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「ど……どうして? 冗談だよね?」


 なんとか口の端を上げられた。

 どうして? ちひろ、どうして急にそんなことを言うの?


「ごめんな」ちひろがベッドから立ち上がって、ぼくに背を向ける。


「やだ……。やだよ。わたしは、ちひろの事が好きなのに。悪いところあるなら教えて。もっとちゃんと女らしくするから! ちひろに好きになってもらえるようにするから」


 程よく筋肉のついた彼の背中に手を伸ばしかけて、やめた。

 彼の声がとても冷たかったからだ。


「もうさ。そういうのしんどいだろ。お前が思ってるより、無理してるのって結構伝わってくるんだよ。オレも、そういうの苦しいからさ」


 ちひろが振り返ること無く、衣装ケースから服を出して着込んでいく。

 いつもどおりの、男物の服だった。

 

「無理なんかしてない。わたしは、ちひろと一緒にいると本当に楽しい。ちひろが居たから色んな人と関われた。ちひろはずっとわたしを守ってくれた。だってちひろは、いつも正しくて、可愛くて、格好良くて、ちひろが、わたしの全てなんだ」


「あのさ」


 ちひろが服を着終わって、振り返る。裸のままのぼくを見下ろすその目はやっぱりいつもみたいに優しかった。


「オレ、そんなに綺麗じゃないよ。ずっと幻想を期待され続けるのって結構しんどくてさ。悪いな、みつき。ずっと理想で居続けられなくて」


 声はどこまでも穏やかで、彼はぼくの頭に手を載せて、撫でる。

 彼の顔が隠れて見えなくなった。

 頭の中がぐるぐるしていて、うまく働かない。さっきまであんなに仲良くしていたのに。

 ずっとちひろは一緒に居てくれるって思っていたのに。どうして? ばかりが渦巻いている。


 頭を撫でられ続けたまま、ちひろは何も言わない。

 なにか言わなきゃ。なにか、言わなきゃ。


「ごめん、ちひろ、ごめん。謝るから、ちゃんと謝るから」


 涙が出てきて、何度も目をこすった。


「みつきは――」ちひろが手をどけた。彼の顔が見えた。とても悲しそうで、苦しそうな顔だった。「みつきは、大丈夫だよ。そうやって、次の誰かにちゃんと守ってもらえる」


「違う、ちひろが良い。わたしはちひろが好き」


「好きならずっと一緒に居たらいいじゃん」


 ぼくがなにか答える前に、ちひろが吹き出した。

 笑い声が部屋に満ちて、それでもどこか空っぽな気がした。


「冗談だよ。悪いけど今日はもう帰ってくんない? 親も帰ってくるし。別に、これで友達じゃなくなるわけじゃないって。これからも普通に遊べばいいじゃん。だから――」


「ちひろ……ごめん」


「だから、泣くなよ。お前のそういうとこ……正直、すげえ苦手」


……。


 ちひろが友達と歩いているところを、商店街で見た。

 部活帰に行くところなんだろう。

 同じクラスの中河原くんと、大口を開けて笑いながら、こちらへ歩いてくる。

 ぼくを見つけてひょいと手を上げた。


「よ。元気?」「百草たち……」


 ちひろと中河原くんが同時に言う。


「これから部活?」


「そ。急いでるからまたな。今度うちにゲームしに来いよ」


「うん。またね」



 手を振って、ちひろ達が歩いていく背中を見送った。

 ちひろ、とても楽しそうだった。ちひろは男子同士でいる方が楽なのかな。

 ぼくが無理していることが、ちひろは苦しいと言っていた。

 その意味が、今でもよくわからない。でもちひろがああ言う風に笑う姿は、見たことがなかったなって思う。 


「ねえ」


 今日もとても暑い日で、セミがとてもうるさい。

 ちひろと別れていても、夏休みは続いている。そんなの、当たり前なんだけど。

 ちひろが居なくても日々は続くのだ。

 これからどうやって生きていったら良いか、よくわからなくない。ちひろに教えてもらえないと、ぼくは何も出来ないのに。


「ねえってば」


「あいたっ」


 手の甲に痛みが走った。そっちを見るとゆうりさんがぼくを睨み上げながら、手をちょっとつねっていた。


「みつきくん。大丈夫? 熱中症とかじゃないよね」


「…手が痛いよ」


「それはわたしがつねったから。」


「まあ、そうなんだけど。ごめん、大丈夫だよ」


「ふーん」


 ゆうりさんやるきさんには別れたことは言っていない。

 いつかはばれるんだろうけど、ぼく自身整理がついていないことでうまく伝える自信もない。

 ゆうりさんは怒るだろうか。


「ねえ、もしかして君たち別れた?」


「ぶぇ!? なんで?」


 え。え?

 思わず変な声がでてしまった。なんでばれたの?


「あ、やっぱり。ちゃんと話訊かせて」

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