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背水の陣

 濁った赤黒い液体を振り撒きながら、悲鳴じみた咆哮をあげる影の翼竜。


 ナインは空中で態勢を入れ替えると同時に、アルトの飛行の魔術が再発動して下へ方向を変えた事を悟る。


「人間様を見下ろすなんざ、100年はえぇんだよ!!」


 落下の勢いを利用して、未だ声を上げ続ける顎へ向けて、止めとばかりに渾身の一撃を振り下ろす。


 メキグシャッ!


 形成されつつあった骨格を完全に粉砕しながら、顎から首の根本まで深々とめり込む棍棒。

 翼竜の羽ばたきが止み、落下に入ろうとしている。


「おっしゃあ! まだまだぁ!」


 竜の体に足をかけ、めり込んだ棍棒を引き抜いては、何度も殴打を叩き込んでいくナイン。

 「物理が効くならば、棍棒こそが最強」を標榜しているナインの面目躍如であった。

 聞くに堪えない破裂音が上空に響いている。


「威力は認めるけど、やっぱスマートじゃないわねー」


 アルトが肩を竦めてそれから視線を外す。

 偶然だが──その目に重大な情報が飛び込んできた。


 アルトが今しがた切り落とした黒い球体の下半分。

 それがずるずると河の表面を滑るように移動を開始していた。


 向かう下流の先は、フロントへと注ぎ込む水門だ。


「──指令さん! 水門の防衛は!? 兵が見えないけど!」


 咄嗟に通信機でジャンへと呼びかけながら、黒い水面と同化した液体を追いかけるアルト。


『──こちらでも異形の移動を確認した。しかし水門前は領主殿から配備は不要との事で』

「はぁ!? あれが町に流れ込んだらどうすんのよ!!」


 妙に冷静なジャンの言葉に思わず怒鳴り返すアルトだが、ふと何かを思いつく。


「……策があるってこと?」

『策……ではなく、ただ任せておけば良いとしか」


 ジャンも詳しくは聞いていないようで、要領を得ない。


 そうしている間にも、黒い液体が徐々に形を変えながら下流を下っていく。ナインが相手をしている竜のような形状になりつつある。


「ああ、もう! 水門の上で迎撃するしかないわね!」


 アルトは再び飛行の魔術を起動し、最高速度で水門の上の城壁へと降り立った。


 正面にはゆったりした流れが篝火を反射して煌めいている。

 河口近くな事もあり、この辺りの水深はかなりある。水面下に潜られれば、魔銃では届かない可能性がある。

 水門自体は頑丈な鋼鉄で、作りもしっかりしているようだが、未知の怪物相手にどれだけ持ち堪えられるかは謎である。


 蛇行する河を、ぼこぼこと収縮しながら体積を増しつつある黒い竜が、カーブを曲がって流れてくるのが視界に入った。こちらには翼が確認できない。水に落ちた事で水竜のようになったのだろうか。


 アルトが舌打ちをしながら、マナバッテリーの残量を確認し、リロードを始めた時だった。


 突如、目の前の水面が激しく割れ、ざばりと巨大な何かが姿を現したのだ。


 水面と同様に篝火の光をてらてらと反射し、黒光りする巨体。その高さは城壁にも匹敵する。

 アルトにはその姿に見覚えがあった。


「ちょ……あの時のイカ!! 何でここに!!」


 まさしく、フロンティア号を襲撃し、島の海岸洞窟にてサンデーの軍門に下った海魔の姿がそこにあったのだ。


 キュオオオオオオオオオオオオ!!


 相変わらずの、身に震えが来るようなおぞましい咆哮を発すると、正面に流れてきていた黒い竜に向けて、激しく触腕を振り下ろしたではないか。


 ザバアアアアアアアアン!!


 水面を割るような強大な一撃が、黒い肉塊を撒き散らした。

 河の外まで飛び散ったそれらは、再びもぞもぞと動き出し、変形を始めていたが、海魔の触腕がことごとく巻き付いては胴体の方へと運んで行く。

 そして聞こえてくるのは、ぐちゃぐちゃという何かを引き潰すような気味の悪い音。


「まさか……食べてる……?」


 アルトが指摘した通り、それは咀嚼音であった。


 破損した黒い竜の全身を、海魔は触腕でがっちりと巻き取った。続いて細い触手を展開して、あちこちをぶちぶちと引きちぎっては、胴体の下に位置する口へ運んで食しているのだった。


 アルトが茫然と眺めている間に、彼女が取り逃がした球体の下半分は、全て海魔の胃の腑に収まっていった。


 キュッフウウウウ……


 まるでゲップでもするように息を吐くと、海魔はゆっくりと上流へと遡り始めた。


「え、ちょ、今度は何よ!?」


 アルトが飛行してその後を追う。ようやくにして、この海魔がサンデーの支配下に入っている事を思い出したのだ。


 その向かう先には、海魔からすれば蟻にも等しい蛇蜘蛛の群れ。

 海魔は触腕の一振りで何十匹も掬っては口へと運んで行く。


『いやまさか、サンデー殿の使い魔が配置されているとは思いもしなかった』


 同じく観察していたジャンから通信が入り、この事実は兵や冒険者にも伝達済みだという。

 そのため先程まで蛇蜘蛛と交戦していた部隊は下がり、河へと誘導する作戦に切り替えたのだと。


 最早そこは戦場ではなく、海魔のディナー会場となり果てたのだった。


「……指令さん、貴方知ってたでしょう?」

『ふっ、いや失礼。貴女の慌てる姿が珍しかったもので、つい』


 忍び笑いを漏らしつつ、ジャンの謝罪が聞こえてくる。


『そういう訳で、水門の心配はなくなった。手の空いた者はナイン殿を援護している所だ』

「……了解。あたしも向かうわ」


 自分達を苦しめた化け物が味方になったのは喜ばしい事だが、アルトはいまいち腑に落ちない気分だった。


出番の無いサンデー様の代理のイカさん無双です。

サンデー様の出番はもう少し後になります……

なるべく登場人物皆に見せ場を作りたいので、もうしばらく防衛戦の様子にお付き合い下さい。


評価やブクマ、感想等もお気軽に頂ければ嬉しいです。

つまらなければそう言って貰えるだけでも今後の糧になりますので、よろしくお願いします。

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