11
薄暗い部屋のカーテンの隙間から、ぎらつくような日光が差し込んでいる。
今日も外はとても暑いのだろう。ゆうりさんの家で迎えた初めての朝だった。
少し眩しくて、枕に顔を押し付けた。嗅ぎなれない柔軟剤の匂いとエアコンの音が部屋に満ちていく。
もう少し寝ていようかな。
どのみち、ちひろか、ゆうりさんが来ないと部屋の外に出ることもできないんだし。
ここはゆうりさんの家の一室で、ぼくはそこに監禁されている。
っていうとちょっと語弊があるかもしれない。部屋のカギは二人が持っているとは言え、別に体を拘束されているわけではない。だから本気で抜け出そうと思えばいくらでも手段はある。
大声を出せば外にだって届くだろうし、そもそも窓を開けて外に出ることだってできる。
ぼくはそれをしない。
だってこれは3人で決めてはじめたことなのだから。
……。
少しだけ話は遡る。
「君が無理してるのがつらいから別れるって? おっかしい」
ゆうりさんが「あははははっ!」と声高に笑ってお腹を抑える。
『ちゃんと話を訊かせて』と半ば無理やり連れてこられて、彼女の部屋で丸いミニテーブルを囲んで座っていた。
なぜだかいつの間にかるきさんも合流していて、たしなめるような目をゆうりさんに向けた。
「笑い事じゃないって」
「だっておかしいんだもの」
「もう。ゆうりさんが話せっていうからしゃべったのに」
思っていたよりむっとした声が出た。ちひろをディスられた気がしたのだ。
「ごめん、ごめんね、みつきくん。悪気はないの」
ゆうりさんが肩をよせてきて、はにかんだ笑みでぼくを見上げた。
なんか、珍しく素直だし上機嫌だし、テンションが高い。ちょっと怖い。
「っていうかさ。ちひろ身勝手過ぎない? 酷いよね」
対してるきさんは怒った顔をしてくれている。
こういうときは、どんな顔をするべきなんだろう。
どんな風に答えたら女子っぽいんだろう。
女子っぽくすればちひろは喜んでくれると思ってた。
でも、違うみたいだった。
じゃあ、どうしたらいいんだろ。
ぼくはちひろに、好かれたかった。
好かれたかっただけなのに。
そんな事を考えたら鼻がつんとしてきて、慌てて目元を拭った。
「もーちん、あんまり考えすぎないほうが良いよ」
考え込んでいたら、るきさんが肩を優しく撫でてくれている。
「ううん。わたしが悪いんだし」
「そんなことないって。もーちん色々頑張ってたじゃん。てーか。知ってる? もーちん可愛いし、めっちゃもてるんだよ。なんならすぐ次の彼氏できるって。ん? 彼氏? 彼女? もーちんの場合どっちがいいんだろう」
「わ……わたしは、ちひろがいい。ちひろじゃなきゃだめなのに」
守ってくれる人がすぐ見つかる。ちひろが言っていた。
違うんだ。ぼくは、ちひろが良い。慰められる程なんだか惨めになってきて、涙が止まらなくなった。鼻をすすって、目元を何度拭っても全然止まらない。
「いらいらする」
刺すような声だった。
「いらいらするのよ、みつきくん」
さっきまで上機嫌だったゆうりさんが、侮蔑するような目でぼくを睨んだまま冷たい声で言う。
「そんなに好きならこんなところで愚痴ってないでさっさと引き止めにでもいけば? 体でもなんでも使って。君は今までそうしてきたでしょう?」
「だ、だって。ちひろに別れてって言われたのに。行ったって、嫌われてるのに。もっと嫌われるかもしれないのに、いけないよ!」
「そもそも片倉くんの好きがその程度だってことでしょ。セックスがしたいからつながって、都合が悪くなったら突き放すだけ。わたしは好きなんて理解できないし、セックスなんて気持ち悪いだけだって思ってる。正直、ちひろもみつきくんの行動も、わたしは嫌いだった。だから、今はざまあみろって思ってるわ。どう、悔しい?」
「ちがう。ちひろはそんなんじゃない。ちひろのこと、悪く言わないで」
ゆうりさんを、睨み返した。自分からこんなに鋭い声が出るなんて知らなかった。
「なにが違うの? 無理してるって言われたのだって、結局本当のみつきくんじゃないからでしょ。片倉くんに無理に合わせてただけ。
本当に好きだったの? だってみつきくんは元々男じゃない。
もちろん、男性の心で男性が好きな人。女性の心で男性が好きな人、その逆の人やどっちも好きじゃない人、それ以外の人だって居てそれは当たり前のことよ。でも、みつきくんは本当に片倉くんのこと好きだったの?」
「ちひろは、ずっと優しくて、守ってくれて……ぼくは、だからずっと一緒に居てほしくて、一緒に居たらすごく安心して……」
好きに決まってる。ぼくはだから、ちゃんと女になりたかった。それはちひろが望むからだ。
じゃあ、ぼくの気持ちは?
声が、うまくでなかった。
「わたしはみつきくんに訊いてるの。いつもちひろちひろって。自分のこといつも喋らないじゃない! みつき君のことを教えてよ!」
「いい加減にして」
誰の声、だったんだろう。平板で落ち着いた声だ。
テーブルを叩く音がして、我に返るようにぼく達はその子の方を見た。
「なによ、琉希。今日という今日はちゃんと最後まで――」
「悠里」言い聞かせるような、いっそ穏やかな口調だった。「正しいって思ったからって何を言ってもいいってわけじゃないんだよ。あたしらまだ14だよ。好きとか嫌いとか、男とか女とか、そんなの決めきれるわけ無いじゃん。あたしだってわかんないし、ましてやもーちんは色々あって今は整理しきれてない。傷ついてるの。分かる?」
「納得できない」
「納得しなくていいから理解はして」
「だってみつき君が可愛そうよ」
「あんたのそういうストレートなところ、あたしは好きだけどね。敵も増やすよね」
「どうせあたしは友達少ないわよ。この先誰も好きになれないし、きっと一生ぼっちヶ丘として生きていくんだわ」
「はいはい。意外と気にしてたのね」
「してませーん」
「はあ……もーちんごめん。友達として謝るよ。これからも友達で居てやってくれると嬉しい」
るきさんが神妙に頭を下げてミニテーブルに髪がかかる。
慌ててぼくも両手を振った。
「と、友達は、むしろぼくからもお願いしたくてっ。でも、本当に……ちひろのことは悪く言わないでくれると、嬉しいかも」
ああ、まただ。
ゆうりさんのように、本当は怒るべきなのかもしれない。言いたいことを言うべきなのかもしれない。
だってちひろをけなされたのだ。
だけどさっきまでの熱はすぐに冷めて、相手の表情を伺ってしまう。
ずっとそうやって生きてきたんだ。変えられるわけがない。
誰かに頼って、守られて。そういうのが、ちひろは嫌だったの?
大事な友だち。
それに間違いはないのだし、ゆうりさんのことは嫌いになれないのも本当のことなのだけれど。
「ちひろ、ね。そうね……片倉くんに会いに行きましょう。最初からそうすればよかったのよ!」
名案!とでも言いたげに、ゆうりさんがぱっと笑顔になって勢いよく立ち上がる。
ぼくらはぽかんと見上げた。嫌な予感。
「え?」
「ちょ、悠里?」
「もちろんわたし一人でじゃないのよ。そもそもわたしが、相手に言いたいことを波風立てずに伝えられるわけがないからっ」
「なに開き直ってんだよ。まあ、あたしは良いけど」
「るきさんまで!? ぼく今はそんなに会いたくないかも……」
「ライン送っておくわね」
ああ、やっぱり聞いていない。




