竜界
俺は目の前に現れた和服に身を包んだ紺色の髪、瞳の青年に右手を向けた。
「どちら様で?」
「僕は皇竜族の者で、名をウィンテルと申します。
前・皇竜氷王レイン様の側近をさせていただいていた者です」
皇竜族?
そんな種族、聞いたことないんだけど。
「それで、スノーリアというのは誰ですか?」
「私のことです」
俺の後ろにいるユキちゃんが言った。
「そうなの?」
「はい。
私には両親がいて、スノーリアという名前をもらったんです」
「聞かされてないんだけど」
「申し訳ありません。
私も今、思い出したばかりなんです」
「記憶失くしてたの?」
「そうみたいーー」
「違います」
ウィンテルがユキちゃんの言葉を遮って言った。
「スノーリア様のお母様であるクーリア様が記憶を封じたのです」
「なんで封じたんですか?」
「なにもできない状態で復習をしないためと言っていましたが、
スノーリア様に危険な目に遭ってほしくなかったのだと僕は思います」
「なんの復習ですか?」
「ここから先は竜界でお話しします。
付いてきてください」
そう言って、ウィンテルはこちらに背を向け、歩きだした。
付いて行って、危なくないかな?
「大丈夫です。
敵意は微塵も感じませんから」
ユキちゃんが小声で教えてくれた。
心読んだよね?
そう思い、彼女を見た。
すると、彼女は小首を傾げた。
可愛い。
「どうしましたか?」
ウィンテルが振り返った。
「いえ」
「あっ。
スノーリア様とその主様に
危害を加えるつもりはありませんから」
「分かりました」
「では付いてきてください」
「あっ」
「どうしましたか?」
「俺には妻がいるんです。
それで帰るのが遅くなると心配させてしまうのでーー」
「いつ頃でしょう?」
「夕方の五時から六時です」
「今は十時。
六時くらいだから八時間。
五十六時間か。
それくらいなら行けますね。
大丈夫です」
なんで七倍したの?
「では行きましょうか?」
「はい」
俺とユキちゃんはウィンテルに付いていった。
この空間の端に来ると、ウィンテルは、なにか詠唱した。
すると地面に隠し階段が現れた。
「この階段を下ってください」
「はい」
階段が真っ暗なので、『照明』を発動して、俺はユキちゃんと手を繋いで、足を踏み入れた。
俺とユキちゃんの後にウィンテルが続き、彼はまた詠唱した。
すると、湖への道が閉じられた。
「そのまま、前に進んでください」
俺たちは前に進んだ。
少しすると、石の扉が現れた。
「開けますので、通していただけませんか?」
ウィンテルが言った。
最初に階段降りればよかったじゃん。
そう思いつつ、ユキちゃんを俺の隣に来させ、抱き寄せた。
ウィンテルに触れさせたくないからだ。
「あの、恥ずかしいので、やめてもらっていいですか?」
ユキちゃんは頰を赤らめて言った。
可愛い。
『照明』を発動しているから、ユキちゃんの顔がばっちり見える。
「少し待って」
そうユキちゃんに言うと、ウィンテルの詠唱が聞こえた。
ウィンテルが詠唱し終えると、石の扉がゴゴゴと動き、開いた。
扉の先には人一人生活できる広さの空間が広がっていた。
「あの、ここは?」
ユキちゃんがウィンテルに聞いた。
「竜界への転移魔法陣が描かれた部屋です。
部屋の中央に立ってください」
ウィンテルはそう言って、部屋の中央に立った。
俺とユキちゃんも中央に立った。
俺たち二人が立ったのを見て、ウィンテルがまた詠唱し始めた。
詠唱していると足下が青白く光りだした。
足下を見ると魔法陣が青白い光を出していた。
「……『転移』!」
ウィンテルがそう叫んだ瞬間、まばゆい光が視界を覆った。
ーー
目を開けるとさっきの場所ではなく、王宮が見える場所だった。
俺たちは四つの円柱が立つ魔法陣が描かれている石の上に立っている。
「ここが竜界です。
あの建物は氷王様の王宮です。
まず王宮に向かい、氷王様に会います。
ついてきてください」
俺とユキちゃんはウィンテルに引き連られ、水色に塗られた王宮に向かった。
ーー
「ここに氷王様がおられます。
私がまず入ります。
扉を開けるまでここでお待ちください」
ウィンテルがそう言って、謁見の間に入っていった。
待つこと、少し。
扉が開いた。
「入ってください」
ウィンテルが言った。
謁見の間に入ると、中央に女性が王様が座る椅子に腰掛けていた。
卑弥呼様が着ていそうな衣装を身に纏っている。
その女性の隣に女性が立っていて、部屋の端に左右三人ずつ男性が立っている。
全員、髪と瞳が紺色で二十代くらいに見える。
皇竜族も幾つになっても若いままなんだろうか?
「前に来ていただけますか?」
椅子に座っている女性が俺とユキちゃんを見て言った。
「「は、はい」」
俺たち二人はそう返事して、彼女の前に進んだ。
前に来て、俺たちは片膝をついた。
「私はスイレン。
前・皇竜氷王レインの妹で、
今は皇竜氷王代理です」
「私はリョウタ・クールウィンドと申します。
ユキ……スノーリアの契約者です」
「存じあげています。
私の姪を救っていただき、感謝しております」
スイレンさんは座ったまま、頭を下げた。
「偶々聞こえて、怪我を治しただけです」
「偶然ではありません。
竜帝様が最後の転生者である貴方様とスノーリアが巡り会えるように術をスノーリアにかけられたのです。
悪しき神を倒すために」
「あの、俺は戦いに参加しますけど、
二代目真祖と今代の月姫が要だって聞いたんです。
なので、フィアーナかクロネに巡り会わせるようにした方が良かったと思うのですが」
「私たちにはなぜ貴方様なのかは分かりません。
ですから、明日直接お聞きください。
スノーリアの主様が見えたら、会いたいとおっしゃっていたのですよね? ウィンテル」
彼女はウィンテルに視線を向けた。
「はい。そうです」
「スノーリア」
スイレンさんはユキちゃんの方に顔を向けた。
「は、はい」
「貴女の父である私の兄レインは勇者に殺されました。
貴女の母クーリアは兄の契約精霊でした。
兄が亡くなったことで義姉様も一ヶ月後、亡くなりました」
「はい。母から聞きました。
もし仇を取りたかったら、私の主とウィンテルという人と戦いなさい。
そう言っていました」
「そうですか。
では私からはなにも伝える必要はありませんね。
ウィンテル」
スイレンさんはまたウィンテルに視線を向けた。
「はい」
「命をかけてスノーリアと主様を守りなさい」
「承知しております」
「ではご健闘願っております。
リョウタ様」
スイレンさんは俺に微笑んで言った。
それで謁見は終わり、俺、ユキちゃん、ウィンテルはその場を後にした。