記憶のないフィアーナ、動き出すクロネ
気がつくと、知らない天井が視界に飛び込んできた。
俺は体を起こして、周りを見渡した。
今、乗っているベッド以外なにもない部屋だ。
「どこだよ、ここ?」
考えようとして、ふと首に違和感を感じた。
首に手を伸ばすと、固いなにかに触れた。
「チョーカー……?」
ガチャッ。
扉の方から音がした。
そっちに視線を向けると、フィアーナが入ってきた。
「フィアちゃん、ここどこか分かる?」
「ここはブラッディーナ城です」
「ブラッディーナ城……?」
俺は思い出した。
フィアーナが連れ去られたこと、一週間かけてブラッディーナ家にたどり着いたこと、フィアーナが記憶を書き換えられたこと、クロネがフィアーナにやられたこと。
そのすべてのことを思い出した。
「クロネは!?」
「大丈夫です。
お姉様が目覚めない程度に治癒をかけて、
城の庭園に置いておいたそうです」
「そ、そっか。生きてるんだな」
俺はホッとした。
「それで、なんで俺はこの部屋にいるの?」
「お姉様に血袋にしろと言われたので、
私の部屋に寝かせておいたんです。
あ、後、そばにいたいと思ったから」
フィアーナが最後の方は小さい声で、頰を赤らめて答えてくれた。
「そ、そうなんだ」
「あ、あの、お腹空いてませんか?
部屋の前に食事持ってきたんですが……?」
「じゃあ、もらおうかな?」
「今、持ってきますね」
そう言って、彼女は部屋を出て、お盆が乗ったワゴンを押して戻ってきた。
ワゴンには一人分の食事しかない。
「フィアちゃんの分は?」
「ありません。
貴方の血液しか摂取してはいけないと言われているので」
フィアーナはそう答えながら、ワゴンをベッドの横に移動させた。
「こっちに足を投げ出してください」
「うん」
言われた通り、ベッドに腰かけた。
すると、フィアーナがお盆を持って、隣に腰かけた。
お盆の上にはパンとスープが乗っている。
彼女は木製のスプーンでスープを掬って、俺の口に近づけてきた。
「口開けてください」
「う、うん」
俺は促されて口を開けた。
すると、彼女は俺の口にスープを流し込んだ。
このスープ、美味っ。
「私が作ったんですけど、どうですか?」
スープ、フィアちゃんが作ったんだ。
そう言えば、フィアちゃんの手料理、食べたことないな。
いつもリルが作ってくれるからな。
「すごく美味しいよ」
「良かった」
フィアーナは嬉しそうに言った。
ーー
「それじゃあ、血もらいますね?」
食事を終えるとフィアーナが言ってきた。
「う、うん」
俺がそう返事すると、彼女は膝の上に乗ってきた。
そして、チョーカーに手を伸ばしてきた。
カチャッ。
鍵が外れた音がして、チョーカーが外れた。
そして、チョーカーを横に置いて、抱きついてきた。
「あの、俺とくっつくの嫌じゃないの?」
「えっと、私、貴方が愛しいって、
貴方に触れたいと思っているので、
嫌じゃないです」
俺との記憶がなくなっても、好きになってくれるなんて。
そう思って、彼女を抱きしめた。
「あ、あの、これじゃあ、吸血できません」
「あっ、ごめんね」
そう謝って、抱きしめるのをやめた。
「それじゃあ、いただきます」
そう言って、フィアーナは俺の首に顔を埋めた。
すると、首筋になにか温かく湿ったものが這いだした。
それから少しすると、「はむ」と聞こえて、チクッとした。
そして、しばらくすると、彼女が顔を離した。
「はぁ、ありがとうございました。
その、美味しかったです」
彼女はルビーの瞳を潤ませながら言った。
その瞳を見た瞬間、今すぐ抱きたいという衝動が俺を襲った。
我慢だ。
フィアたんは俺のことを忘れてんだから。
でもフィアたんは奥さんなんだし、愛しいって思ってくれてんだからいんじゃね?
いや、ダメだ。
怖がらせちゃうかもしれない。
「だ、大丈夫ですか?」
心の中で葛藤していると、フィアーナが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だよ」
俺は努めて笑顔で言った。
「良かった」
フィアーナはホッとした表情をした。
そして、さっき外したチョーカーを両手で持ち、俺の首に着けた。
「えっと、今のチョーカー、
なんで俺に着けたの?」
「私を抱えて逃げられる可能性があるから
着けておけとお姉様に申しつけられたので」
「そ、そっか。
このチョーカーの効果は?」
「効果は二つあります。
主人の命令に背いたら電流が流れる。
主人が任意で流すこともできます。
魔術や身体強化の使用不可。
これは主人が許可した場合、一時的に解除されます」
「俺の主人は……?」
「私です。
私は命令しませんし、
電流を流すこともしませんから、安心してください」
「そ、そっか」
俺はホッとした。
だって、ラーナだったらいじめられそうじゃん。
いじめられるならクロネたんがいい。
「服を着てるのに、こんなに硬くするなんて、
貴方はよっぽどの変態なのね」
って、クロネたんに冷やかな目で見られて、言われたい。
クロネたんは庭に寝かせれてるんだよな?
大丈夫かな?
ーーSide クロネーー
なにか匂いがする。
花の匂い……?
私はまぶたを開いた。
すると、視界に青い空が飛び込んできた。
視界の端に色とりどりの花がある。
スカーレットの家の花壇?
うちのはこんなに咲いてないし、花じゃなくて野菜を育ててた。
リルがリョウタに野菜を育てたらと言われたから、野菜しか育てていなかった。
それならここは……?
私は今いる場所が気になって、体を起こした。
私がいる場所はどこかの庭園。
周りを見渡すと、赤の線が入った白い建物が見えた。
フィアを助けなきゃ。
その建物が視界に入った瞬間、フィアがルートヴァンパイアに連れ去られてからのことを思い出した。
助けなきゃいけないけど、フィアは記憶が書き換えられてる。
記憶を取り戻すにはどうすれば……?
両親に会わせれば戻るかもしれない。
でもどうやって会わせる……?
フィアを連れ出すにはフィアと戦わざるを得ない。
だけど、今の私じゃやられてしまう。
かと言って、連れてくるには遠すぎる。
リュートが入ればなんとかなるのに。
チリンッ。
悩んでいると鈴の音がした。
音は袴のポケットから聞こえた。
私の着物は普通とは違う。
着物は太ももまでの丈で細い帯で縛っている。
袴はくるぶしまで、スカートみたいにポケットが付いている。
動きやすさ重視でお母さんが作ってくれた。
袴のポケットに手を入れると、なにかが入っていて、それを掴んで取り出した。
そのなにかはリーフェさんに渡された鈴だった。
『どうしようもなくなったときに鳴らせ。
すぐに駆けつけてやる』
そう言われて渡されたもの。
私は一か八か、鈴を鳴らした。
チリン、チリン。
チリン、チリン。
「やっぱりピンチになったか」
諦めかけた瞬間、声がした。
声の方に視線を向けるとリーフェさんが立っていた。




