婿がね不在 お父さまがたは、ちょっと変 3
「八重や松葉さまは……ふつうの生活はできないの? うつし身は、これからもやめられない?」
「党がなくなって困んのは、俺らを雇うお偉様がただよー。大臣がその代表格だし」
「……」
「あと単純に楽しいし。もったいねえし。うつし身の手法は鷺一門の秘伝だからねえ、生かせるトコで生かしたい」
こんなやり取りを何度して、同じような返事を何回貰っただろう。政をとる公卿たちの、腹の探り合い・地位の奪い合い。そういったことに女の咲子は口出しをできず、かくいう自身も、右大臣の庇護を受けている一人なのだ。
それに断言できる、白鷺の彼らがそばいてくれたからこそ、父たちの取り引きも、今の生活も、恨まず受け入れることができた。
誰が悪人であるとも言えず、ひとたび疑問に思うと、どうにも胸の奥が苦しくなる。
「鴇姫様。そのような難しいお顔、あなた様には似合いません」
「松葉さま」
「善悪の判断は、み仏の御心にお預けなさいませ。あるいはそれが下される前に、世の流れが鴇姫様を導いて下さいます。あなた様はその流れに備えて、ご自分の乗られる船を用意しておけば良いのですよ」
すらすらと、咲子のはす向かいで針を動かす松葉が、男とも女ともとれない声で述べた。この松葉も(歳はわからないが)冴え冴えと清らな容貌の持ち主で、彼女の微笑と春の陽ざしには知らず身をゆだねたくなる。
彼女は白鷺党の人間であり、また咲子や、樒を取り上げてくれた産婆でもあるらしい。が、『婆』というほど老齢には見えないので、もしかしたら、咲子を安心させるための嘘なのかもしれない。
(それでもほんのひと言で胸が安らぐのは……生まれたときに、きっとこのお声を聞いているからね)
もちろん、言われた言葉がとても優しいものだから、というのもある。耳に残して心で繰り返すと、いっさいの不安も苛立ちも、咲子の胸に凪いでいった。
会話もなくなり、春ののどけさが間を満たす。
まどろむ八重が「人がくる」と身を起こしたのは、咲子が裾の片端を縫い終えた直後のことだ。聞き上手であると同時、聞き耳が鋭いのも彼の『生業』ゆえだろうか。
「お父さまのお取り次ぎ? それとも樒かしら」
「いやあ……もっと軽い、けど、慌ててるかな。女房だねえ、本物の。もう午の刻も近いだろうし、たぶんこれは――」
――〝伊予〟
思い当たった乳姉妹の名を、咲子もともに呟く。