第41話
それがごく当たり前の常識であり、俺としてはこれまで意識したことはなかったのだが……。
これまでまったく気にしていなかったそれが、やけに目に留まった。
これが、本来の感覚としては正しいのだろう。
奴隷に対して、今まで何か考えることはなかった。
そういう立場の人がいる、というくらいの認識しかなかったのだが……そこで虐げられている亜人たちを見て、胸が痛んだ。
オルフェたちは、中に連れてこなくて正解だったと思う。
隣に並ぶエリスが気に掛けるように視線を向けてくる。
「大丈夫ですの?」
「ああ、悪い」
短く声をかけてから、再び歩きだす。
ここでは、それが当たり前だ。
「あまり、気にしてはいけませんわよ。ここではこれが普通でしょう?」
「そうだけどな。今まではこれが当たり前だったけど、やっぱりな」
「わたくしも、思うところはありますわ。でも、ここには別の目的で来ているでしょう?」
「そう、だな」
エリスの言う通りだ。
上界の差別問題を、この場で解決できるはずもない。
「もしも、この騒動が終わったら亜人たちはどうなるんだろうな」
「そうですわね。よくて、より拘束力の強い奴隷化。悪ければ、すべての亜人を処刑というのも考えられますわね」
「……」
そう、だよな。
反乱の可能性がある者たちを生かしておくなんて危険すぎるもんな……。
ある程度奥まで進んでいくと、訓練施設のような兵士向けの設備が目立ち始めてきた。
そしてその奥。そびえたつ建物へと俺たちは入っていく。
謁見の間へと案内された俺たちは、温和な笑みを浮かべる男性に頭を下げられた。
「エリス様。クレスト様。お二人様と直接お話をするのはこれが初めてですね。私はグラン・ビットールと申します」
ぺこりと頭を下げてくる。
俺はちらとエリスに視線をやると、彼女がゆっくりと礼を返した。
「グラン。門の前でもやり取りをしましたけれど、わたくしたちは王都へと急ぐ必要がありますわ。馬の準備は可能ということでよろしいですの?」
「ええ、もちろんです。今、下界より現れた亜人たちが王都目指して暴れているという情報もございます。お二人様が帰還されれば、たいそう王も安心されることでしょう。ただいま、準備は進めております」
「そうなんですのね。……確認したいのですけど、亜人の軍は今どうなっていますの?」
「ただいま、ルテルダンを通過したと聞いています」
ルテルダンか。
王都から南に位置する大きな都市だ。
「そうなんですのね。侵攻を止めることはできませんでしたのね?」
「……ええ。恐らくですが、王都にてぶつかると思われます。今、勢力を集めているところですので、負けることはないとは思いますが」
グランが微笑とともにそう言った。
……確かに、国内すべての戦力を集めれば普通ならば押さえ込むことができるだろう。
だが、レイブハルトの力は……普通ではない。
特に、彼の魔法やスキルは集団を一瞬で薙ぎ払うことに長けていた。
下手に集まっても、まとめて倒されるだけの危険もある。
戦い方に関してはあとで考えればいいだろう。
何より先に、王都へと到着することが大事だ。
王都での戦いに間に合わなければ、すべてが終わりだからだ。
「足の準備にはどのくらいかかりますの?」
「明日の朝には出発可能です。それまで、どうぞごゆっくりとしてください。お二人のために、お部屋の準備もしましたので」
にこり、と微笑む。
グランの貴族特有の笑みに、俺は懐かしいものを思い出す。
……貴族同士の面倒なゴマの擦りあいだ。
別にそれを否定するつもりはなかったが、俺は別に彼と仲良くするつもりもなかった。
「俺は外に仲間たちがいますのでそちらで休みます。エリスは、自由にしてくれて構わないからな」
「わたくしも、クレストとともに休みますわ。それではグラン。準備が終わり次第、連絡してくださいまし」
エリスの言葉に、グランは不思議そうに目を丸くしてから、
「……しょ、承知しました」
ゆっくりと頷いた。
「ミヌ様! 亜人の軍が見えてきました! 出撃の準備を!」
待機していた私の部屋へ、飛び込んできたのは王に仕える兵士の一人だ。
王都所属の兵団の一人にも関わらず、彼の表情は不安に満ちていた。
その理由は簡単だ。
王都の兵団の八割は優秀な人間がなるのではなく、家柄で決まっている。
大変な仕事は一切せず、稀に確認された魔物の処理は別の街にいる兵士に任せるような仕事をしてきた彼らに、魔物との戦闘経験なんてほとんどないからだ。
次元穴があちこちで発生した今でさえも、王都の人間たちはできる限り危険な状況に巻き込まれないように立ち回っている。
その最たるものが、王都の貴族たちだ。
王を含め、私の父やリフェールド家の当主であるノルゴアークなどの有名な貴族はすでに王都を離れているのだ。
だから、指揮は私に任されてしまっていた。
多くの貴族が逃げた理由は、王国の歴史の象徴であるから。
ようは、貴重な血筋の彼らが死んでしまっては、仮に国が残ってもどうしようもないという判断をしたからだそうだ。
そんな彼らの血が絶えたところで、別にどうでも良いと考えてしまうのは私だけだろうか。
私は選ばれし者として、逃げることは許されず、一人この王都に残るしかなかった。
生き残れば英雄として担ぎ上げられ、死ねば国は奪われ、今生きている貴族たちからは罵倒されるのかもしれない。
いっそ、死んでしまったほうがいいのかもしれない。
国がなくなれば、ここで逃げた貴族たちに痛い目を見させられるからだ。
まあ、私は彼らの絶望的な顔を見ることはできないんだけど。
逃げる、かぁ。
これまでに一緒に戦ってきた人たちや助けた命を思い出し、首を横に振る。
そんな、無責任なことはできない。
心残りがあるとすれば、最後にもう一度クレストに会いたかったことくらいだろうか。
私は兵士とともに街の外を歩いていく。
亜人たちが王都を目指し進軍していることは分かっていたため、私たちは戦場を外に構えて迎え撃とうとしていた。
街中で戦えば、それだけ被害が大きくなるからだ。
亜人たちの攻撃を受けるために造られた防壁の数々を横目に見ながら、数段高くなっていた高台へと昇る。
そこから亜人たちがいるという方角へと視線を向けると……確かに、見えた。
まだ、小さな粒のようなものだったが、亜人と思われる集団がこちらへと向かってきている。
魔力を目に込めると、視力が強化されて遠くまで見ることができる。
スキルを手に入れてからそれができるようになった私は、早速活用して敵の様子を確認する。
彼らの先頭には、フードを被った男性がいて、何やら不敵な笑みを浮かべているのが見えた。
だんだんと近づいてきて、こちらにも緊張感が生まれる。
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