席に一人で座っていたソルドニアの元に、エミリーがベインと連れ立ってやってきた。


「団長、我々が調査した洞窟について詳細をお話しします。同席してよろしいでしょうか」

「ええ、もちろん。こちらから呼ぶつもりでした」

「私達もお話を聞きたいのでご一緒して良いでしょうか~?」


 エミリーがサンデーの分も同席を求める。


「ええ。サンデー殿がおられなければベインの命は危うかったはず。お聞きになる権利があります」


 許可を得てエミリーが席に腰を下ろすと、厨房から数人のメイドが現れた。

 黒地に白いエプロンを付けた典型的な給仕の格好だ。

 しかし皆、サンデーのような黒髪黒目の美貌を持つ者ばかりだった。騎士達も思わず目を奪われる。

 静まり返った食堂を、料理を乗せた銀盆を手にしたメイド達が悠然と歩き回り、手際よく料理を配膳していく。


 全員分をテーブルに運び終えた彼女らが厨房へ消えていくと、入れ替わりにサンデーが顔を出した。


「さあ諸君。心ばかりのものだが、遠慮せずに、好きなだけ召し上がれ」

「「頂きます!!」」


 サンデーの言葉が号令となり、一斉に食事が開始された。


 テーブルにはサンデーの用意した料理が所狭しと並べられている。


 焼き立てのふわふわなパンがバスケットに山盛りになり、大きなボウルに瑞々しい野菜のサラダが溢れ、湯気を放つとろとろのオムレツが己を主張し、干し肉と根菜を入れてじっくり煮込んだシチューの入った皿が食欲をそそる匂いを漂わせている。

 特に目に止まるのは、魚を大きな植物の葉で包んで蒸し焼きにした料理だった。


 どれもありふれたメニューではあるが、不思議と感動をもたらす味わいだ。

 英雄自ら作った料理という点に加え、ここまでの疲労と空腹がトッピングされている分もある。

 しかし、丁寧に作られたと思われる温かみが感じられるのだ。それはまるで故郷の料理を食べたかのような郷愁を思わせた。

 それらはたちまちの内に騎士達の胃の中へと収められて行っては、その度にメイドが追加の皿を持ってやってくる。


「さて、お邪魔するよ団長君。しっかり食べているかね?」


 皆の食べっぷりを見て、満足そうに目を細めながら、サンデーがソルドニアの正面へと腰を下ろした。


「ええ、どれもとても美味です。特にこの魚料理が感動的でした」


 ソルドニアが皿に取り分けた蒸し魚を示して顔を綻ばせた。


「それは良かった。あの子達の集落でレシピを教わったのでね。早速作ってみたのだよ」


 そう言いながら、隣の席で相伴に預かる4人のガーグ族を見やるサンデー。


「ほう、それはそれは。ガーグ族の郷土料理と呼べる物なのですね」


 感心したようにソルドニアがフォークを口に運んだ。


「本来なら、彼ら特製の樹木酒も併せてやるのが一番なのだけどね。流石に戦の前に飲むのはまずかろう。そういう訳だ、助手君も我慢し給え」


 酒の話題になり期待を浮かべたエミリーの表情が、一瞬にして沈んで行った。


 しばし和やかな食事が進み、場が落ち着いた頃に、ソルドニアがベインへと顔を向けた。


「さて、それでは調査隊がどこまで掴んだかを聞かせて貰いましょう」

「はい。これをご覧ください」


 料理が一部片づけられ、空いたスペースにベインが丸めた羊皮紙を広げた。


「これは……見取り図ですか?」


 入り口を示すマークから、幾筋もの線が引かれ、交差したり離れたりと複雑な軌道が描かれている。


「はい。我々が確認できた範囲の洞窟内の地図です」


 ベインが頷きながら指を差していく。


「まず洞窟への入り口は複数あり、どこから入っても同じ通路に繋がる場所があります。しかしその正解のルートを通らなければ、延々と同じ場所を回り続ける構造になっているのです」

「そのルートを探索中に、連中に襲われた、と?」

「はい。しかしいくつかまでは候補を絞れています。隊を分けてそれぞれの道を進み、正解を発見した隊へ合流して進むのはどうでしょうか。洞窟内で通信機が繋がるのは確認済みです」


 ソルドニアがしばし思考する。


「……敵が潜伏している所で戦力を分けるのは避けたい所ですが……」

「しかし洞窟内の通路は狭く、大人数ではかえって動きにくいかと思われます」

「そうですね……時も惜しい。その手で行く事にしましょう」


 ベインの後押しによって考えをまとめると、ソルドニアは頷いた。


「方針はまとまったようだね。それでは出発までは、しばし英気を養っていくと良いさ」

「感謝します、サンデー殿」


 ソルドニアが深く礼をする。

 彼女と出会ってから、何度こうして感謝をしただろうか。


 サンデーの各地での活躍が無ければ、今頃は教団の目論見はすでに達成されていたかもしれない。それを思うと、ソルドニアの心中には己の不甲斐無さと、サンデーへの敬意がない交ぜになる。

 この度の作戦の成功をもって、彼女の恩義に報いなければならないと、堅く心に誓う。


 ソルドニア以下突入部隊の面々は、振る舞われた料理と厚意を噛み締めて、来る決戦へ向けての血肉とし、士気を高めていくのだった。


久々のサンデー様。おかん力も高めです。


また一つ評価を頂けてとても嬉しいです。やる気が沸いてきます。

毎度のお願いになりますが、辛口でも良いので評価や感想を頂けると幸いです。

感想についてはログインしなくても受け付ける設定になっているので、お気軽に一言書き込んで貰えればありがたく思います。

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