表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/45

婿がね不在 お父さまがたは、ちょっと変 2

「……だけど、不公平だわ」


 ちくちくちく、と針を進めつつ咲子はぼやいた。


 ここは対屋(たいのや)(ひさし)()。咲子は今現在、〝(とき)(さぎ)の取り替え〟を知る二人――……八重(やえ)松葉(まつば)を同座させて、のんびりと(つくろ)い物をしている。正確には咲子と松葉が細長(ほそなが)の両端を手に取り、その裾のほつれを直しているのだ。


「お父さまがたのお取引について、今さらどうこう言うつもりはないのよ。わたしも(しきみ)も結局は男女で生まれて、すくすくと育ってしまったのだし」

「まあねぇ。(しきみ)もたぶん、今の生活を楽しんでるしなー」

「あ……ただ樒が、やっぱりこの家に戻りたいって言うのなら、わたしは」

「あっはは、ないない! そんだけは言えるよ。俺も樒も、務めで大内裏(だいだいり)に入ることはあるけどさあ、貴族ってほんっとしんどい」

「しんどい?」

「あの人らって、なんであんな早起きなん? 夜明け前だよー起きて出仕すんの。なり代わんのはせいぜい三日四日だけど、あの生活が一生続くのかと思うとぞっとする」


 答える八重(やえ)の顔は、普段の彼よりひと回りほど老いて見えた。

 と言っても二十代にしか見えないのだが、これでも彼は、将来白鷺党(はくろとう)を背負うこととなる(しきみ)の右腕の青年である。たとえ日向(ひなた)(しとね)に、女装のままぱたりと横たわったしまりのない姿であっても。

 男装をされるよりは気安く話せるので、咲子もいちいち物言(つっこみ)はしない。


「ただね、八重。じつを言うと……」

 ……只今のぼやきは、鴇原(ときはら)の実子たる樒への負い目からではなくて。


 鴇原家、あぁ鴇原家。春の陽気に花の匂いがふわりと(よぎ)る、まさに物語絵(ものがたりえ)のようなひと間。

 目に眩しく肌にも芳しい、上級貴族の日常の中で。


「……どうしてわたしだけ、のけ者なの?」


 咲子の声だけがどす黒く低い。


「まあ、親子水入らずってコトで」

「わたしも参加するべきだと思うのよ。親子三人(・・)の語らいに」

「しゃーないよ。大臣(おとど)(しきみ)二人(・・)で話したいって言うんだもん」

「二人はそもそも、わたし抜きでずっと前から会っているじゃない。親子水入らずでのお話なんてもうないでしょうし、それにそう、お父さまと(しきみ)は、何だかんだ言いつつ想い合っているわ」

「うん。だからいつもどおり〝仕事〟の依頼じゃないかなぁ。頭領息子と、その後援の大臣として」

「わたしだけお会いしていないのよ……! 事情をご存知のはずの、本当のお父さまにっ」

「ん、それが大臣(おとど)親父殿(おやじどの)の約束だから。取り替えたあとは、所用以外で勝手に自分の子に会いませーん、って」


 思いがけず少女のような笑顔で言われてしまい、咲子ははたと口を(つぐ)んだ。

 噛み合った気がしないのだが、なぜだか会話にはなっていた。

 好き勝手に過ごしているようで、なかなかどうして八重は聞き上手である。


「……ありがと、八重」

「俺、なんか良いことした?」

「わたしの頭を冷やしてくれた」


 苛々(いらいら)沸々(ふつふつ)正殿(せいでん)を追い出されて落ち着かなかった心を。

 咲子自身、実の親に会えないことについて、納得はしているのだ。

 大臣の愛情もちゃんと感じているし、愛情裏の彼の政策もわかっているつもりだし、当の婿がねと気軽に逢えないことも、世の習わしなのだから仕方がない。


 けれども理解に気持ちが追いつくかというのは、また別の話であって。


「せっかく初めて三人そろったのだから、『黙っていてすまなかった』みたいなひと言があってもよいと思ったの。お父さまから」

「あはっ、そーいやなかったね。いきなり追い出されたよねえ」

「たしかにわたしは小娘で、役にたつと言ったら婿(むこ)取りくらいでしょうよ。それでも娘は娘なりに、いろいろと考えているのに」


 だから正直なところ嬉しかった。正殿に呼び出されたとき、成人の儀と同じ衣裳でと言われたことが。

 常に反して顔を見たいと言ってもらえたことが。


 血縁のないことを、父も少なからず不安に感じている――それが伝わったからこそ、咲子もこれまで以上に励まなくてはと思ったのだ。手習いも、歌も楽器も、縫い物も。


「あと護身術と、刃物の扱いも!」


 そう、護身術と刃物の扱いも。


「ってちがうわ八重ぇ……! 考えを読んで、勝手に声も真似ないで……!」

「ごめんなぁー、生業(なりわい)柄ぱっと見でわかっちゃうんだー。けど覚えといて損はないよ? 姫様の身分ならいつ(さら)われてもおかしくないし、ひょっとしたら、このさき党に戻れって言われるかもしれないし」

「やめて。(さぎ)に戻るのはいいけれど、攫われるなんて冗談でも聞きたくないわ」

「えっへ、戻るのはいいんだ」


 照れたように笑う。

 八重の表情はどこまでも無垢で、どう見ても悪党とは思えない(そして年上にも見えない)。だから十年来の付き合いなのに、いつも違和感があるのだ。


 彼が――彼らが、盗賊であるということに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ