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閑話1:エリス



 わたくしは、美しく、可愛い。

 すべての女性にとって、わたくしは憧れであった。


 ある人は言った。

 わたくしを天使の生まれ変わりと。


 その表現をわたくしは嫌っていた。

 わたくしと天使を比較している。その事実が気に食わない。

 わたくしは、天使なんかよりもずっと美しい。


 物心がついたころには自分の価値を知っていて、自分の価値を理解していた。

 だからこそ、わたくしは全力で殿方が好む異性を演じてきた。


 始まりは……なんだっただろうか?

 クレストは、他の有象無象の男性とは違い、わたくしにもあまり興味はない様子だった。


 だから、わたくしは彼に興味を持ってもらえるようにしていた。

 わたくしの家も公爵家だ。クレストとは年齢が近いこともあり、関わる機会は多くあった。


 クレストの好みを調べ、彼の理想の女性を演じてみせた。

 けれど……クレストはそれでもわたくしに興味を持っていない様子だった。

 彼は口癖のように言っていた。


『……俺と関わらないほうがいいですよ。あなたも、酷い扱いを受けるかもしれません』


 そんなことはない、と否定してもクレストは自分に自信を持つことはなかった。

 そんなクレストに段々と興味が出てきた。

 クレストと話をする回数が増えていった。


 クレストはどんなわたくしにも真面目に対応してくれた。多少、わたくしが素を見せてもクレストは驚くことなく受け入れてくれる。

 他の人には決して見せないような残虐な一面だって、クレストは受け入れてくれた。


 そんなクレストが、わたくしは欲しかった。だから、私は父にお願いした。

 クレストを、わたくしの婚約者にしてほしい、と。

 父に話をすれば、すぐにその話がハバースト家へといった。


 婚約が決まるまで、そう時間はかからなかった。


 ある日に行われた舞踏会だった。

 いつものように、わたくしは多くの男性に囲まれていた。

 その中には、クレストの兄の姿もあった。

 だから、わたくしは彼らを一瞥し、優雅な笑みとともに言ってやった。


『わたくしは、クレストと婚約させていただきますわ』

『え……?』  


 クレストの兄たちは驚き、目を丸くしていた。

 わたくしがお願いして、親同士で話を止めてもらっていたのはこの顔が見たかったからだ。

 驚いたような目を向けていたクレストの腕をとり、わたくしは歩いていった。


 普段クレストのことを価値なしと呼んでいるクレストの兄たちの驚愕の顔。

 わたくしはそれを見れただけで、すっと胸が軽くなった。


 わたくしにとって、クレストの兄たちは……クレストの兄という存在でしかなかったからだ。


 それからしばらくして、わたくしたちは共に学園に通うことになった。

 貴族の子どもたちが集まる学園で、クレストは騎士として剣を学び、わたくしは貴族の妻としてふさわしい女性になるための教育を受けていた。


 クレストは……剣の天才だった。剣の才能にあふれ、いつも騎士の模擬戦では他の貴族たちを圧倒していた。

 わたくしの自慢でもあった。友達に、嫌な女性と思われない程度にアピールしたこともあった。


 あれが、わたくしの婚約者です、と――。


 だが、それがまずかった。

 クレストは注目されすぎてしまった。

 気づけば、クレストは学校の女子たち一同に注目されてしまうような立場になっていた。


 模擬戦のあとには、いつも誰かに差し入れを受けるようなそんな立場だった。

 クレストは自分の立場もある。公爵家とはいえ、彼は五男。

 家のこともあり、他の貴族の令嬢を冷たくあしらうようなことはできない。


 ――そうはわかっているのに。

 わたくしは、激しい嫉妬にかられた。


 いつもみんなに何かをプレゼントされ、頭をかきながら受け取るクレストに。

 みんなに囲まれ、最後にわたくしのほうにやってくるクレストに――。


『クレスト、あんまり勘違いはしませんように。あなたの婚約者はわたくし、ですわよ』


 始まりはこのくらいのものだった。

 軽い嫉妬。クレストは苦笑まじりに返し、わたくしも冗談めかして笑っていた。

 ただ、わたくしの中で、嫉妬の炎は激しく燃えていく。


『クレスト、あまり他の異性と話をしないでくださいまし』

『あなたは……わたくしが婚約者に任命してあげましたのよ?』

『クレスト、あなたはわたくしが取り上げなければ無価値、なんですわよ。そこのところ、勘違いしませんように』


 段々とわたくしの思考がぐちゃぐちゃになっていった。 

 ――他の異性と話をしてほしくない。

 

 わたくしだけを見てほしい。わたくしは、あなたしか見ていませんの。

 ――クレストが自信をもち、自分から離れていくのが嫌だ。

 

 それからのわたくしは、クレストの価値を落とすことに努めた。

 それまでの真逆のことをしていけばいい。


 わたくしの影響は強い。わたくしが、白を黒といえば、皆が従うほどだった。

 だから、クレストの周りに人が集まらなくなるのは一瞬だった。


 クレストがわたくしといる時間が増えていく。

 けど……まだ不安だった。

 だから、わたくしは、次にクレストをわたくしに依存させようと考えた。


 クレストの心を折り、彼がわたくしなしでは生きられないように依存させたい。

 だから、わたくしはとにかくクレストの心を折るように努めた。


 ……そして、それが――さっきので完成するはずだった。

 クレストはわたくしに助けられ、わたくしに絶対の忠誠を誓う。

 そうなる、はずだったのに……。


 ぱちり、と目が覚めた。起きてすぐに、先ほどまで見ていた夢を思い出し、胸がきゅっと痛くなった。

 ……今日一日、わたくしはずっと部屋で休んでいた。

 クレストの部屋を訪れてすぐ、体調を崩してしまい、今は安静にということだったからだ。


 ……わたくしは、間違っていましたのね。

 夢の中のわたくしは、自分の都合ばかりを考え、クレストを否定していた。

 熱でぼんやりとした頭が、わたくしを冷静にさせてくれた。


 もっと、早く気が付ければ……。もっと素直に、クレストに隣にいてほしいと甘えられれば……。

 クレストに否定されたときの言葉を思い出して、胸が苦しくなる。


 クレストに嫌われるのは当然ですわね……。

 わたくしは腕を伸ばし、ベッドに置かれていた抱き枕をつかんだ。

 ごほごほ、と咳がでる。


 ――今さら、許してもらえるとは思っていない。

 それでも……風邪を治したら、謝りに行こう。

 クレストが下界に送られるのは確か15日。


 だから、まだ余裕はある。

 謝罪して……それで、もしも。もしもやり直せれば……。

 

 そんなときだった。部屋にメイドがやってきた。

 

「お嬢様、お目覚めになりましたか?」

「……ええ。それより、明日にはまたクレストに会いに行きますわ。準備しておいてくださいまし」

「……お嬢様。申し上げにくいのですが……クレスト様は、本日。下界に移動されました」

「え……?」





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