23話 使徒と神皇と
「それじゃあ、神域にお邪魔しに行こうか」
「えっ……と、はい?」
「いや、だから神域に行って貴方の上司っていう神に直接話をつけに行こうかと思ってるんだけど」
「……それは分かります。
私が言いたいのはあなたなんかが神の前に立って大丈夫なのか、という事です」
最初に突っかかって来た時はこちらを殺す気でいたのに今は心配してくれている。
どういった心変わりなのだろうか。
「凪なら心配いらないよ!」
華奈は僕の事を心配ないと誇らしげに語る。
だが、ミラさんは未だ不安の表情だ。
「そんなに心配なの?」
華奈は、同意して欲しかったのだろうか?
思った返事が得られずに少し頬を膨らませて意地になって聞き返す。
「ええ。
貴方たちがダメだった場合、今回の事がダイダ様……上司にばれてしまいます。
報復に何をされるか分かりませんから。
それに、……貴方たちには死んでほしくありませんので」
前半だけ聞けば自己保身を図るような理由だ。
だが、表情を見ていたら後半の方が本当の理由のように思えた。
それを見て華奈も落ち着いたようだ。
「うん、心配してくれているようで嬉しい。
けど、問題ないよ。
ミラさん、貴方の記憶の中に神皇っていうワードについて無いかな?」
バグ聖杯についてを知るのは一部の上位神のみである。
これは、聖杯を使用した時の世界に及ぼす影響から神皇が自ら聖杯を回収するのでその危険性を教えているのだが、安易に下位の者に知らせると悪用する者も出てくると予想されるためこのような情報統制がされている。
なお、下位神だけで治められている世界は基本的に神皇がバグ聖杯の出現を確認する。
その為、バグ聖杯の記憶があるっていう事はかなり上位の神であったと推測されるのだ。
「えっと……あ!
ん、……え!
確かにその情報はありました。
神を治める神、絶対的な最高神。
けど、これが何だっていうんですか?」
「察しが悪いね。
まあ、事が事だけに無理も無いのかな?」
「察しが悪い?
貴方が神皇だとでも?」
「そうだけど」
「まさか~」
「じゃあ、これでも?」
神皇の証明は簡単だ。
目の偽装を解除して萌黄色の瞳に戻す。
そして、左目の紋章を起動させた。
「左目の紋章……。
ほ、本当に神皇何ですか!?」
「だからそう言ってるじゃん。
バグ聖杯だって回収してるでしょ」
「あ、確かに!」
こちらの事を分かってくれたようだ。
ただ、そこで問題が発生した。
まあ、気にする事では無いのだが。
「じゃあ、私は神皇様に不敬を働いたって事なんじゃ……。
バグ聖杯の回収の邪魔をして、更に何度も疑って……。
しかも、口調も最初は悪かったですし」
そう、発生した問題は僕、神皇に不敬を働いたという事だ。
先ほどまで僕達の事を心配していたのに今度は自分自身の事を心配し始めた。
まあ、上位の存在を敬う。
でなければ処罰と言う神の社会もそれに手を貸していた。
が、別に不敬だとかは僕は基本的に気にしていない。
「そこは気にしなくていいよ。
僕だって元は普通の人だったんだ。
敬われるのは慣れてない」
「……ほ。
ありがとうございます」
安心してくれたようで良かったと思う。
話すことも話したのでこれから神域に移動しようと思う。
「それで、神域のゲートは開いてる?」
「あ、はい。
ここの上空にあります」
「うん、わかった。
じゃあ、行こうか」
神域のゲートとは文字通り神域に入るための入り口のこと。
神域は世界の中に作られた世界を管理する用の小さな世界であり、その位置は世界の境界に接する世界の外にある。
例えるならば雪だるまで、胴体部分が世界で頭部が神域。
頭部と胴体の接点部分に神域へ行き来できるゲートが存在しているのだ。
神域は、普段は衛星のように世界の周囲を周回している。
神域に入るためにはその主の許可が必要であり、神皇であっても簡単には入れない。
神皇として強行突破しようと思えば、ゲートを特定してからその位置で境界を一時的に破壊すれば侵入が出来る。
だが、今回の場合はもっと簡単な方法があるのだ。
ゲートは両開きの扉となっており、それを開けるのに許可が必要なのであってゲートを開ける人がいればそれに便乗して神域に入ることができる。
その方が魔力も労力も掛からないのでミラさんに協力してもらう。
見上げれば雲の隙間に光が見える。
散りばめれた星々の中に一か所だけ不自然な光。
距離がかなりあるようではっきりとは見えないが恐らく扉だ。
「あれか……。
じゃあ、転移で移動しようか」
僕は華奈たちに声を掛けると近くに寄ってきてもらった。
ついでにミラさんを縛った縄を解いて動けるように開放する。
「それじゃあ、『転移』」
一瞬にして僕たちは雲を見下ろすほどの上空に移動した。
目前には光を放つ白い扉が存在している。
「うん、ちゃんとついた」
空中に立つために『転移』での移動が終了した瞬間に『エアキューブ』と言う魔法で足元の空気を固めて足場を作成。
僕たちはその上に立っている。
「うわ! 近くで見るとすっごく明るいね」
「そうですね、華奈ちゃん。
何だか、神々しさが可視化したみたいです」
二人は興味津々に扉を見ている。
一方で、メアリーの方は驚愕の顔で固まっていた。
まだまだ、神に関して馴染んでいないので仕方ないのかもしれない。
「それじゃあ、私が先頭に立って案内させていただきます」
ミラさんはそう言ってゆっくりと扉を押して開けた。
中に見えたのは白い殺風景な廊下。
扉を完全に開けるとミラさんは先陣をきって中に入っていく。
僕たちはそれに続いて神域へと足を踏み入れた。
「ここが、中央廊下です。
ここから左右にも廊下があってその先には私のような使徒の個室……と言っても私一人分でそれ以外は空き室ですが。
と、下界の本の図書室や娯楽室、大浴場にキッチン、倉庫などがあります。
そして、この廊下の突き当りが“アラブリア”の管理神ダイダ様の執務室兼私室です」
ミラさんによる簡単な説明を受けた。
構造としては、廊下が十字に走っていてそこの両側に部屋が置かれているような形だ。
そして、突き当りの部屋にこの世界の管理神であるダイダが居るとの事だ。
コンコン
「ダイダ様、只今戻りました。
失礼します」
ミラさんはノックをしてから帰還を告げ、返事を待たずに執務室のドアを開いた。
「お~う。
腹減った~。
ミラ、飯作ってくれ」
開いたドアの向こうでは床に寝っ転がってタブレットのようなものを見ている一人の男の姿があった。
辺りには、汚れたお皿や紙など細かいごみが散乱し、壁際ではごみ袋が山のように積み上げられている。
その中で広々とした布団に寝っ転がっている小太りの男はポリポリと腹を掻いたのちに鼻に指を突っ込んでハナクソをほじり始めた。
到底神域とは言う事の出来ない惨状の中、男の転がっている布団。
そこだけは一切のごみも汚れも無く、別の意味で神域と化していた。




