第35話
これまでの首領たちとは、一味違うというのがそれだけでも分かる。
「……ああ、そうだ。人間の、クレストだ」
「これは珍しいな。まさか人間が首領を務めているとは」
「あんたも、人間に見えるが違うのか?」
俺の問いかけに、彼は特に大きな反応はみせない。
「オレはレイブハルト。北の亜人たちの首領であり、それ以上の存在ではない」
レイブハルトと名乗った男は、それからじっとこちらを見てきた。
「レイブハルト、か。それでどうしたんだ?」
「我々がこちらへ訪れた理由は理解しているか?」
「……いや、分からないな。何が目的だ?」
おおよその予想はついているが、それらをわざわざ口にする必要はない。
どうして知っているのかと問われれば、説明が面倒になるだけだ。
「我々とともに上界へと侵攻しないか?」
こちらへと差し出されたレイブハルトの手を一瞥する。
「上界へ、だと?」
さも、初めて聞いたかのような驚きの声を上げる。
すべては演技だ。レイブハルトから少しでも情報を引き出すためのものだ。
「ああ、そうだ」
「確かに……あんたを含めて皆強そうだが……だからといって、上界にいる人間の数は多い。さすがにそれだけの戦力差を覆せるほどではないと思うが。無謀だ」
戦闘に慣れていないとはいえ、それでも上界にいる人々だってスキルを持っている。
決して楽に倒せる相手ではないだろう。
レイブハルトたちの軍団を見ても、三百いるかどうかだしな。
結局のところ、数で押されればどれだけ強くてもいずれは疲労するだろう。
「確かに、普通にやればそうだろうな。だが、こちらには次元穴がある」
そういった次の瞬間だった。
レイブハルトの近くの空間が歪んだ。
それは、小さな次元穴のようなものだ。
ただ、魔物が現れることなどはない。
次元穴を自在に操れる、というのを見せるためだけに展開したのだろう。
「次元穴、か」
「そうだ。魔界へとつながるこの穴からは、魔物を召喚できる。これで魔物を召喚すれば、多少の戦力差などすぐに覆るだろう?」
「確かに、そうかもしれないが。それでも――」
レイブハルトは煮え切らない俺の態度に苛立ったように言葉を挟んできた。
「改めて問う。我々とともに上界へと侵攻しないか」
レイブハルトの言葉に、俺は皆へと視線を向けてから首を横に振った。
「悪いが、俺たちは下界でこのまま生活できればいいと考えている。だから――」
首を横に振った次の瞬間だった。
彼は刀を振りぬいてきた。
いきなりの攻撃だった。
しかし、俺は腰に差していた剣を抜いて、それを受け止める。
金属音が響き、体が弾かれるような衝撃を受ける。
「な、なんだいきなり……!」
「弱者ならば、切り捨てようかと考えていたが……意外とやるようじゃないか」
レイブハルトの口角が吊り上がり、一度俺から離れた。
敵意を見せてきた彼はそれから背後にいた亜人たちに片手を向ける。
攻撃の指示か?そう思ったのだが、亜人たちは俺たちを無視するように南へと歩き出す。
そちらには、上界と下界を繋ぐ門があるのだが、彼らはその位置も把握済みなのか、迷いのない動きで進んでいく。
レイブハルトはしかし彼らとともには向かわず、俺たちの前に立ったまま、殺気を放っていた。
「……何のつもりだ? 俺たちは別に敵対するつもりはない。上界に行きたいというのなら、そのまま行けばいいだろ?」
「同じ下界の仲間だ。オレもそのつもりではあったのだがな」
その言葉は、俺への返事ではなく独り言のようなものだった。
彼はそう言ってから、魔力を放っていく。
何か、強烈な魔法が来る……っ!
それを防ぐために、地面を蹴り彼へと距離を詰める。
暗黒騎士を発動しながらの一閃は、空を切る。
同時に、レイブハルトの右手が俺たちへと向けられる。
彼の手から生まれたのは黒い小さな玉だった。
それからは強烈な魔力を感じたため、俺はすぐに距離をとろうとしたのだが――次の瞬間、魔力の暴発を感じた。
「全員、身を屈めるんだ!」
どんな対処が正しいか分からない。
しかし、俺はすぐに仲間たちに指示を出し、彼らのほうへと黒ノ盾を作る。
そして、自分自身に影術を使用して、体を覆うように鎧を作る。
次の瞬間、周囲の空間が歪んだ。
大きな爆発が起こり、その衝撃が全身を殴りつけ、体が吹き飛ぶ。
地面を転がり、痛みに意識が飛びかける。
俺はよろよろと体を起こし、そちらへと視線を向ける。
黒ノ盾は……半壊していた。
衝撃のすべてを防ぎきることはできず、レイブハルトの魔法は門を巻き込むように爆発していたため、そちらの破損状況も酷かった。
リビアやオルフェたちも、咄嗟に距離をとったようだが……回避しきれなかったようだ。
「ほぉ。今の一撃に耐えるか」
「争う必要は、ないだろ……っ。俺たちは敵対するつもりはない!」
こいつは、想定以上にまずい。
レイブハルトに訴えかけるように叫ぶが、彼の視線は俺ではなくあるほうへと向けられていた。
「ああ、そうだ。だが、面白いものを見つけてな」
面白いもの? 一体なんだそれは。
レイブハルトの視線は、リビアへと注がれている。
そして、その視線の向きが間違っていないのを示すように、彼はすたすたとリビアへと歩いていく。
「リビアに、何をするつもりだ!」
立ち上がり、俺は呼吸を整える。
一応持っていたポーションを使い、傷の治療を行うが焼け石に水のようなものだ。
それでも、多少は楽になった。
「上界を支配すれば、新たな王が必要になる。その王の妻もだ。長く支配するには、その子孫たちも大事になってくる。つまり、だ。優秀な女が必要で、オレの部下にはいなくてな」
彼の視線は、リビアへとまっすぐに向けられている。
だから、リビアを妻にする、とでも言わんばかりに。
レイブハルトはリビアの前で足を止め、俺にしたのと同じように手を向けていた。
「こちらに来い、女」
リビアはじっとレイブハルトを睨み、それから剣を構えた。
「……嫌です。私の主はクレスト様だけですから」
「ならば、無理やりにでも連れていくだけだ」
そう言った瞬間、オルフェが動いた。
彼が剣を振りぬくが、その一閃は空を切る。
「邪魔をするな」
レイブハルトがそう言って、オルフェの背後へと移動する。
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