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 シャーペンを走らせる手を止めて、自宅の二階から、隣の家ちひろの部屋を眺めた。

 明かりがついているのがカーテン越しにわかる。まだ22時だから起きているだろう。

 

 小6のあの日から、ちひろは女子の格好を全然しなくなった。その話に触れようとするといつも流されてしまう。

 まだ、女の子になりたいの? それとも、もうあれは過去のことで、一時の感情で、もしかしたら本当にぼくのためだけに女の格好をしてくれていたんだろうか。

 毎日ちひろと一緒に過ごして、体はどんどん近づいているのに、考えていることはさっぱりわからない。

 ちひろは何をしているんだろう。ラインで尋ねれば分かることだけれど、なんとなく送るのも変な気がしてもう一度シャープペンを握り直して課題に向き直った。


『なあなあ』


 小さなちひろが、教室のぼくの机の前にいる。


『……』


 これは小学2年に上がってすぐのこと。

 ぼくはもともと他人と会話することが苦手で、当然友達もできなかった。小学校に上がってもひとりも友だちができないでいたのだ。


『隣の家のみつき君だよな! 俺、ちひろ。片倉ちひろ。一緒に遊ばない?』


『いい。ぼくがいると……きっとつまんないよ』


『何が好き?』


『え?』


『みつき君は、何が好き? 君の好きなことで遊べばきっと楽しいよ』


 そう言って、彼はぼくの手を握って連れ出してくれた。

 ちひろが居たから、友達が出来て、他人とも会話ができた。クラスに溶け込めた。

 女になってもちひろが迎えに来てくれて、また学校に行けるようになったのだ。

 ちひろはぼくにとってのヒーローだ。彼が居るから、ぼくは生きていける。これからも、きっと、ずっと、そうなのだ。

 だから……ぼくはきっと、


「ん……」


 目を開けた。いつのまにか少しうとうとしてたみたいだ。

 スマホの時計は23時を示している。


 ああ、もう。時間を無駄にしてしまった。今日はもう寝てしまおうかな。

 そう思って、立ち上がって、カーテンを閉めようと窓に寄った。

 ちひろの家の玄関が、センサーの照明に照らされている。庭から白い影が出ていくのが見えた。

 幽霊!? って飛び上がりそうになったのは。一瞬。

 目を凝らすとそれは確かに人間で、背格好はちひろによく似ているような気がした。


「ちひろ……?」


 こんな時間に、どこに行くんだろう。

 後を追うべきじゃないことは、分かってる。

 だってこんな時間に出かけるなんて、隠したい事があるからに決まってる。

 それに、そもそもあの影がちひろじゃない可能性だってある。それでもぼくは、ちひろのことがもっと知りたかった。



……。


 心臓が口から飛び出しそう。

 小説や漫画じゃよく見かける表現だけど、あれは本当のことなのだ。

 口の中に心臓があるみたいに、ばくばくと鳴っている。

 深夜の住宅街をひとりで歩いていると、この世界にはぼくしか居ないみたいな気がしてくる。

 遠くから聞こえる電車の音が、すごく不気味だった。

 怖い。とても怖い。誰かに見つかったら。電柱の影からおばけが出たら。人が通りかかったら。

 そんなことが頭をもたげて、それでも少しだけ、わくわくもしている。


 って。

 ふと、あたりを見渡した。相変わらず人の気配がなくて、街灯の弱々しい光に照らされた家々が大きな壁みたいに立ち並んでいる。

 ちひろはどこだろう。我ながら、あほだ。

 出てきてから気づいたけど、彼がどこに向かうかなんて分かるわけない。


 なんだか冷静になってしまって、急に泣きたくなってきた。

 帰ろうかな。っていうか、ここどこだっけ。

 あれ。

 やばい。血液が一気にひんやりとして、背中に嫌な汗を書いた。

 この道、こんなに暗かったっけ。あれ? あれ?


「……ま」


 迷った。家の近所で、迷子になった。

 いや流石に嘘だから。落ち着いて。ぼく。きっと暗いせいだ。

 鼻がつんとして、目元が熱くなってくる。


「……っ」


 ついに、耐えきれなくて目の下を熱い水が流れていくのが分かる。

 ちひろ。どこに居るの。助けて。


「ちひろ……どこ」


 情けない声が口から漏れて、当然その声に応じる人なんて、


「ここだよ」


「ひゃあ!?」


 背後からの声に、今度こそ誇張抜きにジャンプしてしまった。


「お、大声だすなって。びっくりするだろ!」


 慌てた掠れた少年の声。よく聞き慣れた声だった。

 恐る恐る振り返る。


「あれ、ちひろ……?」


「はーあ。声かける気なかったのにさ」


 ばつが悪そうに、頭をかく女の子がいた。

 白いワンピースに、肩までの伸びた髪。ほんのりとメイクされた顔。

 それは確かにちひろだった。

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