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管を巻く者

「はぁ……お姉様、素敵……」


 何杯目かのグラスを空にし、アルトは再びその言葉を吐き出した。手には王国新報の朝刊があり、英雄漫遊記のコーナーが開かれている。


「おい、あんまり飲み過ぎるな。いつ招集がかかってもおかしかねぇんだぞ」


 アルトの手元からボトルを取り上げ、オーウルが棚へと仕舞い込んだ。


「え~もうちょっといいじゃない~。仕事来たらすぐ酔い覚ましの魔術かけるんだからさー」

「その発動すら怪しいだろうが。全くなんだってんだ。色恋沙汰には縁がねぇと思ったら、まさか『そっち』だったとはな!」


 呆れてオーウルが額に手をやる。


「なによー。人の好みはそれぞれでしょーが」


 アルトがこっそり隠し持っていた小さな瓶をポシェットから取り出すと、蓋を開けてそのまま口を付け始める。


「てめぇ、まだ持ってやがったのか。シーフ並みに手癖の悪い奴だ」


 最早諦めて、テーブルにどかりと腰を下ろすオーウル。


「あと何か勘違いしてるけど、愛とか恋とかそんな生温い物じゃないから。何て言うの……そう、運命! あの時ビビッと全身に駆け抜けた感覚! 今思い出しても堪らない……」


 そう言いながら身を抱きしめるような仕草をしつつ、テーブルの上へふにゃふにゃと突っ伏すアルト。


「いやまあ、言いたい事は俺もなんとなく分かるぜ」


 隣で同じく酒を飲んでいたナインも大きく頷いている。


「姐さんに芸を仕込まれた時、あの優しい目で見下された瞬間。あれは忘れられねえ……」


 それを聞き、アルトががばりと身を起こす。


「そう、そうなのよ! あの目! ものすご~く慈愛に満ちてるんだけど、どこか下に見てるっていうか、いや、悪い意味じゃなくてね? そう! 子供とかペットを見てるような感覚! あの目で見られると、包まれてるわーって感じるの!」

「そうなんだよ! もう同じ人間として見てねぇよなあれ! 流し見られるだけでゾクゾク来るって言うかよぉ! ああ、もういっそ踏まれてぇ! いや、椅子になりてぇ!」


 酒のせいかやけに饒舌なアルトに、負けじとナインも持論を展開する。


「頼んでも引かずにやってくれそうなのよねー……そこがまた良いんだけど。あ、その機会が有ったらあたしが先だからね。あんたもう芸仕込んで貰ってるんだから。今度はあたしの番」

「いや、お前だって隠れてなんかして貰ってただろが? 結局何だったんだよありゃ」

「んふふー、あれはあたしとお姉様の秘密。そう、二人だけの秘密って訳よ! なんて甘美な響きなのかしら! うふふふふ」

「ずりぃぞこら! 吐け! 教えろ!」


 ナインがアルトの襟首を掴んで揺さぶるが、アルトは笑ったまま語ろうとしない。


「お前らの性癖は良くわかった・・・仕事に持ち込まなきゃ文句はねぇよ」


 酒が入っているとはいえ、旧知の者の痴態をまざまざと見せつけられ、オーウルは軽い眩暈を覚えた。


「まあ只者じゃねえとは思っていたが、うちのエース達をこんな骨抜きにしちまうとはな。垂らしにも程があるぜ」


 溜め息と共に、アルトが投げ出した新聞を手に取り、改めて記事を読み返すオーウル。


 3人が居るのは、ギルド支部の長の部屋だ。

 他の冒険者チームにはすでに仕事を通達し、各々を配置に向かわせた。


 竜閃については、敵が再び大型の魔獣を投入してきた際にぶつける遊撃として詳細を詰めている所だった、のだが。

 話が一段落したと見るや、何故か酒盛りが始まり、サンデー賛美の話題がループしていた。


 立て続けに伝説の人物の偉業を見せつけられ、興奮が収まらないのだろう。初めの内こそオーウルも付き合っていたが、完全に出来上がった二人には着いていけなくなった。


(まあ、実際大したもんだ。彼女がいなけりゃフロントが2,3回滅んでる)


 そして領主からの情報によれば、次は今までよりも確実に酷い状況になり得るという。


 この二人さえ生き残れない地獄になる可能性もある。

 ならば、今くらいは享楽に浸らせておいてやっても良いか、等と思うオーウルであった。





ここまで地味なシーン続きでしたが、そろそろ派手にしていきます。

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