森の民の衝突
集落周辺の森から、激しく争い合う音が聞こえて来る。
金属が打ち合わされる音、木がなぎ倒される音、戦士達の激しい怒号。
様々な音の濁流が、集落の広場まで届いている。
「族長!」
偵察に出ていた戦士の一人が走り寄ってくる。
「相手と戦況は?」
「東の連中です。すでに河を超え、1から3までの物見を打ち破って進軍中です!」
「ここにいる者で動きを止める。その後周囲から包囲するよう各班へ伝達せよ」
「はっ! ……あ、いえ、もう一つ! 奴ら見知らぬ巨大な獣を使役しておりまして、その被害が甚大です!」
「獣だと?」
予想もしていなかった単語に、触角をぴくりとさせる族長。
「はい、姿は真っ黒い巨大な狼のようで、こちらの武器は歯が立たず、その巨体で周囲の木ごと戦士達が吹き飛ばされています」
「さっきから派手な音を立てているのはそれか!」
舌打ちをせんばかりに言い捨て、森の方へと向き直る。
周囲に武装を終えた戦士達が集まってくるのを確認すると、族長は激しい戦闘音が上がる方向へと手を振り下ろした。
「「ギイイイイイイイ!!」」
金属を擦り合わせたような咆哮を上げ、100名程の戦士達が陣を組み、集落の入り口を塞いだ。
その数秒後──
周囲の大木を薙ぎ倒しながら突進する巨大な影が、真っ直ぐに陣へと突っ込んできた。
前衛の戦士達が、それを迎え撃つ為に両手で長大な盾を構える。
ガギン!!
一人の戦士が、その巨大な獣の突進を受け止め──切れずに、かち上げられた。後方の戦士達の頭上を軽々と飛び越え、広場の内側へと落ちて行った。
その間にも巨大な獣は戦士達を襲い、爪を振るって次々と弾き飛ばしていく。
「陣を乱すな! 正面だけではないぞ!」
族長の一声で、混乱しつつあった戦線がびしりと正された。
獣の攻撃を受け流す余裕ができ、しっかりと踏み止まる。
それと同時に周囲の森から一斉に矢が放たれて来るが、側面の者達が正確に対処し、全てを叩き落として事なきを得た。
「……ふん。相変わらず忌々しい統率ぶりだな」
暴れていた獣が一時引き、集落の入り口へと立つと、その脇から人影が姿を現した。
亜人種、ではあるのだろう。二足歩行をし、二本の腕があり、それぞれに盾と杖を持っている。
その肌はびっしりと白い鱗に覆われ、腰の後ろにはなめらかな表皮の長い尻尾が有る。
首から上は蛇の頭に酷似しており、口元からちろちろと赤い舌が見え隠れしていた。
ワルトガルド大陸にはリザードマンという爬虫類に似た亜人種が居るが、それの親戚のようにも見える。
違うのは、やはり大きさだ。リザードマンは大きくとも2mを超える程度。しかしこちらは、ガーグ族同様に少なく見積もっても3mは超えているだろう。
「……東の。河を超えるのは協定違反であろう」
族長が、東の部族と呼んでいる者へ向けて確認の言葉を投げかける。
どうやら島の先住民である彼らには共通の言語があるようだ。問題なく会話が成立している。
「協定と言うものは、両者が対等である場合のみに成り立つものだと思わんか?」
東の部族……蛇人が見下したように返す。
その言葉に合わせて、周囲の森から蛇人の兵が一斉に姿を現した。すでに集落を囲むように展開していたのだ。100人程はいる兵達の鱗は、皆灰色をしている。
どうやら白い個体が指揮官のようだ。兵達は簡易な皮鎧しか着ていないのに比べ、じゃらじゃらとしたネックレスや腕輪等で派手に装飾をし、ある種の司祭のようにも見える。
「貴様らが死に体である事は知れている。加えて我らには黒き神のお言葉と加護がもたらされた! 生き汚い貴様らを一掃せよと! その証がこの神獣よ!」
言いながら、傍らに鎮座する巨体を示した。
偵察隊の言葉通り、確かに狼に似ている。大きさは隣の蛇人の5倍以上はある。周囲の樹々の背丈とほぼ変わらない。
体毛はうっすらと靄がかかったように揺らめいており、輪郭がよく見えない。陽炎の中に立っているかのようだ。
そして最も目を引くのが、その真っ赤に燃える瞳だ。
比喩ではない。両の目玉に当たる部分から、赤い炎が噴き出しているのだ。よく見れば、薄く開いた口の先からも、ちらちらと赤い物が漏れ出していた。
「このまま侵略者共と手を組まれては面倒だからな。滅ぼすには今が機と言う訳よ」
「そう簡単に破れると思わぬ事だ。陣を整えよ!」
族長の号令に反応し、方円陣を組むガーグ族の戦士達。
「馬鹿め。そう密集するのを待っておったのよ」
それを見てほくそ笑む白い蛇人。手にした杖を地面に打ち付けると、かっと口を大きく開いた。
「溶けよ大地!」
蛇人の呪文と共に、ガーグ族の足元の地面がぐにゃりと形を失い、ゼリーのように足へと絡み付き、彼らの動きを奪った。
そこへ黒い狼が大きく息を吸ったかと思うと、目の前へと膨大な炎を吐き出したではないか。
ゴオオオオオッ!!
周囲の家屋をも巻き込み、灼熱の地獄が顕現する。
集落の外で聞こえていた爆音もこの炎による物だったのだろう。
前衛の盾で食い止めようとするも、魔力を持たないただの鉄の盾はみるみるうちに形を失い溶けていく。そして持ち主も同じ運命を辿ることになる。
100名程いたガーグ族の戦士は一瞬で半分まで数を減らしていた。半分残ったのは、前衛が身を挺して盾となった成果であり、それだけ残ったのですら奇跡とも言える。
しかしそこへ容赦なく、周囲の蛇人から弓矢の追い打ちが降り注ぐ。それを防ごうにも、足元を取られうまく動けずに矢を受けていく。
幸い硬い甲殻が身を守り、致命傷を受ける者は少ない。
しかしそれは牽制でしかなかった。燃え盛る業火をかき分けて黒い狼が突進を開始し、生き残った者達を爪や牙で引き裂いて行った。
その巨獣の圧倒的な質量の前では、さしもの甲殻も容易く噛み砕かれ、千切られるしかない。
あまりにも周到な策に、族長もすぐに反応ができずにいた。自らも足を絡めとられ動くことができない。
伝令を走らせたのはつい先ほどだ。兵が集結するまでまだ時間がかかる。この間をどう繋げば良いのか。
「ふはははは! これが我が神より賜りし力の権化! 畏れのままに焼け尽きよ! 森を支配するのは我らだけで良いのだ!」
蛇人の長の声が、未だに燃え続ける灼熱の壁の向こうから響く。
「──神、と言うのは興味深い言葉だね」
凛とした声が戦場へ鳴り響く。
「魔女殿!」
「助手君を静かに寝かせておいてやりたいのだが、こうも騒がしいのではね」
羽扇を手に、散歩の途中であるかのような調子で歩いてくるサンデー。
「様子を見に来て正解だったようだ。あちらに燃え広がっても困る」
言いながら羽扇を横へ軽く仰ぐと、蝋燭の火を吹き消すかのように、そびえ立っていた業火が瞬時に消え去っていた。
同時に、地面の粘着も解かれ、無事な戦士は動きを取り戻した。
「ほら、今の内に周囲の兵を抑えると良い」
「……感謝する! 皆、正面は捨て置け! 弓兵共を狙え!」
その声に反応したガーグ族が次々と森へ突撃し、呆気に取られていた蛇人を狩り始める。弓矢を手にしていた蛇人達は咄嗟に対応が取れずに、次々と討ち取られていった。
「貴様、何者だ!」
白い蛇人が驚愕と怒りも露わに叫ぶ。
「ふふ、ただの観光客さ」
サンデーはいつものように、ただ羽扇の奥で微笑むのだった。




