第2節 プロローグの始まり(1)
今回から第2節に入ります。
神殿から歩いて数十分。着いたそこは学校とよりも大きな屋敷だった。大きな庭、グラウンド、室内訓練所のような物が無数に存在していて、倉庫のような物があったので視線を向けると、木製の剣が沢山掛けてあった。
最初神殿から出た時は、こんな四方を木に囲まれてるような場所の近くに何があるのかと疑問に思ったのだが、少し歩くと街が見えた。神殿の扉、つまり出口からは木々や川等の自然しか見えなかったが、反対側には街があったようだ。
街は綿の服を着た市民や、少し華美な服を着た商人、そして分厚い鎧を着た冒険者と言えばいいのだろうか?傭兵かもしれないが、そのような人達も見かけた。
木製の建築物、タイヤまで木でできたサスペンサーのない馬車、人々の服装等から察するにあまり文明レベルは高くないことが予想される。
街自体はそこそこ大きい街らしく、この国の中心、王都ほどではないが3番目くらいには大きい街らしい。うむ、微妙だな。
そして俺たちは現在、その街の外れにある兵士育成機関、所謂訓練所に連れてこられた。幾つかある建物の中で、一番大きい建物の前で俺たちは整列していた。
「勇者様達には1ヶ月ここで騎士に混じって訓練していただきます。食事と座学は目の前にある建物で、寝るところは男性は東側にある建物、女性は西側にある建物をお使い下さい。部屋は沢山ありますのでご自由お使いいただいて結構ですよ。本日は勇者様もお疲れでしょうから、そのままお休みください。夕食は午後7時になります。夕食時に明日からのことについて説明いたします。それでは各自自由になさってください」
神官は一気にこれからの流れを説明すると、有無を言わぬうちにどこかへ行ってしまった。
「じゃあ男子寮?行くか〜」
「そうだな〜」
「凄い綺麗で大きい部屋だったりしてな!」
「私達も行きましょうか」
「お姫様とかが使うベッド?みたいなのないかな!!」
「天幕の事?それはどうだろうね〜」
男女それぞれいつものグループになりながら、建物の方に向かおうとする。じゃあ俺も行くとしますかね......
「ちょっと皆、こっち向いて聞いてくれないか!」
完全にバラける前に天ヶ崎が全員を呼び止めた。さすがに天ヶ崎の声を無視する人はなく、俺も仕方なしに足を止めて天ヶ崎の方を見た。
天ヶ崎は先程神官がいた場所に立ち、全員がいるの確認したあと話を始める。
「部屋でゆっくりしたいと思うけどさ、少しだけ話を聞いてほしい。突然異世界に連れてこられて、突然能力が与えられて、そして......突然クラスのメンバーの二人の命が亡くなった」
最初は怠そうにしていた人達も、天ヶ崎の話が進むにつれて真剣な表情になっていく。俺も周りに合わせて真剣な表情をしておこう。キリッ!
「えっと、つまり!僕が言いたいのは今後この世界で生活するにあたって、クラス全員が一致団結して協力をしようということ!僕はこれ以上誰にも犠牲になって欲しくないし、ここにいる全員で日本に帰りたい。だから協力してほしい」
そう言って天ヶ崎が頭を下げると一人、また一人と拍手をしだした。なんだこれ......黒羽も一応拍手しておいた。内容の殆どは反対の耳にすり抜けていくくらい聞いてなかったのだが。
「じゃあ皆移動しよっか!」
天ヶ崎が明るくそう言うと、移動を始めた。黒羽は移動しながらこれからの事についてまとめていた。
まず、7時から晩飯だ。その時に明日からの事について説明があるらしい。それで明日からだが、神官の話では座学もあると言っていた。魔法的な事についての何かではないかと予想している。歴史とかでないことを祈るばかりだ。
戦闘訓練もあるだろう。戦闘訓練で思い出したが、俺のステータスは貧弱なのだ。クラスで一番......あっ!そう言えば白羽に話を聞くの忘れていた。まぁまだ時間はあるしいいか......
黒羽は男子寮についたので思考を中断した。
「うわぁ......ひっれぇ......」
クラスの男子の一人が言った。激しく同意する。一人の部屋にシャワー、寝室、リビング、テーブル、クローゼット、その他諸々が付いていた。
......うちのリビングより広いのではないだろうか?
そんな部屋が1フロア8部屋ずつ、が3フロアある。ちょっとした高級ホテルに泊まりに来てる気分だ。クラスの男子は17人、東條が減っているが柏木が入るので変わらず17人で部屋が余るくらいである。部屋割りは各自好きな場所、という適当な決め方だった。
俺は全員が決まったのを確認してから、自分の部屋を決める。これがカースト最下位の身分というやつだ。残り物しか与えられないのである。
幸いというか部屋はどれも同じような感じだったので、悪い部屋が当てられたわけではない。さらに階段がの昇り降りが嫌なのか、1階と2階に人が集まったので3階を独占することができた。
残り物には福があるとはこの事だ。
黒羽はどうせならということで階段から一番遠い部屋を使うことに決めた。
「おぉ!やっぱり予想通り絶景だなぁ!」
黒羽は窓から顔を出しながらそう言った。黒羽が階段から一番遠い部屋を選んだ理由がこれだ。一番遠い、つまり角部屋だから窓が一つ多い。さらに3階だから景色はいいだろうと予想していたのだ。
窓からは少し離れた街を観察することもできた。今は夕方のため人通りが少ない。文明レベル的に日の出ているうちに働いて、夜はあまり出歩かない感じなのではないだろうか?
もしかした冒険者とか傭兵が酒場で飲んだりしているかもな。
黒羽はじっくり景色を堪能すると、今度は部屋を物色し始めた。
引き出しを開けたり、ベッドの下やクローゼットの中を確認したりと、傍から見たらとても不審に見える行動をする。黒羽の気分はというと、警察官や探偵だった。
「あったのは時計だけか......」
盗聴器や、怪しい物の類は発見することができなかった。盗聴器とかあったらびっくりなんだけどな。文明レベル的な意味でも。
黒羽は時計の見えやすい位置に置いて時間を確認する。
「6時半......ご飯まで残り30分ってところか」
ここから食堂と座学を行う場所、そうだな中央棟とでも名付けるか。その中央棟までだいたい10分くらいかかるので、そうゆっくりともしてられない。
この訓練所予想よりもはるかに大きかったらしく、外周を回るだけでもそこそこの時間がかかりそうだった。敷地内での移動に二輪でも四輪でもいいから乗り物が欲しいと思ってしまったほどである。
「さて残り時間をどう潰すか......」
下の階の人々の騒がしい声が聞こえる中、黒羽は深く溜息をついた。いつもならスマホや携帯ゲーム機、小説などで時間を潰すのだが、生憎今は全てない。ポケットに入れていたはずのスマホすらないあたりから察するに、召喚された時にオーバーテクノロジーな物は持っていけないのかもしれない。
普段ならこの訓練所を見て回って時間をつぶしてりするのだが、もしそんな事をしていて夕飯の時間に間に合わなかったらどうなるか分からない。
下手したら逃げ出したと判断されて処されるかもだ。
自分がぼっちであることを久しぶりに後悔した。
「早く飯の時間にならねーかなー」
黒羽は遠い目をしながら外の景色を眺めて時間を潰したのだった。