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「ちひろ、ごめん」


「なんで謝るんだよ」


「…後ついてきちゃったから」


「まあ、びっくりはした。帰るかなってって思って見てたら泣き出すから」


 言いながら、ぼくの頭をなでてくれる。

 って。


「見てたの!?」


「意外と気づかないもんだよなあ。ごめん、正直笑ってしまった」


 恥ずかしいけど、彼の混じりけのない笑顔にほっとした。全然怒ってないみたいだった。


「もう。ひどいよ。緊張してたんだ。見つかったら、お母さんに怒られるし」


「悪い悪い。良かったよ、ばれなくて」


「本当だね。ちひろが見当たらないから、すっごく不安だった」


「つーか、その。なんだ」彼が手で顔を覆って天を仰いだ。「訊かないの? この格好のこと」


「…訊いてもいいの?」


「むしろここまで来たなら訊いてくださいよ、みつきさん!? オレが逆に気がかりすぎるわっ」


 大仰に変顔して、かわいい今の格好とのギャップがおかしくて吹き出してしまった。


「じゃ、じゃあ……」こほん、と咳払いした。妙に緊張する。「こんな時間に、なにしてたの?」


「趣味」


 そっけなく言って、ちひろは続ける。


「ずっと、家でだけやってたんだよ。でも、それだけじゃ満足できなくて外に出たくなってさ」


 ちひろは口の端を上げて笑った。どこまでも冗談めかしてて、いつもどおりの声だった。


「そうなんだ」


「そうなんだって、随分あっさりだな! ……変って思わないのかよ。オレのこと」


「だって、ちひろは一緒に女の子になってくれるって言ったよ。わたし、あれすごく嬉しかった」


「あれは、気の迷いつーか……オレも、あの時は男と女とかよく考えてなかったし、お前が、大変そうだったし、その……」


「そうなの? ちひろはどうしたいのか教えて。どっちのちひろもわたしは好きだよ」


「うぐ。純真無垢な瞳を向けるでない。お前はホント……なんつーか」


 手を振りながら、ちひろが頬を染める。

 しばらく黙って、何度か深呼吸してから、意を決したようにぼくをまっすぐに見据えて一気に吐き出した。


「ああ、もう! そうだよ。変わってねえよ。女装するの好きだよ! 今でも!」


「そっか。一緒にする?」


「するって、何を」


「女の子の格好。メイク、すごく上手だし、わたしに教えて。そしたら、一緒に街にもでかけよう。深夜じゃなくて、ちゃんと昼に」


「いや、その……それは流石にハードル高い……かもな」

 

「大丈夫だよ、ちひろかわいいし!」


 ぼくがちひろの手を、両手で胸元で握りしめる。

 何度も彼はまばたきをして、面食らった顔をしている。

 ぼくはちひろの力になりたくて、いつも助けてもらってる彼の望みを叶えてあげたかった。

 それだけを、この時は考えていた。


「……みつきは、オレが男じゃなくてもいいのかよ。お前は本物の女になったんだろ。付き合ってるんだし、嫌じゃないのかよ」


「ちひろのしたいことが、わたしのしたいこと。だってちひろはわたしのヒーローだもん」


「お前はなんつーか……純粋すぎるよな。オレ、そんなに言ってもらう程じゃないよ、ヒーローなんて大げさ」


「でも、いつも助けてくれる」


「みつきは、オレのこと好き?」


「大好きだよ。ちひろが居るから、今のわたしがあるんだ」


「……そっか。オレも好きだよ。じゃあ、付き合ってもらうからな。ちょっとずつ、外とかにも……行きたいし」


 ちひろがぼくから顔をそむけて、頬をかいた。

 頬は赤いままだし、とても照れくさそうにぼくには見えた。

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