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この衝動がいつまでも続けば良いのに。

 ちひろの事を好きになったきっかけってなんだったっけ。

 声をかけてくれた時。友達になってくれた時。

 女になってしまったときも、迎えに来てくれたときだっけ。


 それとも体をはじめて重ねたときだったっけ。

 暗い天井を見上げる。そういえば、ちひろってどんな顔をしていたんだっけ。

 守ってくれる手、背中、体温、匂い。そんなものはわかるのに。


 胸の奥が空っぽになったみたいた。ぼくは、どうしたって男性なのかもしれない。

 女性ことが好きなら、今までのことはなんだったのだろう。

 空っぽだ。ぼくは、なんだろう。もしかしたら、女のふりをしていただけの、偽物の、醜い、


「みつき、起きてる?」

 

 小さなノック音がなった。ちひろの声だった。


「わ、わあ!」


 心臓が飛び上がるってこのことだ。

 今まさにちひろのことを考えていて、びっくりしたなんてものじゃなかった。


「みつき? どうかした?」


「だ……っ。大丈夫だよ! ちょっとまってね!」

 

 慌てて起き上がって、乱れた下着や衣服を直した。

 さっきまでの水はとっくに冷めて、それでもさっきの情欲が粒子になって身体にねばついてるみたいで気持ち悪かった。


「やっぱ寝てた?」


「う、ううん、起きてた。入っていいよ」


 かちゃり、とカギの回る音がしてちひろが入ってくる。

 切れ長の目に、少し伸ばして耳にかかる髪。元々女っぽい顔をしているから、髪さえ伸ばせばまだ女の子に見えるかもしれない。

 だけど、ハーフパンツから覗く足は、脂肪が少なくてぼくのものとどんどん離れていく。

 そうだ。彼はこんな顔をしていたのだ。


「悪いね」


「本当に平気。でも、ちひろ、どうかした? こんな夜更けに」


「うん」頷きながらちひろがベッドの、ぼくの隣に座る。


 いつもなら腿と腿がくっつくような距離でも平気なのに、今日はすごく緊張する。

 バレないといい。さっきまで、ぼくがしてたこと。考えてたこと。体の奥の熱のこと。そんなものが匂いになってぼくにまとわりついている気がした。


「みつき、今日大丈夫だった? その……結構いろんな事あったからさ」


「ね。びっくりしちゃうよね」


 苦笑い混じりに吐き出すと、ちひろがほっとしたように目を細めた。


「まあ、でも、みつきが平気そうでよかった。嫌ならちゃんと嫌って言ったほうが良いよ。お前、あんまりそういうの言わないからさ」


「うん。ありがとう、ちひろはいつも優しいね。心配してくれて嬉しい」


「優しいなら、急に別れろなんて言わないって」


 ちひろが茶化すような口調で言って、ぼくもつられて軽く笑った。

 冗談にしてしまいたかったのかもしれない。


「あはは。そうかなぁ」


「そうだって。オレはみつきが思うほど優しくなんて無いから」


「そんなことないよ」


「まあ、いいや。みつきが嫌がってないならそれで。それだけ知りたくてさ。もう別れてるのに、うざいよなこういうの」


 ちひろが立ち上がって、ぼくを見下ろしてまた笑う。

 愛想が顔面にはりついた大人みたいな表情だった。


「ううん、嬉しい」ちひろが居てくれるから、ここに居た。「わたしはちひろが好きだよ」


「本当に? どこが?」


「守ってくれるところ。格好良いところ。優しいところ。みんなと仲良くなれるところ。声も、匂いも、全部、全部好きだよ」


 彼の目を見つめた。やっぱり彼は何かを吹っ切ったように笑顔になる。


「あははっ。ありがと。そっか。まあ、いいや。明日も聖ヶ丘の行為に付き合うんだろ? もう寝たほうが良いよ。夜遅くに悪かったな」


 ちひろが背中を向ける。遠くなっていく。

 怖くなった。好きとか、性欲とか、そういうのもうどうでもよくて、ただぼくは怖かった。

 だから手を伸ばした。


「ちひろ」


「どうかした?」


「行かないで」


「みつきはさ、オレのこと好きじゃないよ。そういうのわかっちゃうんだよ。お前結構顔にでるからさ」


 彼は振り返らず、言い聞かせるように言った。


「そんなことない。わたしは、ちひろが良い」


「聖ヶ丘とか……まあ、あいつはちょっとあれだけど。ちゃんと守ってくれる人が居て、もう、いいじゃん。オレなんて、もう。オレじゃないとだめな理由ってあるの? オレ男だよ?」


「なに、言ってるの……」


 ちひろが振り返った。泣きそうな顔をしていた。


「もう、無理だよ。みつきはオレの事好きじゃないから」


「だって、ちひろはお姉ちゃんが好きって言ってたから……」


「お前、嫉妬とかしてくれないじゃん。他の人を好きっていったら、怒ってくれよ」


「そんなの…わかんないよ。言ってくれなきゃ、わかんない」


「みつきはオレのことなんてわかんないだろうね。オレはかっこいいなんて言われたくないんだよ。オレは…オレだって、可愛いって言われたいよ! なんでみつきは女になったんだよ。なんでオレとセックスしたんだよ。オレはどうしたって男だって、前といると所詮オレは偽物だって、突きつけられるんだ。すごく、惨めだ」


 偽物はどっちなんだろう。ちひろは泣いていた。涙も拭かず、ぼくを見下ろして、つらそうに言葉を吐き出している。

 好きとかぼくにはわからない。それなのに好きと言い続けてきた偽物は、きっと、ぼくだったのだ。


「ごめん、みつき。こんなこと言うつもりなかった。未練がましくお前につきまとって……傷つけて、なにやってんだオレ」


「ちひろ」


 彼の頬に手を伸ばした。とても熱かった。


「やっぱり、明日になったらオレ、帰るよ。一緒に居るべきじゃないんだ、きっと」


「ちひろ!」


 彼の手を引っ張った。抵抗はなくて、こんなにもちひろは軽かったんだって、思う。

 ベッドに仰向けに倒れた彼のお腹の上に、跨って見下ろした。

 傷つけているのは、きっとぼくも同じだ。

 お互いに傷つけあっている。ぼくたちは、ちひろの言う通り、ここでお別れするべきなんだろう。


「みつき、離せよ」


「いやだ」


「離してよ」


「うるさい」


「オレ、オレ……醜くて……ごめん、みつきの、こと、好き、だったよ……好きに、なってほしかった」


 子供みたいに泣きじゃくって、目をこする彼の両手を、押さえつけた。

 弱々しく震える彼は子供みたいで、笑顔の薄皮の下で、もしかしたらずっとこんな顔をしていたのかもしれない。

 好きならきっとお別れするべきなんだろう。

 

「ちひろはぼくのものだから」


 好きじゃない。それならこの感情は、なんなんだろう。

 偽物の女のぼくは、好きでもない彼にキスをして、それから服を脱いだ。

 女の体を彼に押し付けて、朝が来た。

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