名酒を抱いて眠れ
俺の親父も大の酒好きだ。
親父が特に好んで飲んでいたのは日本酒だ。
俺が日本酒好きなのも親父の影響があったのかもしれない。
親父はお袋の作った晩飯を肴に酒を幸せそうに飲んでいた。
本当に酒が好きなんだな。
ところがその酒好きが祟ったのか、数年前から親父は病に倒れ入退院を繰り返すようになる。
親父は大好きな酒を医者から禁じられてしまう。
しかし親父は人の目を盗んでは酒を飲み、周りの皆からよく注意されていた。
俺も息子として親父を厳しく注意するが、その度に親父が見せるあの悲しそうな表情が俺の胸に突き刺さる。
同じ酒好きとして親父の気持ちは痛いほど解る。
飲めないのは本当に辛い……
だが背に腹は代えられない。
俺は心を鬼にした。
親父も最終的にはこっそり酒を飲むようなことは無くなった。
そんな親父が気を紛らわす為に行うようになったのは、大好きな銘柄である名酒の空き瓶に水を入れ、それをコップに注ぎ飲むことだ。
それを病室でやるものだから、周りの皆からよく笑われていた。
雰囲気だけでも味わいたかったそうだ。
いつか本当の酒を飲ませてやりたい……
俺は親父の回復を心から願っていた。
だが無情なことに親父の容態は悪化する一方。
最終的には余命宣告もされてしまった。
親父は日に日に弱っていき、寝たきり状態になってしまった。
既に自分の力では水も飲めない状態だ。
そんな状態になっても親父は水の入った名酒の瓶を手離すことはしなかった。
ある日俺は親父を励ますつもりで水の入った瓶を本物の酒の入った瓶と交換した。
親父が好きな銘柄の名酒とな。
早く元気になって一緒にこの酒を飲もうぜ!
俺がそう言うと親父はニッコリと微笑みながら名酒の瓶を片腕で優しく抱きかかえていた。
それから数日後、親父は静かに旅立った……
俺が病院に到着すると親父は穏やかな表情で眠っていた。
すると看護師があの名酒の瓶を俺に渡してきた。
その瓶を受け取ると親父の温もりが残っていた。
親父は亡くなるその時まで、ずっとこの名酒の瓶を大切に抱えていたのだろう。
できるの事なら最後に一杯飲ませてやりたかった……
親父ごめんな、飲ませてやれなくて……
俺は後悔しながら親父の顔を見つめる。
それにしても穏やかな表情で眠る親父はまだ生きているかのように見える。
もしかしたら本当にまだ生きているのでは?
そんな淡い期待を抱き始めた俺だったが……
名酒の瓶からは親父の温もりが消えていくのであった。
豊田楽太郎です。
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