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読書、恋愛、旅

騒がしい通りの人混みを掻き分けながら、僕はどうにか前に進む。大きな荷物を待っているのでとても歩きにくい。身体を上手く傾けて歩かないと人にぶつかってしまう。今日泊まる予定の宿に向かって歩いているのだか、中々辿りつけないでいる。


店と店の間に、細い路地があるのを見つけた。グーグルマップはその道に入れと行っているのだが、本当に合っているのか不安でしかない。そうは言っても、手に持つスマートフォンの充電は8%を示しており、もはや考える余地はなかった。人の流れを横切るように入り、急に人気のなくなったその路地を進んでいった。しかし目的地の建物は見当たらない。どこにあるのだろうかとスマホに目を落とすと、現在地を示すアイコンは既に通り過ぎていた。慌てて引き返し用心深く建物を見ていくと、まるでただ線を書いただけかのように壁に溶け込んだドアの上に、小さな文字で「エーデルワイス」と書かれていた。






大学生時代は人生の夏休みと言われるが、それならば大学の夏休み期間というのは、何に当たるのだろうか。


8月頭の期末テストが終わると大学は2ヶ月近くの長い休みに入る。最初は嬉しいのだが、中盤になると特に予定もなくて暇な日も出てくる。休みの始まりの時期はバーベキューをしたり、プールに行ったりと楽しく過ごしていたが、8月の終わりの何日かは特に予定もなくポッカリ空いていることに気づいた。ゲームでもして過ごすか、それか実家に帰省でもしようかと思ったが、せっかくの夏休みなので、1人旅でもしようかと思った。普段はあまり旅行などはしない。べつに旅行するためのお金がないから、と言うわけではない。わざわざお金を掛けてまで旅行する気にならないのと、旅行しても何かが変わるわけではない、と思っているからだ。しかし、別に旅が嫌いな訳ではない。友達から誘われたら喜んで行く。「まあ結局は準備するのが面倒くさいだけなんだろうな」と思った。


しかし、そんな僕が旅に出ようと思ったのは、入学時のオリエンテーションの時に、大学の学長の話していた一言を思い出したからだ。学長は、もちろん勉強も大事だが、と前置きをし、こう続けた。


「大学生のあいだに、私は皆さんに、3つのことをして欲しい。それは社会的に出てからはできないから。やろうとすると周りに止められるから。まず本を読みなさい、次に恋愛をしなさい。そして旅をしなさい。


この3つのことは、人を夢中にさせるものです。でも会社、そして社会というものは人を夢中にされるものを取り上げようとする。何故なら社員に夢中になられると、仕事が手につかならなるから。仕事が手につかなくなると開始の売り上げが下がるから。会社の売り上げが下がると、会社の人たちは困る。だから周りの人達は、この3つをあなたから取り上げようとするのです。」








聞いた瞬間はなるほど、と思ったのだが、その内いつのまにか忘れてしまっていた。学長の言葉に踊らされるのは嫌だったが、行かなかったことを後悔するのも嫌だなと思ったので、初めての1人旅をすることに決めた。インターネットで検索してすぐにバスのチケットを買い、2泊3日の旅に必要そうなものを適当にバックに詰めた。






この辺りは観光地として有名な中華街で、もう夕方というのに沢山のお店や屋台でごった返している。どの店でも中国人の女性が店頭で大きな声を上げて客引きをしており、そのため熱気を一段と感じる、あまり日本のお店では見られない光景だ。その宿「エーデルワイス」は、そんな中華街から一本外れた道の奥にあった。一本路地に入っただけでこんなにも人が居なくなるものか、と思った。まあ向こうは観光地だから、こちら側が本当の街の姿であるのかも知らない。「エーデルワイス」の扉に手を開け、おそるおそる開いた。ひっそりとしたこの路地とは裏腹に、中からは楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ」


扉の向こうのカウンターに立つお姉さんがこちらを見てニッコリと微笑んだ。


その周りのソファーには数人の人たちがテーブルを囲んでトランプをしていた。英語で会話をしている。その奥では1人の男性が座ってパソコンをしたいた。一瞬日本人かと思ったが、どうやら中国人のようだ。階段の隣にあるミニキッチンでは、東南アジア系の2人の女性がドリンクを入れたいはところだった。どうやらこのスペースにいるのは、みんな外国人のようだ。飛び交う聞き慣れない英語に少し怯えながら、お姉さんに声を掛けた。


「今日、予約してしていた、山中なのですが」


「はい、山中様ですね。ご予約承っております」





お姉さんはそう言って、長年使われているであろう古い棚から、宿泊の書類を取り出した。


部屋には同じく年季の入った机と椅子が置かれ、天井には小さなシャンデリアが掛かっており、昔のヨーロッパのような雰囲気を醸し出していた。外国語が飛び交うこの空間にいると、まるで日本であることを忘れてしまいそうだ。





ここは、中華街の大通りのすぐ側に位置するゲストハウス。僕はここに今日と明日、泊まることになる。少し不安を感じながら、部屋のロック番号が書かれたカードを受け取り、足早に2階への階段に向かった。





つづく

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