第18話
「それじゃあ、オレたちは先に村に戻っていますね」
「え? 別にゆっくりしていっても――」
スライムたちが帰ろうとしたので、俺は反射的に呼び止めた。
別に一緒にここで食事をしていってもいいじゃないか。
そう思っていたのだが、スライムはちらちらとスフィーを見ている。
スフィーは、まるでスライムたちを追い払うように片手を動かしている。
その両目は鋭くとがっている。
おい。
「い、いやスフィー様が怖いので……そ、それじゃあ」
そう言って皆はこの湖から立ち去った。
残されたのは俺とスフィーの二人のみだ。
「二人きりになれたわね」
白々しい。追い払っていたのはお前じゃないか。
とはいえ、スフィーの不満をためすぎて反乱を起こされても困る。
湖は綺麗だし、このままここで昼食を取ろうか。
「少し移動するか」
「そうね。思っていたよりもここ臭いわね」
そりゃあ、あちこちに血が落ちているからな。
先ほどまで戦っていた場所から少し場所をずらす。ブレイドフィッシュの血などで汚れていたからだ。
風上に移動したところで、俺は近くの木を切り裂いてテーブルと椅子を製作した。
それからスフィーと向かい合うようにして腰掛ける。
「便利なスキルね」
「まあ、そうだな」
スフィーがにこりと微笑んで、弁当箱を広げた。木製のそれは俺がスキルで作ったものだ。
正確にはただの箱だが、弁当箱として使えないこともない。
広げられた弁当には、肉や野菜が詰まっていた。
スフィーは別の箱も取り出す。そちらにはパンが詰まっていた。
それを主食に肉や野菜と一緒に頂いていく。
「どうおいしい?」
「ああ……そうだな。スフィーが作ってくれたのか?」
「ええ、そうよ。料理術のスキルを持っている人と比べると味は劣るかもしれないけど、食べられるようで良かったわ」
ほっとした様子でスフィーは息をつく。嬉しそうに頬を緩めている彼女に、少し照れくさくなる。
味に関しては、別に劣っているとかそんなことはない。
何より、作ってもらったという喜びがあった。
昼食を終えた俺はスフィーへと視線を向ける。
「うまい、ありがとなスフィー」
「いえ、いいわ。それじゃあご褒美をもらってもいい?」
きらんと、スフィーの目が光ったような気がした。
「それが目的だったのか?」
手放しに褒めすぎてしまったかもしれない。
しくじった。
「似たようなところはあるわ。でも、変なことはしないわ」
「しない? 物とかじゃなくて、行動ってことか?」
ご褒美、と言ったから何か物とかを作ってほしいのかと思ったが、違うようだ。
「ええ、そうよ。私をベッドにして少し休んでくれない?」
どういうことだ? 彼女の発言に首を傾げる。
ベッドにして少し休むとは一体なんなんだ?
「ベッドって何を、どういう意味だ?」
「簡単に言うと、私が全身をマッサージしようと思って。スライム種の体を使えば、クレストを癒せると思ったの」
「……なるほど」
スフィーはそういって体を広げる。液体の形をかえ、俺の全身を包めるように伸ばした。
意味は理解できた。
ただ、それだと別に――
「スフィーのご褒美じゃなくて、むしろ俺にとってのご褒美じゃないか?」
「何をいうのかしら! クレストの体を包み込めるなんて、最高のご褒美だわ! 全身くまなく舐めまわすわ! あっ、マッサージするわ!」
欲望駄々洩れだ。
しかし、なるほど。
それがスフィーにとってのご褒美、か。
確かに意味は理解できた。正直、別のご褒美に交換したい気持ちもあったのだが……少し気にもなっていた。
スフィーの体は、柔らかく、触れていると体から力が抜けていくような感覚があった。
その癒し効果を全身で味わってみたいという気持ちも確かにあった。
それに、確かに下界に降りてから度重なる問題の発生で体は確実に疲労していた。
「それじゃあ……このまま乗って大丈夫なのか? 痛みとかはないのか?」
体を広げたスフィーへと近づく。
「ええ、大丈夫よ。気にしてくれてありがとね」
スライム種も普通に切られればダメージを受けるため、少し心配していた。
スフィーがそう言うなら大丈夫なんだろう。
俺は彼女の上で横になった。
ふにょん、という弾力が体を包む。
柔らかいな。何より温度が心地よい。
普段はひんやりとしていたのだが、今は人肌程度の温度があった。
その全身を包む感触は、はっきりいって最高だった。
自然に瞼が落ちてきそうなほどの眠気に襲われる。
「どう?」
「……いいな、これ」
「でしょう? クレスト疲れていると思ったから。ほら、それじゃあマッサージしていくわね」
そういうと、彼女の体が俺の全身を包んだ。
さすがにどんどん包まれるのは少し身構えてしまうが、その心までも彼女の体が癒してくれる。
程よく鼻をくすぐるように甘い香りが届いた。
「スライム種は取り込んだもので飲み物などを作れるのは知っているわよね?」
「……あ、ああ吐いてたな」
声を出すのも億劫なほどに体が軽くなっていく。
それに、この体の疲れが取れていき感覚は薬草の効果か?
「薬草、も使っているのか……?」
「そうね。ただ、もちろん一の薬草から作るポーションに比べると効能はおちるけど……かなり目がとろんとしているわね」
「ああ、凄い癒されるなこれ」
「顔も包んであげるわ」
え? と思った。しかし、次の瞬間顔を包まれる。呼吸ができなくなるのでは、と不安に思ったが、そんなことはなかった。
「……喋れるし、呼吸もできるな」
「空気の空間を作っているから問題ないのよ。だから、私が全身を包んであげれば、海中などの調査もできるわね」
「スライムアーマー、ってところか?」
「ええ、そうね。実際スライムの体を服の内側に入れておけば、それなりに防御力も高められると思うわ」
「……なるほど。これからの敵に備えて、それらはありかもしれないな」
「そうね。でも、今は余計なことは考えないで、疲れを癒してちょうだい」
「ああ」
全身が彼女のスライムの体にもみほぐされていった。
はっとなって目をあけると、俺はスフィーに膝枕をされていた。
「おはよう、だいぶ休んでくれたわね」
「……どのくらい寝ていたんだ俺は?」
「二時間くらいかしら?」
二時間か。随分と眠っていたようだ。
体を起こしてみると……驚いた。
まるで、疲労感がなくなっていた。
背中に羽でも生えたかのように軽いぞ。
「凄いなこれは。全身の疲れがなくなったな」
「でしょう? 私たちにとって疲れも食事なの。おいしかったわ」
「なるほどな……他のスライム種もできるのか?」
「ええ。まずはクレストに体験してもらって、他のスライム種が魔物たちの疲れを食べたいときにやらせてもいいか、許可をもらおうと思ったの。どう?」
「……いや、これを拒む奴はいないだろうな。一度体験すれば病みつきになるだろ」
「また、してほしい?」
「……そうだな。また疲れたときにでも」
「やった! クレストの体まさぐり放題の権利ゲット! それじゃあ、そろそろ戻りましょうか?」
「あ、ああ」
マッサージ、と言ってくれ。
スフィーの悪意のある言い方に思うところはあったが、彼女のマッサージ効果が確かなのは理解した。
いつもよりも軽い体を軽く伸ばしてから、俺はスフィーとともに拠点へと戻った。




