第28話
スキルアサシンを発動し、俺は皆の顔を見た。
必死な表情で、こちらを凝視している。
俺の姿を見失わないためだろう。
「どうだ、皆?」
「……スフィーも、認識できなくなったな。臭いが消えた」
「ええ、そうですね」
オルフェとリビアの言葉に、スフィーの提案がうまく行ったのだと分かった。
これならば、俺一人で侵入する必要はなくなる。状況に応じて、スライムたちと協力も可能だ。
「これなら、くっつき放題ね、クレスト!」
「その表現はやめてくれ」
スフィーは俺の服に融合していたが、顔だけを作って微笑む。
とても嬉しそうである。というか顔が近い。
スフィーの提案によって、もう一つ俺は疑問を抱いた。
「つまり、俺にくっついている相手なら問題ないってことか?」
「……かもしれないな」
オルフェが頷く。もしも、俺にくっついている相手までが有効範囲ならば、他にも使い道はあるかもしれない。
俺の発言を聞いたリビアが、こちらへと近づいてきた。
「それでは、私をおんぶしてみてください」
「いや、私がやるわ」
「私の役目です。正妻として」
それって正妻の役目なのか? そうは思ったが、リビアの迫力に圧され、俺は口を開くことができなかった。
「別に正妻とか関係ないのではないかしら?」
「あります。いいからスフィー様。どいてください」
しっしっとリビアはスフィーを払う。スフィーも初めは抵抗したが、リビアがさらに力を籠めたところで断念した。
「まあ、私は後でいくらでもくっつき放題だし。今は譲ってあげるわ」
ふふん、どこか余裕のある勝ち誇った笑みでスフィーはリビアを見ていた。
それにリビアはかちんと来たようだ。
「クレスト様。おんぶしてもらってもいいですか?」
「ああ、分かった」
リビアは「失礼します」と言って俺の背中へと抱きついてきた。
控えめながらも確かに感じる柔らかな感触に、少し照れ臭い。
皆に見られたままというのも、居心地が悪いのでさっさとアサシンを発動する。
「リビア、まったく気配消えてないわ」
スフィーがはっきりとそういった。その言葉を聞いたオルフェが驚いた様子でスフィーを見る。
「いや、普通に消えているが……」
「消えてないわ」
「消えているんだが……」
「オルフェ、黙っていなさい。全身溶かされたいのかしら」
「……」
なるほど、スフィーが嘘をついているんだな。
「ヴァンニャどうだ?」
「う、うむ。どちらも同じくらい希薄なものになっておるの」
「それじゃあヴァンニャ、全身溶かすわね」
「なんでじゃ!」
スフィーがヴァンニャの背中へと抱きつき、その体を飲み込んでいく。あわあわとヴァンニャはもがいているが、スフィーはからかうように笑っている。
まあ、冗談なのは分かり切っていたので、俺も止めはしない。
これで、アサシン状態について改めて分かったな。
俺にくっついているものに対してまで有効。これはかなり重要だ。
リビアをおろした後、俺は剣を握ってみる。アサシン状態はもちろん、忍び足術も発動する。
そして、軽く振るう。
「オルフェ、剣の臭いや音は聞こえるか?」
「……い、いやまったく聞こえないな」
剣の素振りの音さえも消えた。
これならば、確かにアサシンとして敵を狩るのも容易だろう。
オルフェの表情が変化していく。驚きと喜び、それらを含んだような表情だ。
「正直言って、そのスキルを発動した状態のクレストとオレはまともにやりあいたくはないな……」
「そこまでか?」
「臭いと音が分からないってのは感覚に違和感が生まれるんだ。当然にあるものが消えるっていうのは……わりと変な感じなんだからな?」
そうか。
でも、分からなくもないかもしれない。
剣による打ち合ったときの音や気配。そういったものから、稀に相手の次の行動が視える、こともある。
それは勘と言ってしまえばそうなんだが、勘と断言するには少し違う。
そういう戦っているときの独特の空気を消すというだけでも、十分に強いのかもしれない。
もう一つ、試したいことがあったので俺はスフィーとヴァンニャを見た。
「ヴァンニャを背負ったまま、それを支えるように俺とくっつくことはできるのかスフィー?」
「ええ、できるわよ。さすがに重量はなくならないけど」
「試してみてもいいか? ヴァンニャ」
「うむ」
俺がそう言うと、すぐにヴァンニャは俺の背中へとのってきた。
リビアが羨ましそうにこちらを見ていた。……わ、悪い。
そう心中で謝罪をしながらヴァンニャを持ち上げる。
軽いな。
俺たちの準備が整うと、次はスフィーだ。俺とヴァンニャを支えるように張り付いてきた。
これによって、俺が多少走ってもヴァンニャが振り落とされることはない。
もちろん、背中にいるという感覚はあるし、多少の重みはあるので普段のようには動けないが、十分すぎるほどだ。
「それにしても軽いな、ヴァンニャ」
「わしらヴァンパイアは自分の体重をある程度軽減できるんじゃ。それを用いることで、この小さな翼でも飛行が可能になるんじゃ」
「……つまり、俺のアサシンとも相性がいいってことか」
「そうかもしれぬの」
ヴァンニャがそう言うと、スフィーがふふっと笑う。
「私とクレスト。体の相性がいいみたいよリビア」
「変な表現しないでくれますか、スフィー?」
リビアが頬をひくつかせながら、スフィーを睨んでいる。
これ以上くっついてもらっているとリビアにストレスを与えてしまいそうだ。
「もう実験は終了だ。スフィー、ヴァンニャ離れてくれ」
「う、うむ……ぬ? スフィー! 離れてくれんと離れられんのじゃ!」
「えー、もっとこうしていましょーよー。一生これでも私はいいわよ?」
「いいから、離れてくれ」
もう一度言うとスフィーがぶすーっと頬を膨らましてから離れた。
そこでヴァンニャも俺の背中から降りたのだが、しばらくこちらを見つめたあと、ぷいっとそっぽを向く。
その横顔は真っ赤だった。
「ヴァンニャ、どうした? 大丈夫か?」
「そ、その……い、異性の背中にくっついたの初めてじゃったから……な、中々恥ずかしいことなんじゃな」
恥じらっているヴァンニャの表情は可愛らしい。いかんいかん。リビアのジト目に気付いた俺は、こほんと咳払い。
とりあえず、今後の方針は決まった。俺の中にあった、曖昧だった作戦も明確化できた。
「一度、村に戻ろう。そこで、具体的な作戦について詰めていこう」
「分かりました」
リビアが真っ先に返事をし、俺たちは村へと戻った。