2話 バグ聖杯
突然来たノイマンをダイニングテーブルのちょうど空いていた一席に座らせて、お茶を出す。
それからご飯中なので食べながら話を聞くことになった。
「それで聖杯っていうのは回収って事で良いのかな?」
「はい」
「期限は?」
「後、一週間です」
「時間は……まあ、行けるか。
それじゃあご飯を済ませてから行くことにするよ」
「はい。何かあればご連絡ください」
「分かった。じゃあ、戻っていいよ」
僕がそう言うと、ノイマンは残っていたお茶を一気に飲み干すと立ち上がってドアの前まで移動した。
「失礼しました」
一度、ドアの前で頭を下げてから部屋を出ていった。
すると、その話の間、ずっと静かにしていた二人が動き出す。
「凪? 聖杯の回収って?
与えてるんじゃないの?」
華奈が首を傾げながら聞いてくる。
「それね。実は、さっき話した他にも聖杯はあってねそれを回収するんだ」
「何か問題があるんですか?」
続いてリリィの質問だ。
「今回の場合の聖杯は突発的な発生でね、バグっていうのが一番分かりやすいかな」
聖杯は魔力の塊が実体化したものである。
バグ聖杯は何らかの原因で世界システムの意図することなく魔力が凝縮され実体化し、生まれてしまったものである。
そのせいか、実際に願いを叶える際には世界システムに事象を書き込むわけでは無く直接世界に干渉するためリソースが限られてしまう。
その結果、願いを叶える方法が破滅的なものになる可能性が高く危険なものである。
例えば、「世界で一番強くなりたい」と願ったとする。
聖杯であれば能力の底上げやスキルの付与と言う手を使うがバグ聖杯だと願った人より強い人が全て死亡することで願いが叶えられることになる。
「ね、ヤバいでしょ」
「はい! ヤバいです」
「私もそう思う」
二人はバグ聖杯の脅威を知ってかなり衝撃的な顔をしている。
「更に、もう一つ問題があってね」
「まだあるの!?」
「うん。それは願いが叶えられない場合だね。
願いが叶えられない場合は、その破壊エネルギーが行き場を無くしてその場で暴発するんだ。
最悪、世界が壊れる規模っていうのが予想されるね」
「それ、さっきよりもヤバいんだけど」
「だから、回収するんだ。
因みに、通常の聖杯は祭壇に供えれば使用できたけど、バグ聖杯は新月の夜っていう条件が加わるね。
これは何故だか理由は、はっきりしてないけど恐らく太陽と月の神の目が無い瞬間だからっていうのを真実さんには聞いたよ」
「そうなんだ。
それで期限があるんだ」
「そう、向こうで一週間後が新月になるみたいだよ」
「けど、バグなんて普通は分からないんだから正規の聖杯の使用法でやっちゃわないの?」
「いや、それが厄介でね……。
聖杯っていうのはそれに触れると触った人にその使用方法を理解させる能力っていうのがどちらにもあるんだよ」
「じゃあ、バグ聖杯を持っている人は使い方を既に知っているという事ですか?」
「その通り。
だから、少し急ぐよ」
そう言うと、僕たち三人は急いで残った食事を食べると、普段は水を使ってシンクでお皿を洗う所、魔法を使って一気に全てを洗浄した。
その後、食料などをまとめてからそれぞれの<アイテムボックス>に収納して出発の準備を整える。
「それで、リリィも今回付いてくるってことで良いの?」
「はい! ナギ様の妻として付いて行かない訳には行きませんから」
「そんな事は無いんだけどな、まあ、やる気あるみたいだし分かった。
けど、長くて一週間かかるからその間には帰らないよね。
だから、クルスさんに連絡は入れておくよ」
「はい、お願いします」
そうして、その場でドゥルヒブルフ神へと<念話>を使用して今回の経緯とリリィがそれに着いて来る事を伝え、クルスさんに伝言を頼む。
今度は、ノイマンに<念話>をして、出発の連絡と聞き忘れていた行き先を尋ねる。
それが終わり、遂に出発の準備が整う。
それから、三人は靴に履き替えて玄関から外に出ると、建物の陰になる場所に移動した。
「よし、じゃあ向こうに跳ぶよ。
行き先は中層世界の“アラブリア”だ。
じゃあ、二人とも寄って」
左右に近づいてきた二人の肩を掴んで抱き寄せる。
「『境界転移』」
僕達は転移魔法を使用して目的の中層世界“アラブリア”へと移動した。
中層世界“アラブリア”この世界では多数の小国家が毎日のように争い、領地合併や割譲を繰り返していた。
文化レベルはまずまずであり、街の建物などは石や木を組んで建てられる。
この世界では、魔物というものは存在しないが魔法はある。
しかし、魔物との生存競争ではなく、もっぱら戦争などの争いごとに使われるため魔法の発展はあまり進んでいない。
そして、多数存在する小国家の内の一つリルテア国にある三つの街の一つ、“マティア”。
この街の中心には石で作られた壮大なコロッセオが建造されており、そこでは毎日のように決闘や掛け試合などが行われ大陸中では、決闘の街と呼ばれ余程の僻地ではない限り知らない人はいないという程の知名度を誇っていた。
そんな街が、現在かつてないほどの賑わいを見せている。
街中にある大通りは、人で埋め尽くされており百メートルただ進むだけで十分程掛かるようであった。
朝の通勤ラッシュ時の車内を考えるといいだろう。
時折、道の中央を抜けていく豪華な馬車を通すため、通行人は道を開ける為にそれにより毎回のように押された人の一部から負傷者が出ていた。
いつもならば道の両脇で店を開いている屋台などはこの人通りの多さから商売のいい機会であると思うも断念して、コロッセオ付近で確保されている出店スペースを確保して出店するものの、店数は限られている。
普段ならば、人通りはこれ程なく少し歩きづらいほどのこの通りであるが現在なぜこのようなことになっているのかと言うと、ある大会が原因である。
聖杯争奪戦
それが今回開催される大会の名前だ。
今回、聖杯を入手した主催者がそれを優勝賞品に闘技大会の開催を宣言した。
そうして、その話は一晩もしないうちに大陸中へと広がり、どんな願いだって叶えると呼ばれる聖杯を狙って、ほぼすべての国家から精鋭が送り込まれ、また、国家に所属しないよう兵団からも多数の人が参加しに“マティア”の街を訪れる。
また、それを見越して白熱した戦いが見られると思い観戦のために集まった人も多く今回、街にこれほどの人々を集めたのだ。




