魔女のお茶会
巨大な扉を潜った後、あまりの眩しさにアシュリスは思わず目を伏せた。
暫くして目が慣れて来ると、そこは広々としたエントランスホールだった。
豪奢なシャンデリアが天井に吊り下げられ、外から見えた黒々とした闇はなんだったのかと思える程に、ホール全体を煌々と照らしている。
冬の寒空を彼方に追いやるように満ちた暖気が、来客の緊張をゆるやかに解してゆく。
正面には大きな扉があり、その両脇を囲むように、二階部分から二手に分かれた階段が、弧を描いて一階まで伸びていた。
一目で最高級と知れる分厚い赤色の絨毯が、入り口から正面の扉、そして左右にも見える扉へとそれぞれ歩道のように敷かれている。
黒で統一されたホールは、階段の手すりや壁、窓、天井等、随所に凝った細工が施されているが、これみよがしな主張をしてこない。
王宮のような派手さとは、また別種の品格を極めたものだった。
豪華にして落ち着いた趣を感じさせるその空間は、アシュリスの嗜好にぴたりと合致した。
「美しい館だ……」
アシュリスが思わず呟いた所へ、亜人の長を伴ったサンデーが入り口から姿を現した。
「ふふ、ありがとう。そう言って貰えると、招いた甲斐があると言うものさ」
亜人の長も、警戒をしつつも驚愕と賞賛を隠し切れない様子で、きょろきょろと周囲を見回している。
「ここはサンデー殿の御住まいなのですか?」
アシュリスが興味を抑えられずに尋ねた。
「いいや。今回の会談のために、即興で作り出した仮初のものだ。そもそも私は根無し草なのでね。特定の住居は持っていないよ」
「なんと……」
あっさりと言ってみせるサンデーに、アシュリスは絶句するしかない。
すでにある場所へ先程の扉を通って転移した、というだけであればまだ理解の範疇だった。
しかし転移先を空間ごと創り出したなど、自分で体験しなければ到底信じられるものではなかった。
確かに言われてみれば、大きな窓があるにも関わらず、日の光が一切入ってきていない。
窓の外は景色が一切見通せず、闇が広がるばかりだ。少なくとも外界とは隔絶された空間なのだろうとだけ推測できた。
(本当に……この人と居ると、常識がことごとく塗り替えられてしまう)
驚愕と共に、魔術の探究者としての好奇心が疼く。
しかし、今優先すべき事ではない。アシュリスの視界に巨大な亜人の姿が映り込んだ。
「それでは二人とも。こちらへおいで」
サンデーが先頭に立ち、正面の扉への絨毯を歩き出す。
「さ~いきましょう~」
エミリーも元気よくそれに追従する。
こうなれば尻込みしている場合ではない。
互いに異世界への闖入者のような奇妙な連帯感を感じ、アシュリスと亜人の長は顔を見合わせると、同時に足を踏み出した。
正面のドアを抜けると、そこもまた広いホールとなっていた。
天井にはやはり豪奢なシャンデリアがいくつも吊り下げられ、眩い光を放っている。
しかし広すぎるせいか、部屋の端が見通せない。
左右には太い柱が連なり、それぞれに燭台の火が灯されているにも関わらず、壁があるべきその向こうは闇に閉ざされていた。
部屋の中央と思われる場所へ、スポットライトのように照明が幾重にも重なっている場所があり、大きなテーブルが置かれていた。
しかし、アシュリスはその一帯の光景を見て違和感を禁じ得なかった。
状況を一言で説明するならば、ピンク色だった。
そのテーブルの周囲だけ、山と積まれた様々な大きさのぬいぐるみが、所狭しと床に置かれていたのだ。
小さな物は手の平サイズ。大きい物はアシュリスの身の丈と同程度もある。
デザインも様々で、犬や猫、熊など定番の物も多いが、すぐ横に同じように立ち尽くしている亜人のような、既存の生物に当てはまらない奇抜なデザインの物も多数混ざっていた。
更には薄いピンク色の大きな棚が壁のようにいくつも連なり、その中にも様々なアクセサリーや雑貨類が整然と並べられている。
上品で落ち着いた色合いだった絨毯は、そこだけ白とピンクのチェック柄に代わっている。テーブルクロスも揃いの柄だ。
テーブルに据えられたのは大きく立派なソファで、これもまたピンクを基調として白や薄紫などで模様が散りばめられており、非常に愛らしい雰囲気を醸し出している。
瀟洒な館内に、唐突に思春期の少女の部屋のようなセットがどんと広がっている様は、そこだけまるで異世界が広がっているような印象を見る者に与えた。
「さあ、遠慮せずに座り給え」
サンデーが率先してテーブルへと向かい、大きなパンダのぬいぐるみの膝へと腰を下ろした。
エミリーもその横に小さなぬいぐるみを運んできて、その頭の上に座る。
(椅子だったのか……)
アシュリスの常識の範疇には全く無いその光景は、軽いカルチャーショックをもたらしていた。
「な……なかなか独創的な内装です、ね?」
機嫌を損なわない程度に濁した感想を言いながら、アシュリスは席へと向かう。
亜人の長はその対面へと進み、お互い同時にソファへと腰を沈めた。
見た目は軽薄だが、クッションはしっかりと腰を支え、非常に座り心地が良い。
このまま全身を委ねてしまいたくなるような極上の感触である。
強度もかなりあるようで、巨体の亜人が座っても、軋み一つあげなかった。
「ふふふ、そうだろう。半分は私の趣味でもあるが、二人にはリラックスして貰おうと思ってね。敢えてこうデザインしてみたのだよ」
言いながら、サンデーはぬいぐるみの山の中から猫のような一体を取り上げた。
「ほら、可愛いものだろう?」
奇抜な内装ではあるが、その試みは成功したと言える。
普段は妖艶な雰囲気を纏うサンデーが、無邪気な笑みを浮かべてぬいぐるみを胸に抱き上げる様は、新鮮さを感じさせた。
すっかりアシュリスは毒気を抜かれ、戦時下にある事を束の間忘れそうになっていた。
「さて、まずは一服と行こうじゃないか。乾杯は友好の第一歩だよ」
サンデーの言葉が引き金となったように、光の届かない闇の奥から、静々と給仕台を押すメイドが現れた。
照明の範囲に入り、その容姿が次第に露わとなる。
美しい少女だった。
白磁を思わせる透けるような肌。
ツインテールに結った黒く艶やかな髪。
吸い込まれそうな漆黒の瞳。
それらはサンデーを彷彿とさせた。姉妹と言われても納得できそうな程に。
明確に似ていない点を挙げるとすれば、サンデーが常に微笑を浮かべているのに対し、少女は完全に無表情を貫いている事か。
客を目の前にしても、愛想の一つも感じられないままだ。
纏ったメイド服は、部屋のファンシーな内装に合わせてピンクや青があしらわれた大胆なミニスカートのワンピースで、裾はふわりと広がって太股が露わになっている。
その下には白黒ボーダーのニーソックスを履き、スカートの上からふりふりとしたレースの付いた白いエプロンをかけていた。
常人離れした美貌と相まって、マネキンがメイドの真似事をしているようにも見える。
メイドはテーブルの横へ給仕台を固定させると、無言で一礼をしてからポットを持ち上げ、ティーカップに次々と液体を注いでいく。
ポットもカップも、白地にピンク色のアクセントが入った可愛らしいデザインだ。
湯気と共に、甘く芳醇な香りが部屋に広がっていった。
「今日は冷えるからね。暖かい物を飲めば身も心も休まるさ」
メイドからカップを皿ごと受け取りながらサンデーが一同を見回す。
アシュリスの目の前にもカップが置かれた。
今まで嗅いだ事のない、不思議な香りだった。
甘ったるいような、しかし軽くアルコールの風味も漂う。
ブランデーでも垂らしたのだろうか。カップの上で息を吸い込むと、深みのある香りを鼻孔にもたらした。
茶が各自に行き渡り、テーブルに茶菓子が置かれたのを確認した後、サンデーがカップを掲げ持った。
「それではお茶会を始めようか。まず私から飲んでみせるので安心し給え」
言うが早いかカップを傾け、ごくりと白い喉を鳴らす。
「ではいただきます~」
エミリーもぐいぐいと飲み干していく。
「さあ、君達も遠慮せず召し上がれ」
サンデーがにこやかにアシュリスと亜人を見やった。
アシュリスの手のカップの中で、黄金色に輝く美しい液体が湯気を上げつつ揺れている。
その魅力に屈するように、アシュリスがカップに口を付ける。
すぐ飲める温度に調節されており、息を吹きかけて冷ます必要は無かった。
口の中に、未知の味が広がって行く。
蜂蜜のようにとても甘い。
しかし、それをも上回る蕩けそうに濃厚な香りが口内に満ち、鼻から抜けていった。
適度な温度と共に、僅かなアルコールが喉から胸にかけてをほんのりと温めてゆく。
胸に頑固に居座っていた緊張が氷解していくような。
柔らかな綿に全身が包まれるかのような。
全てを何かに委ねてしまいたくなるような。
優しくも豊かな味わいだった。
気付けばアシュリスは夢中になって飲み干してしまっていた。
「……これほど美味しいお茶は初めてです……」
「そうだろう。秘蔵の一品だからね」
サンデーとエミリーはすでに二杯目を注いで貰いながら、テーブルに置かれたマカロンやクッキーに手を伸ばしている。
気分が落ち着き余裕の出たアシュリスは、対面した亜人の姿を注視した。
丸い球体を割くような縦に大きい口は、今は閉じている。
触角のような器官で香りを確認しているのだろうか。せわしなくひょこひょこと動く様は、意外と可愛らしいとも思えた。
あの口でどのようにして飲むのだろうか。
好奇心が芽生えるアシュリスを知ってか知らずか、亜人が意外にも器用に、ティーカップの持ち手を鋭い爪でつまんでみせた。
そして皆が見守る中、顔の高さまで持ち上げる。
ぱかりと、僅かに口が左右に割れる。そして口の中心からストローのように細長い器官を伸ばし、カップの液体へと浸した。
(成程、口吻を持っているのか)
それを見てアシュリスに閃くものがあった。
恐らくは口の左右にある巨大な顎は獲物を押さえつける役目を果たし、あの口吻を突き刺して獲物の体液を啜るのだろう。であればその生態は、体外消化を行う肉食昆虫に近いと言える。
しばし音も立てずに茶を吸い上げていた亜人だったが、空になったカップから口吻を離した。
そして──
「……美味い。これだけでも大人しく着いてきた甲斐はあった」
突然流暢に喋り始めたではないか。意外と低く渋い声をしている。
「サンデー殿、これは……!?」
アシュリスが立ち上がらん勢いでサンデーに向き直る。
「落ち着き給え。このお茶は特別製でね。共に飲んだ者の言葉を理解できるようになるのさ」
「なんと、そんな事が……!」
アシュリスは手に持ったままだったカップに目を落とす。
「なるほどな。急にその者の言葉がわかるようになったのはこのせいか」
見た目には縦穴が僅かにぱくぱく開閉しているだけだが、確かに人語を話している。
落ち着き払ったその態度は、流石に一軍を率いていた指揮官の貫禄と知性を感じさせた。
「先の面妖な術に加え、このような業まで使えるのだ。ぬしはさぞ大した魔女なのだろう。逆らわずに正解であったな」
人間であればにやりと笑いでもしたのだろうか。声に愉快さが感じられたが、表情は全く読めないままだ。
「さ、橋渡しは済んだ。ひとまず第三者としての私の役割はここまで。後は君達で親睦を深めるが良いさ」
既に我関せずといった様子で、サンデーはカップを傾けた。エミリーも茶菓子を頬張るのに夢中である。
「ぬしは第三者と言うならば、此度の話し合いが決裂した時、それ以上の手は出さぬと言う事か?」
「できれば仲良くして貰いたい所だけどね。君達が同意の上で戦になるならば、最早私が関知する事ではあるまいよ」
サンデーは亜人の言葉にそう返すと、どうぞお好きに、とでも言うように両手を広げてみせた。
「了解した。そこな魔女の力を頼みに支配を押し付けるならば、勝てぬまでも徹底抗戦する所であったが。ひとまずはそれを信じるとしよう」
族長は深く頷き、アシュリスへと向き直った。
この黄金の茶について気になる事は山ほどあるが、今はそれ所ではない。
アシュリスも本題である交渉を思い出し、居住まいを正した。
「まずは名乗らせて貰おう。私はイチノ王国開拓領の領主、アシュリス・ワグヌ。先の軍を率いる者でもある」
「我はガ──ア──グ──ゥの長を努めている者だ」
亜人の長の名乗りには、キーンという高音が混ざり、人の耳では聴き取れない箇所が多かった。
「失礼、今何と?」
「ガ──ア──グ──ゥだ」
聴き直しても、やはりよく聞き取れない。
「ふむ、君達の言語は人間が聞き取れる範疇には収まらないようだね。彼女には伝わらなかったようだ」
サンデーが助け舟を出した。
「聞こえた部分だけ繋げて仮称としてはどうだね?」
「それでは、失礼かもしれないが、暫定でガーグ族と呼ばせて貰って宜しいか?」
「構わぬ。名などに大した意味はない。どうせ我の名も同様に聴き取れぬだろう。ただ族長とでも呼べばよい」
「では、そのようにさせて貰う」
アシュリスの言葉へ、族長は鷹揚に頷いてみせる。
「さて、ガーグの族長殿。単刀直入に伺うが、我が領内への侵攻の理由を聞かせて頂きたい。ごく最近までは、お互いに良い距離感を築けていたと認識していたのだが」
アシュリスが真っ直ぐに本題へと切り込んだ。
「フッ。侵略者が、我が領内と堂々と言い放つとはな」
対して、多少の嘲りを含んだ言葉を漏らす族長。
「む。確かに先住民であるそちらから見れば、我らは侵略者と取られても仕方ないが……」
「ああ、勘違いはするな。ぬしらが手中に収めた土地については、元々我々の縄張りではなかった。責めるつもりもない」
族長は手で制すると、更に続ける。
「ぬしらがこれ以上森へ手を伸ばさぬのならば、多少の振る舞いは見逃そう。それが我らの総意だった」
「だった、とは?」
「そう言っていられぬ事態が起きたのだ」
アシュリスが問うと、族長の声に苦々しさが混じった。
「我らの集落の近くに、水源としている大きな湖がある。我らの糧の多くはそこの魚に依存し、生活のためにも水は欠かせぬものだ。しかし近頃になって、訳の分からぬ輩が居つくようになってな」
「それはどのような?」
「全くわからぬ。見た事も無い。姿だけを言うならば、巨大な黒いヒルのようだ。とにかく貪欲で凶暴な奴でな。付近の物を次々と飲み込んで、大きくなっていっている」
そこまで言うと、気分を落ち着かせるために、お代わりの注がれたカップを口に運んだ。
「……初めは大した大きさではなかった。数ある小島の一つ程度でな。そのうちにどこかへ消えるだろうと思っていたものよ。それが湖の生物を食らい尽くし、湖面を覆い隠すまでに成長しおったのだ」
「なんと!」
アシュリスが似たような魔物を記憶から検索する。
話の様子では、スライムのような不定形の魔物が浮かぶ。黒いということはブラックウーズに属するのだろうか。確かに雑食性で凶暴な種類ではある。
しかし湖を覆う程の大きさになるなどは聞いたことも無い。
「それだけではないぞ。奴め、ついに湖の周りにも広がりだしてな。表面から触手のようなものを伸ばして、森の木々や動物を手あたり次第に飲み込んでいくのだ。今では湖から流れ出る河にも進出してきている。退治しようにもこちらの攻撃はまるで効かぬどころか、近寄れば喰われてしまう。動きは遅いとはいえ、このままでは河沿いの我らの集落も飲み込まれるのは時間の問題よ。故に、ぬしらの居座る土地が必要になったという訳だ。あれと戦うよりはぬしらの方が与しやすい、と踏んでな」
「そんな事が……」
概要を聞き終えたアシュリスが頭の中で情報を整理する。
今の話で合点が行った事がある。
森に砦を築いたのだから、こちらの陣を奇襲し戦力を削りつつ、追撃部隊を森に引き込んで各個撃破するゲリラ戦に持ち込む方が確実だったはずだ。
それをせずに正面から攻めてくるのは明らかに愚策である。いかに個体の戦力が優れていても、圧倒的な数の暴力の前には限界がある。
ソルドニアやオーウルはこちらの戦力を軽んじたのだという意見だったが、アシュリスには引っかかるものがあった。
恐らく作戦を展開しようとした時点で、件の魔物の活動範囲の拡張が始まったのだろう。そうなれば悠長に持久戦をする余裕は無い。背水の覚悟で臨むしかなかったのだ。
そこまで思い至った後、アシュリスはもう一つの疑問を投げかけた。
「一つ伺いたい。我らが送った使者はどうされた?」
「うむ、確かにぬしらの同族が来たが、言葉がわからぬ故追い返した。まさか戻っていないのか?」
「その通り。もしやその魔物に捕らわれた……?」
「それか、森の東に逃げてしまったか、であろうな。あちらは我らとはまた別の部族の縄張りよ。かの者らは我らより苛烈だぞ。縄張りに入っただけで襲い掛かる。それ故、我らは南に下る選択しか無かったのだ」
「成程……森へ探索に出た冒険者が戻らないのもそのせいか」
段々と状況が把握できたアシュリスが、族長を真っ直ぐ見据えて切り出す。
「こうしてサンデー殿を介して会談を望んだのは、こちらには和平の準備が有ると言う事を伝えたかったからだ。そちらも、できる事ならば戦は避けたい、と考えておられるか?」
「和平か。そうだな。我らは武力を重んじるが、無用な争いは避けてきた。ぬしらの進出を黙認していたようにな」
「それならば、我々もその魔物討伐に力を貸そう。撃退の暁には不可侵条約を結ぶ。これでいかがか?」
アシュリスの目と声に力が籠められた。
「ぬしらが? 我らはあれとの衝突を避けるためにぬしらとの戦いを選んだのだぞ。より弱き者と認識してだ。共に戦って勝算が増えるとは思えぬ。森は捨て、どちらかが消えるより無いと考えるが」
族長が、魔物と人間達の軍を天秤にかけている。
亜人と人間が手を組んでも、まだ足りないと思わせるほどの強大さなのだろうか。
「話を聞いて、一つ危惧している事がある」
アシュリスが、言い含めるように言葉を紡ぐ。
「その魔物、河を下ろうとしているのでは?」
「む。確かに今の所は河沿いに南下をしているように見える」
「それが正しければ、遠からず川下まで全て飲み込まれてしまうのではないだろうか」
「──おお……!!」
恐ろしい可能性を指摘され、族長が呻いた。
「そうなれば、例え我ら人間を駆逐した所で、最終的にはその魔物と対峙する事になる。しかも現状よりさらに巨大になった状態で、だ!」
「それは……それは考えたくもない、な……」
「で、あればだ。今のうちに力を合わせ、退治する事に賭けるべきではないか?」
「むう……」
アシュリスの強い視線を受け、族長は逡巡するが、決めあぐねているようだ。
「ふむ。少し良いかね?」
完全に傍観者と化していたサンデーが、不意に言葉を発した。
「ひとまず休戦するとして、まずはその魔物とやらを見物に行くのはどうだろうか。協力をするにしても、現物を見なければ始まるまい?」
気楽な調子だが、アシュリスはサンデーの言いたい事が分かる気がした。
「つまり、魔物を見て我々が何か対抗策を思い付ければ、ガーグ族に同盟者として我々を認めて貰える、と?」
「む。そうだな。確かに見せるのが一番速かろう。その上で手があるのなら、組むに値しよう」
族長が納得した様子で頷いた。
「聞いていて、私もその魔物とやらに興味が湧いた。視察に同行させて貰おう」
にこにことサンデーが笑みを浮かべながら、メイドにちらりと目をやる。
それを受けたメイドが、無言でテーブルの空いている場所にすすっと地図を広げて見せた。
「これは開拓者達が大雑把に作った地図だと言う事だが、大体の地理はこれで合っているのかね?」
「む。見方が良く分からぬが。この青い物が湖を示すのならば、下流がこう流れた先がぬしらの土地に繋がっていると認識すればよいか?」
湖を示すであろう青い楕円形を爪で指し、森を抜ける細い支流を通って平野まで沿わせていく族長。
「それで問題ない」
アシュリスが頷くと、族長が続ける。
「ならば、大体の位置関係は合っていよう。奴はこの湖から下流へ漏れ出し、この辺りまで進出している。我らの集落へも直に至るだろう」
地図の縮尺では、下流の1㎞辺りまでは飲み込まれているようだ。
「猶予はあまり無いようだな……」
アシュリスが呻く。
「まあ、焦っても良い事はないだろう。明日の朝にでも、それぞれ準備を整えてから出向いてはどうだね?」
「うむ、異論は無い。近寄れば戦闘になるやも知れぬ。兵を用意せねばな」
「こちらも少人数で手練れを用意して向かう。合流地点を決めて頂きたい」
「森の入り口に案内を立たせる。その者と共に来い」
「了解した」
とんとん拍子に話は進み、未知の魔物の視察へ向かう準備のために、お茶会は解散する事となった。
「久々に客を迎えられて楽しかったよ。この子も喜んでいる」
脇に立つ少女の頭をくしゃくしゃと撫で回すサンデー。
されるがままの少女は、相変わらずの無表情だ。
結局彼女が何者かは説明されなかったが、サンデーが自ら言わないのであれば、聞いても答える事はなかったのだろう。
アシュリスは務めて気にしない事にした。
「有意義な会談となりました。感謝致します」
アシュリスは礼をした後、出口の傍へと立った。
「うむ。生存への選択肢が増えたのは喜ばしい。茶も馳走になった」
こちらも意外に礼儀正しく挨拶を残し、出口へ向かう族長。
「お口にあったのなら嬉しい事だ。その扉はそれぞれ戻るべき場所に出るようになっている。では、しばしの別れだ。御機嫌よう」
サンデーの言葉に反応し、再び扉が自ずと左右に割れていく。その枠の中は、入る時とは真逆に、眩しい光に溢れていた。
「はい。御機嫌よう」
「さらばだ。偉大なる魔女よ」
二人は口々に別れを告げ、同時に光の中へと消えて行った。
「なかなか大事になってきましたね~、サンデー様~?」
特ダネの予感に嬉しそうなエミリーの声がホールに響く。
「ふふふ、大食らいの巨大な魔物か。なんとも楽しみだね」
腕の中に納まった、人形のように愛らしいメイドの頬を両手でむにむにと弄びながら、サンデーがくすくす笑う。
主人に何をされようとも、その表情は一変もしなかった。
サンデー様はゴスロリもお好き。




