小5 夏②
「なーに暗い顔してんだよ」
はっとして、顔を上げた。髪の伸びたちひろが、ぼくの顔を見上げている。
気づいたら、自分のキャラが崖から落っこちて、負けてた。
せっかくちひろの家でゲームをしていたのに、今日のことをつい考え込んでいたんだ。
「え、あ、ごめん」
「なんかあった?」
「大丈夫だよ。」
あははって冗談っぽく笑ってみせたけど、これは失敗だったなって思う。
口の中がじんわり苦くなった。
すごく嫌な言い方だ。つい目を見てられなくて、テレビを睨む。次のキャラを選んだ。
「ちゃんと言いな」
急に目の前にちひろの顔が現れて、のけぞった。めっちゃ近い。
ちひろが四つん這いになって顔を寄せてきているのだ。
すごく、真剣な目をしていた。
「その……」
髪を伸ばして、家でもスカート穿いて。
そんな事をさせておいて、まだ心配してくれる。
ちひろが女の格好をするのは、ぼくのせい?
「ほれほれ。どした」
「おっぱいが、できた」
「お?」
「……みたい。聖ヶ丘さんが、それ、おっぱいだよって言ってた。確かに、最近痛かったし、そうかなって思ってたけど。自分のこと、自分で決めろって言われて、どうしたらいいかわかんなくて」
全部言い切った後に、顔が暑くなった。なんでか、急に恥ずかしくなってきた。
「オレさ」
ちひろの顔がますます近くなる。まつげ、こんなに長かったんだ。
「うん」
「女になりたい」
「ちひろ?」
唇が温かいものに触れた。ちひろの瞳の中に、目をまんまるにしてるぼくが居る。
「……っ」
ちひろの吐き出す息が、何度も何度も、ぼくのものと混ざっていく。
舌が触れ合うと一気に頭の中が熱くなって、それでもその奥はなんだかとても落ち着いていて。
あ、ぼくちひろとキスしてるって考えた。
真っ赤になった彼の顔が、なんだか、とてもおかしいような、怖いような、とてもいけないことをしているような、楽しいような、どろどろした重いものが胸の中に流れたみたいな気持ちだった。
しばらくそうしていた。1時間ぐらい、そうしていたような気がするし、10秒ぐらいだったような気もする。
ちひろが体を離して、スカートの裾を直して脚を流して座り直した。
照れくさそうに笑って、口元に人差し指をあてるその見た目が、その時は、本当にちひろが女の子のように見えた。
「内緒ね」
内緒話をする女子みたいな、くすぐったそうにどこかハズんだ声だ。
「内緒に、するよ」
ちひろの体温が唇に残っていて、うまくしゃべれなくて、それだけを、やっと言えた。
「みつき。一緒に女の子になってね」
そう言って、ちひろはぼくと両手を合わせた。