皇龍氷王を殺めた者、来る
家に帰って、二週間が経った。
俺は今回のことをフィアーナたちに話していない。
話せば、絶対付いてくるからだ。
相手は皇龍族トップ5に入る実力者を倒したやつ。
そんなのとの戦いに連れて行きたくない。
フィアーナは覚醒したことで、死ななくなったからいい。
だけど、クロネはそうじゃない。
クロネも俺と一緒で眷属になった恩恵を得ていない。
鑑定してみると、恩恵を得るには眷属として覚醒しなきゃいけないと書いてあった。
その覚醒には条件がある。
一定量、フィアーナに吸血されること
激しい怒りを覚えること
この二つをクリアして、覚醒する。
そんな訳で俺とクロネは普通に死ぬ。
まぁ、クロネは強いし、獣化があるから、そんな簡単にはやられないと思う。
でも、もしもってことがある。
俺はクロネを失いたくない。
フィアーナたちには悪いけど、クロネだけは絶対に失いたくない。
だから、絶対に危険なこの戦いのことは隠し通す。
ーー
俺は誰にも見つからないまま、玄関にやって来た。
このまま見つかりませんようにと願いながら、段差に腰かけて、靴を履く。
「ユキ、迎えに行くんだ?」
「ひゃっ」
いきなり後ろから声をかけるから、可愛い声出しちゃったじゃん。
振り返ると、ティリルが立っていた。
「にひひ、可愛い声出ちゃったねー」
「いきなり声かけるから」
「そっか。ごめんね。
それで、ユキ迎えに行くんだよね?」
「そうだよ」
フィアーナたちには、ユキちゃんはティア様のところにいて、二週間くらい後に迎えに行かなければならないと話してある。
「その後、プロポーズするんだ?」
「そのつもり」
そう彼女と話していると、フィアーナとクロネが来て、靴を履き出した。
「二人とも、どっか行くの?」
「うん。リョウちゃんについていくんだよ」
「えっと、なんで?」
「リョウタ、帰ってきてから
フィアを助けに行くときと同じ表情してた。
だから、なにかと戦いに行くんだと思って」
「いや、本当に迎えに行くだけだから」
「どうして嘘つくの?」
フィアーナが俺を見て、聞いてきた。
「えっ?」
「本当は誰かと戦うのに、
どうして迎えに行くだけって嘘つくの?」
「二人がついてくることになるから」
「ついてきたらダメなの?」
クロネが言った。
「俺が戦おうとしてんのは、
皇龍族っていう強い種族の
トップ5に入る人を殺したやつ。
そんなのとの戦いに二人を連れて行きたくない」
「そんな強い人と戦うんなら、
私とクロネちゃんを連れてかないとダメだよ」
「フィアーナは死なないからまだいいけど、
クロネは普通に死んじゃうんだよ!
俺は絶対クロネを失いたくないから
黙ってたし、嘘ついたんだよ!」
「じゃあ、私が一人で行くよ」
「なんでそうなんだよ?」
「リョウちゃんとクロネちゃんを
失いたくないからだよ。
私は死なないから」
「大事な奥さんだけを
戦いに行かせられる訳ないだろ。
痛みも普通に感じるのに」
「私も大事なリョウちゃんを
一人で戦いに行かせたくないよ!」
「はぁ、分かった。
フィアーナだけ連れていく」
そう言って、俺は立ち上がった。
「私も連れていかせて」
クロネが言った。
「クロネちゃんは連れていかない」
「今までは一緒に戦ってきたし、
世界神を倒すにはフィアと私が必要なんじゃないの?
世界神はリュートを殺して、ルナさんを瀕死にまで追いやった。
そんな相手に劣る相手との戦いに参加させないのは
良策じゃない」
「分かってる。
分かってるけど、大好きなクロネを失いたくないし、
傷つくのを見たくない」
「大切に想ってくれるのはすごく嬉しいけど、
私はリョウタを守りたい。
だから、お願い。
私も連れていかせて」
そう言って、クロネは頭を下げた。
「はぁ、分かったよ。
二人とも連れていくよ」
「ありがとう、リョウタ」
彼女は嬉しそうに言った。
「リル」
「ん?」
「また一人にさせて、ごめん」
「別にいいよ。
今日はお祝いしなきゃだから、
準備しないとダメだかんね」
「お祝い?」
「ユキが奥さんになるお祝いだよ」
「そっか」
「だから、早く帰ってきてね」
「分かった」
俺はそう言って、ティリルにキスした。
「じゃあ、行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
彼女は笑顔で言った。
ーー
俺たちは『ゲート』で、ウィンテルに出会った洞窟の前にやって来た。
「この洞窟が龍界っていう場所に繋がってるの?」
フィアーナが洞窟を覗きながら俺に聞いてきた。
「うん。皇龍族の人しか入れないけどね」
「でも、ユキちゃんと二人で入ったんでしょ?」
「ユキちゃんは皇龍族と精霊のハーフだからね」
「今から戦う相手が殺した人はその皇龍族?」
クロネが言った。
「そうだよ。
そいつにお父さんが殺されて、
お母さんはお父さんの契約精霊だったから
ユキちゃんは同時に両親を失ったんだ。
同時と言っても数ヶ月の差があったけど」
「ユキちゃん、ずっと辛かったんだね」
「いや、この洞窟にある綺麗な湖を見て思い出したんだ。
ユキちゃんのお母さんが一人で敵討ちしないようにって、記憶を封印したから」
「そっか」
ゴゴゴ。
フィアーナが返事すると、洞窟の扉が開いた。
すると、ウィンテルとユキちゃんが出てきた。
ユキちゃんは俺を見つけると、俺に向かって飛び、抱きついた。
「リョウタ様、リョウタ様」
彼女は俺の名前を呼びながら、俺の胸に顔を擦り付け始めた。
「おかえり、ユキちゃん」
「はい。リョウタ様」
彼女は笑顔で言った。
俺の精霊たんは本当に可愛いな。
「あの、どうしてフィアとクロネがいるんですか?」
「危ないからなにも言わずに一人で来ようと思ったんだけど、
ギリギリでバレて、ついていくって聞かなくて」
「ふふっ、話だけでその光景が目に浮かびます」
今日のユキちゃん、可愛すぎ!
今すぐに抱きたい。
「ユキちゃん、リョウちゃんに会えて嬉しいのは分かるけど、あの人を紹介して?
さっきから、微笑ましい顔をして動かないの」
フィアーナがユキちゃんに小声で言った。
「ウィンテルさ〜ん」
ユキちゃんがこっちを見ているウィンテルに近寄り、顔の前で手を振った。
「はっ。申し訳ありません。
スノーリア様が幸せそうだったので、嬉しくて」
そう言うと、彼はフィアたちの方に向き直った。
「初めまして。
皇龍族のウィンテルと申します。
スノーリア様ーーユキ様の
お父様でいらっしゃるレイン様の側近を
させていただいていました」
「私はフィアーナって言います。
えっと、リョウちゃんの妻です」
「クロネと言います。
リョウタの妻です」
ウィンテルに続いて、フィアーナ、その彼女の後ろから顔を出したクロネが言った。
クロネはまだ男が怖い。
極力男とは話さないし、話さなきゃいけないときは、俺かフィアーナの後ろから顔だけ出して話す。
多分、一生こうだと思う。
「御二方に会えて、感激です」
そう言って、ウィンテルはフィアーナの手を取ろうとしたので、俺は間に割り込んだ。
「二人は男に触れられるのが嫌なんで」
本当は俺が嫌なんだけどね。
「申し訳ありません」
「いえ。
それでどうして感激なんですか?」
「この世界五本の指に入る方の子孫様だからです」
「ウィンテルさん、もうそろそろ向かいませんか?」
会話もしてほしくないから、打ち切った。
「そうですね」
そう言って、ウィンテルが洞窟から少し離れた瞬間、フィアーナが叫んだ。
「危ない!」
彼女はウィンテルを引っ張り、こっちに戻した。
そして、両手を前に出して、銀色の魔法陣を出現させた。
シールド? いつの間に覚えたの?
彼女がシールドを展開した次の瞬間、光の雨が降り注いだ。
「面倒ですねぇ、二代目真祖がいるなんて」
光の雨が収まると、黒髪黒眼の俺と同い年くらいの男が現れて言った。




