第1話
思いもしない女性の姿に、俺は思わず目を見開き、固まるしかない。
美しい金色の髪をなびかせ、おおよそこの下界では見ないであろうおしゃれな服。
僅かに汚れのついたその衣服をたなびかせながら迫ってきたのは、エリスだ。
彼女は俺と目が合うと感極まったような表情をしている。
まるで、俺との再会を喜ぶかのように。
「クレスト!」
名前を呼ばれ、俺は彼女が本物であることを理解する。
歓喜の声が上がると同時、彼女は俺のほうへと抱きついてきた。
素早い動きに反応ができなかったわけではなく、動揺のために体が固まってしまっていた。
それほどまでに、この再会は俺に衝撃を与えていた。
もしも、エリスが上界から送られた暗殺者だとすれば、確実に達成できていたであろう。
だが、俺へと伝わってきたのは彼女の柔らかな感触だった。
エリスの熱が、ゆっくりと俺の腕と胸に伝わってくる。
その熱で、ようやく俺は我が返ったようにエリスの肩を掴んだ。
引きはがす、ような強引なやり方ではないが、少し力を籠め、俺は彼女から離れた。
視線がぶつかる形で、俺は彼女に問いかける。
「エリスが……どうして、ここにいるんだ?」
声が僅かに震えていた。
……エリスを苦手という意識は、完全には消えていない。
それは、成長した今でもそうだった。
それでも、周りに亜人たちがいる手前、俺はその怯えを表に出さないように努めた。
エリスを掴む両手も、僅かに震えているのは自覚していたが、周りに気づかれていないことを祈りながら。
しかし、俺の震えにエリスが気づいた。
彼女は申し訳なさそうな表情とともに、俺から一歩距離を取った。
「あなたに、会いたかったのです」
思いもしない言葉が、エリスの口から出てきた。
当然困惑した俺に、エリスは言葉を続けた。
「わたくしは、あなたがいなくなってから……自分の気持ちに気づきましたわ。……クレストがいないのは、嫌なのです」
「……何を言っているんだ?」
何か、裏があるのではないか?
だって、あのエリスだぞ?
自分の言うことを聞かない人間は、すべてその強権で持って従わせてきたような奴だ。
そんなエリスが、こんなしおらしいことを言うなんて……ありえない。
目の前にいえるエリスが、偽物なのではないかと思っていると、
「そのままの、意味ですわ。……わたくしは、これまであなたを自分のそばに置くために、酷いことをしてきましたわ。……申し訳ございませんでした」
ぺこり、と頭を下げてくるエリスに、俺はもう理解が追い付かない。
どうにかして彼女の態度を理解しようとし、俺はある結論に至る。
……俺を地上に戻すための演技ではないだろうか?
その結論に至ると、途端に今の彼女の態度にも納得がいった。
この後には、「だから、わたくしとともに地上に戻って来てはくれませんの?」とでも言うのかもしれない。
俺は小さく息を吐いてから、厳しい視線を向ける。
今の俺は十分に成長した。
彼女に怯える必要はない、と。
「言っておくが。俺は地上に戻るつもりはないからな?」
何を言われても、地上には戻らない。
その決意をエリスに伝えたが、彼女は予想外の反応を見せた。
「そうなんですのね? では、ここで生活をしますの?」
「ああ。だから、どれだけ――」
演技しても、無駄だぞ?
そう言いかけた言葉は、エリスの続く言葉に妨げられる。
「それでは、わたくしもここにいてもいいですの?」
「!?」
エリスの思いがけない提案に、驚くしかない。
それでも、俺はその感情を表には出さなかった。
動揺を悟られると、隙を突かれるかもしれないからだ。