4話 高天原の街
ふと、気づいた瞬間、辺りの景色は既に先ほどまでとは大きく変わっていた。
高天原市は元々日本にあった神の存在する異空間、そこに作られた神秘を秘匿するための街である。
秘匿するにあたり、街に入るための条件として規定の文句を唱えてから指定の鳥居をくぐるという事が定められていた。
僕と華奈はその条件を満たしたため高天原市に入ることが出来た。
「なんか……思ったのと違う!」
街に入って早々、華奈はそう叫びを上げる。
「ねぇ、凪! 普通にビルとかあるし神秘とかあんまり感じられないんだけど。
唯一、感じるのが所々にある洋館とか武家屋敷だけどさ~。
もう現代の文明に馴染みすぎちゃってるじゃん!」
と、華奈が叫んだのはそれが理由だ。
華奈が思っていたのは日本古来の木造建築の古都や武家屋敷などの街並み、“アルメア”のように木や石を使った西洋の中世の街並みを想定していたんじゃないのかと思う。
ただ、現実として目の前に広がっている街並みはどこにでもありそうな住宅街である。
更に遠くには大規模なマンションやビルなんかも見られて景色の代わり映えは無い。
華奈の目的である武家屋敷などは町全体の三割ほどで収まっており街中にぽつぽつ見られる。
「まあ、これが現実だね」
そんな事を話しながら取りあえず邪魔にならないように鳥居の前からずれる。
辺りには横一列に鳥居がずらりと並んでいた。
所々の鳥居で人の出入りが見られる。
また、鳥居の前は道路が通っていて普通に車が走っていた。
二人で街並みを見ていると一台のリムジンが目前の道路に止まった。
ガチャッと運転席のドアが開くと中から紫色の袴の装束を着た男性が降りる。
すると、少し辺りを見渡してからこちらに気づくと急いで近寄ってきた。
「朔月凪様でしょうか?」
「あ、はい」
「お待たせいたしました。
天照大御神様の所までお送りいたしますので後ろにお乗りください」
言われるがまま、装束の男性に付いて行くとリムジンの後ろのドアを開けてもらい華奈と二人乗り込んだ。
にしても、リムジンに装束は微妙な組み合わせだと思う。
まあ、とにかく乗り込んでからすぐに車は発車した。
街はアスファルトの道路が整備されその左右には歩道がありそこには等間隔で街路樹が植えられている。
過ぎていく街並みには、肉屋や八百屋などの食料品店や本屋などがあった。
また、ここ独自のものとして魔法や魔術などにも使用する事のある薬草や素材を販売する店なども通り沿いに店を構えていた。
時折、道路を歩いている人も普通の親子やご老人が多く、魔法使い風をした人などは見かけることは無い。
窓から見える移り変わる街並みを見ていると隣に座っていた華奈から膝のあたりをポンポンされた。
そちらに振り向くと状況が分からないのか少しぽかんとした感じの可愛い顔をしていた。
「ねぇ? どういう状況なの?」
「僕たちってさ、神皇でしょ。
この世界で僕たちについて知っているのは数十神程。
それで、ここに居る天照大御神がその内の一人で、さっき神社でお祈りしたでしょ」
「うん」
「その時見てたみたいでね、<念話>をくれてお迎えに来てくれるって事だったんだけど……こんな感じとは思わなかったね」
「ふ~ん。そうだったんだ~」
「神皇になった時に一回挨拶しに来たから覚えてたんじゃないかな。
上司みたいなものだし」
「そうだね。
それでどこに向かってるの?」
「多分、この街の奥の方にある神たちが住んでる屋敷なんじゃないかな?
ほら、あそこ。山のてっぺん当たり」
そう言いながら華奈に指を指して伝える。
窓から見ると少し行ったところに低めの山があり、所々に屋敷が立てられていた。
その中でも頂上付近に建てられているものが一番大規模であり豪華な造りとなっている。
それこそが日本の上位神が住んでいる屋敷である。
「あのてっぺんにある豪華なやつか~。
楽しみだな~」
「うん。中も立派な造りだから楽しみにしてるといいよ」
それから車で走ること二十分。
途中から山を登り始めた車は立派な門の前で止まった。
「お待たせしました、到着しました」
そう言って車を運転していた装束の男性がドアを外から開いて中に声を掛けた。
僕たちは一度頭を下げてから車を降りた。
「それではこちらへ」
木製の大きな両開きの門の横に作られている小さめの通用門へと通される。
そこを抜けると、屋敷の方まで続く石畳が伸び、それに沿って石灯篭が並べられ、その奥には左右に立派な日本庭園が造られていた。
「それでは、屋敷の方に行ってもらえると別の係の者が待っていますのでそれの指示に従ってください。
私は車の片づけをしますのでこちらで失礼します」
そう言って、装束の男性は通用門を通って車の方に戻っていった。
僕と華奈は指示通りに屋敷の玄関の方に向かって歩いて行く。
そうして、広い館の入り口に着くと左側の壁についていたベルを一度鳴らす。
ピンポ~ン
ガラッと目の前のスライドドアが開く。
「お待ちしておりました。
どうぞお上がりください」
中の玄関であるがかなり立派な造りで広々としており、旅館の玄関と言われても疑いようのないものであった。
五名の装束、巫女服を着た男女が並んで待っており、促されるまま靴を脱いで床に上がる。
靴はすぐに五人の内一人が動き出して片付けていった。
「それでは、天照大御神様の所までご案内させていただきます」
一人だけ、立派な服を着た巫女の人がそう言って僕たちの前に来て一礼すると案内をされる。
屋敷は、玄関から三方向に別れていてそれぞれ別の建物へとつながっている。
そうして、僕と華奈が案内されるのは中央の通路である。
これは上位神が普段生活する神殿(寝殿造りの建物)に繋がっているものであり限られた者しか通行できない廊下である。
一度、廊下は中庭の中央を通る場所に出るが左右に見える松の木や池などが綺麗に整えられていた。
そのまま、真っ直ぐ進むとこの敷地内でも一番立派な建物の中に入っていく。
この建物の内装は様々な形式となっていて和式だけでなく洋式などの部屋も存在する。
その理由としては、他国に居る上位神をもてなすためだ。
そうしてその中で、僕たちは一つの襖の前で止まった。
「この中に天照大御神様がおられます。
それでは、天照大御神様から私はここで下がるようにとの事なので失礼いたします」
そう言って巫女さんはぺこりと頭を下げると廊下の奥に消えていった。




