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饗宴の始まり

「やあ、領主君。君も一杯やり給えよ」


 湖の調査隊に合流する途中、ガーグ族の集落へ立ち寄ったアシュリスを迎えたサンデーの第一声がそれだった。


 広場には木や骨で組み上げた大きな台座が置かれ、その上に置かれた立派な椅子に、サンデーとエミリーが祀られるようにして座している。


 周囲では昼間だというのに、ガーグ族が飲めや歌えの大宴会を展開しているのだった。


「サンデー殿、これは一体何事ですか?」


 戸惑いを隠せないアシュリスに、サンデーが気楽に答える。


「いや、何やら懐かれてしまってね。歓待は受けなければ勿体ないだろう?」

「いや~タダ呑み最高ですよね~」


 隣ではエミリーがすでに出来上がった様子で杯を重ねている。


「来たのか、下流の民の長よ」


 族長がこちらの姿を認め、歩み寄ってくる。その手にはコップが二つ握られている。


「まずはともあれ飲むが良い」

「はぁ……では、頂こう」


 アシュリスはコップを受け取り、族長と乾杯を交わし、一口飲み込む。


「おお……これは」


 アシュリスの目が驚きと好奇に光る。


「領主君も気に入ったようだね」

「はい、とても良い酒ですね。……それは良いのですが、そろそろこの有様の説明をして頂けませんか?」


 痺れを切らしてアシュリスが尋ねる。


「うむ。今回多くの死者が出た物でな。我ら戦士は戦場で死ぬ事は誉れ。故に葬儀に際しては盛大に宴で送り出すのが我らの流儀なのだ。言わば弔い酒だな。それと、我が女神に奉じる宴でもある」


 族長が代わってそこまでを言い、サンデーの座した祭壇へ向けて跪く。その声に死を惜しむ色は見えない。やはり人とは死生観が大分違うのだろう。


「だからいちいち畏まらずとも良いと言っているのだけどね」

「礼と言う物は形でも示すべきと考えているのです」


 羽扇の裏で微笑むサンデーに、族長が言い含める。


 横で聞いていたアシュリスには少々耳の痛い言葉である。

 宮廷や政治の場というのは、何事も建前と駆け引きが必要な世界だ。心で思っている事とは裏腹な態度を取る事の何と多い事か。


 それに比べて彼ら森の民は実にシンプルだ。敵対すべきには容赦なく抗い、敬うべきは徹底的に崇める。

 その心と行動の一致ぶりは、なんと清々しい様であろうか。


「まあそれはさておき。領主君。明日は新月だね」


 サンデーが急に水を向けてきた。


「……はい。やはりサンデー殿も怪しいと思われますか?」

「少々使い古されたやり口だとは思うのだが、得てして王道とはそんなものだからね。効果があるからこそ伝え続けられているものさ」


 羽扇を振りつつ、サンデーは空を見上げた。

 まだ昼間のため、そこには曇った冬空が広がっているのみだ。


 新月。

 魔術的には死を暗示する自然現象だ。

 月が満ち、生命に溢れた後、欠け、死を迎える。

 そのサイクルは魔術の儀式においても大きな影響を与える。

 光に属する術式には満月。闇に属する術式には新月を選ぶと、相場が決まっている。

 恐らく敵の儀式は新月に合わせて行われるだろうと読んでいるのだ。


 今日まで、遂に先行の調査隊からアジトの入り口発見の報は無かった。ソルドニアには数日前に既に出撃を命じてある。現地にて調査隊と合流、及び探索をさせるためだ。

 今日中に潜伏先を発見できなければ、儀式を中断させる事が難しくなってしまう。


「ああそう言えば、今日は随分とお洒落なのだね?」


 サンデーが再び話題を変える。アシュリスもこの所の付き合いにより理解しつつあったが、彼女は思い付いたままに話を始める癖があるようだ。


「ええ。今回は私も本気で臨まねば、領地の存亡に関わると思いましたので」


 そう答えたアシュリスの恰好はいつもの地味なローブ姿ではなかった。

 真紅に染め上げた鮮やかなローブの上に、金糸で編み上げたと見える薄手のケープを羽織っている。

 両手の指全てに様々な宝石の指輪をはめ、細かい装飾が施された腕輪を両腕にはめている。

 首からも幾重にもネックレスがかけられ、それぞれにはめられた宝石が淡い光を放つ。

 額には赤い宝石が目立つ金色のサークレットをはめ、その手には霊木から削り出したと見える立派な杖が握られていた。

 どれもが一級の魔力が込められた品々だと、一目でわかる。

 だが残念な事に、全身が統一感の無い極彩色で染まってしまっていた。


「その恰好で外に出るとは、なかなかの剛胆さと言うべきでしょうか~」

「あ、自覚してますのでこの姿は絶対に撮らないで下さい。絶対です!」


 エミリーがタブレットを手に持つと、慌てて静止するアシュリス。


「所蔵品の中でも有用な物を手当たり次第に身に着けてきたのです。緊急時なのでセンスの無さは目を瞑って下さい」

「一枚くらいは記念に~……」

「駄目です!」

「残念です~……」


 鬼の形相で言い切られ、エミリーが珍しくしょんぼりしている。


「さて下流の民の長よ。女神の使徒から事前に聞いたように、我らの集落跡には陣を張っているぞ。ぬしらの兵も合流するが良い」


 改まって、族長がアシュリスへと告げる。

 因みに女神の使徒とはエミリーを指している。


「有難い。無理を聞いて貰って申し訳ない。多くの同胞を亡くされたばかりの時分に、その戦場跡を利用させて貰おうなどと……」


 アシュリスが感謝の礼を示すと、族長が頭を振る。


「どのみち民を失い過ぎて、あの土地はもう維持ができぬ。それよりはこれからの戦に役立てるのが良いだろう」


 先の蛇人の襲撃の際、巨狼の吐いた炎によって、河沿いの集落は全て焼け落ちてしまっていた。

 幸いサンデーにより鎮火され、森の全焼は免れたが、居住地としては機能しない焼け野原と化していた。


 以前に湖を調査した際にアシュリスが作り出した、堰を兼ねた物見櫓が付近に有り、陣を引いて湖跡と東の森を監視し、防衛網を展開するのに都合の良い場所だったのだ。


「さてさて、指揮官殿が来たのなら、私はそろそろお暇するとしようか」

「女神よ、行かれるのでしたらお送りしますが」

「そうかね? ではお言葉に甘えようか」


 サンデーが言うと、族長が部下へ合図を送る。

 すると、サンデーとエミリーの座る台座が、4人のガーグ族によって前後から持ち上げられた。祭壇であると同時に、御輿にもなっていたのだ。


「サンデー殿、どちらへ?」


 アシュリスは薄々勘付きながら訪ねる。


「なに、黒幕とやらが何を成すのか。ちょっと見学にね」


 そう言いながら、いつものように羽扇の奥で笑うが、何かを思い付いたようにアシュリスを手招きするサンデー。


「ああ、そうそう。領主君。少し耳を貸してくれないか」

「なんでしょう?」


 御輿の上から顔を寄せ、小さく耳打ちを受けたアシュリスの目が見開かれる。


「それは本当ですか……! ありがとうございます!」


 アシュリスが咄嗟に深々と頭を下げる。


「いや何。この島では美味しい思いもさせて貰った。少しばかりのお返しだとも」


 羽扇を口元に戻し、サンデーはアシュリスに軽く手を振った。


 その時だ。ずしんと、地面に軽い振動が広がった。


「始まったか……!!」


 アシュリスが魔力を察知し、東の空を見据える。


 そこには、新月のように真っ黒な円がぽっかりと森の上に口を開けていた。

 ソルドニアの部隊が向かった方向である。


 遠目に、その黒い淵から何かが零れ落ちているのが見える。

 何らかの術式が起動したのは間違いがない。


「さて、それでは諸君。健闘を祈るよ」

「サンデー殿!」


 サンデーが別れを告げた時、アシュリスは力を込めて叫んだ。


「数々の恩を受けながら、重ねてお願いするのも烏滸がましいのですが……どうか私達を……この島をお救い下さい」


 再び首を垂れるアシュリスに、


「ふふ、観光客にあまり期待はしないでくれ給え。まあ、なるようになるだろうさ」


 そういつもの気楽さで返すと、サンデー達を乗せた御輿は河を超えて東の森へと入って行った。


次こそ、次こそ戦闘開始しますのでorz

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