クノハ戦後
フィアーナ、クロネ、チヨさん、カリンちゃんの四人を連れて、〈ゲート〉を使い、ティリルの待つ家に帰ってきた。
クノハに拉致されて、あの城にいた女性たちはリーフェさんに保護された。
「ただいま〜」
「おかえりー」
「おかえり」
ティリルの声と青年の声で返ってくる。
声の方に視線を向けると、ティリルとヴァンがソファに腰掛けていた。
「なんでヴァンがうちに!?」
まさか、ティリルを……?
「久しぶりにリョウタに会おうと思って来たんだよ」
「だから、うちにあがって、待っててもらったんだ。
だよねー? ヴァンくん」
すっげえ仲いいんですけど?
「あの、ティリルお姉ちゃん?」
ティリルが一番好きな呼び方で呼ぶ。
「どうしたのー?」
「お、俺のこと、好き?」
「うん。大好きだよー」
いつも通りの感じで好意をぶつけてくる。
「本当に?」
「うん。世界一」
笑顔で、ぶつけてきた。
その笑顔、額縁に入れて、部屋に飾りたい。
「リョウタは?」
「えっ?」
「リョウタは私のこと、好き?」
「うん。好きだよ」
「にひひ」
すっげえ嬉しそう。
「部屋の前にいる人たち、お客さんでしょ?
入れたげなよ」
「うん」
扉を開き、待たせていたチヨさんとカリンちゃんを中に誘う。
クロネはフィアーナを自分たちの部屋に寝かせにいつている。
「どうぞ」
「「お邪魔します」」
そう言って、リビングに入る二人。
「うわっ、女の子だ」
二人を見たティリルが発した。
「妻にしないよね?」
不安そうな表情で聞いてくる。
「大丈夫。しないよ」
「よかったー。
私たちじゃ足らないから増やすのかと思ったー」
「満足してるから大丈夫だよ」
ティリルと話していると、ローブの裾を引っ張られる。
引っ張っている方に視線を向けると、カリンちゃんが頰を赤らめていた。
「リョウタさん、この人の名前はなんです?」
「この人?」
彼女の視線を辿る。
その視線の先にはヴァン。
「ヴァンだよ」
俺が答えた瞬間、ヴァンのそばに移動するカリンちゃん。
「カリンって言います。種族は狼獣族です。
歳は十六です」
「えっと……ヴァンです。
種族はヴァンパイア。歳は今年で十六です」
「ヴァンさん」
「は、はい」
「私とお付き合いしてください!」
出会って、数秒で告白したよ、この娘。
「あらあら」
微笑ましく、カリンちゃんを見つめるチヨさん。
「えっと、カリンさん?」
「はい。なんですか?」
「まだお互いのこと、なにも知らないので、
友達からでもいいですか?」
「は、はいです。ありがとうです、ヴァンさん」
「私はリョウタくんのお嫁さんになろうかしら」
チヨさんが呟いた。
すかさず、ティリルが抱きついてくる。
「ダメだよ!
リョウタは私たちのなんだから!」
「三人も四人も変わらないわよ。
ね? リョウタくん」
いや、変わると思います。
「リョウタ、ダメだよ。
この人、猫耳で、おっぱい大きくて、
お姉さんっぽいけど、妻にしちゃダメだかんね。
私のおっぱい、好きなだけ揉んでいいし、
いっぱい甘えさせたげるし、
猫耳は……クロネの好きなだけ触らせたげるから」
「チヨさん、ごめんなさい。
リル姉ーーこの娘は嫉妬するし、
フィアちゃんが悲しむので、妻にできません」
「冗談よ」
「えっ?」
「冗談よ、冗談。
私はクーちゃんが幸せなだけで、充分だもの」
チヨさんは微笑んで、言った。
ーー
「あの、クロネさん?」
「なに?」
「なんで、抱きついてるんですか?」
俺は今、浴室でクロネに抱きつかれて、湯船に浸かっている。
「こうしてたいの。ダメ?」
顔を向き合わせて、聞いてくる彼女。
「ダメじゃないよ。
ただ、いつもあっち向いてるのに、
なんでかなって思っただけだよ」
そう答えると、クロネがまた抱きついてくる。
「クノハに連れ去られるとき、
必死に守ろうとしてくれて、ありがとう」
「当たり前だよ。
クロネは俺の奥さんなんだから」
ギュッと俺の体を抱きしめる彼女。
彼女の黒髪をすくように優しく撫でる。
チャポ。
ゴム紐がお湯の中にダイブした。
束縛から解き放たれ、重力に従って、さらさらとお湯に向かっていく黒髪。
なにもできず、その様子を眺めていると、肩に雫が落ちた。
「怖かったっ」
耳元で聞こえるクロネの声は涙まじり。
「ずっとっ、ずっとっ。
村を襲われてから、ずっとっ。
怖くない日なんて、なかったっ」
彼女の肩を掴んで、体から離す。
そして、唇を重ねる。
「もう大丈夫だから。
クノハはもういないから」
「うんっ」
「強くなるから。
クロネを守れるように、クロネが泣かないで済むように」
クロネの瞳から、滝のように涙が溢れた。
両手で、涙を拭い、抱きしめた。
ーー
「すいませ〜ん」
リュートさんの屋敷にある住居、その一つの玄関で、中の人を呼ぶ。
数秒後、足音が近づいてきて、扉が開いた。
出てきたのは、胸がたわわな猫耳女性。
「あら、リョウタくん」
「お久しぶりです、スズネさん。
今日は報告があって、来ました」
「報告? もうできたの?」
「そっちじゃないです」
「そう。
これでクロネは怯えて、暮らさなくていいのね」
今回のことを話すと、スズネさんは安堵の表情を浮かべて、そう呟いた。
「後は、待つだけね」
「なにを、ですか?」
「孫よ」
気が早いよ。
まだ契約して半年と少しだよ?
「えっと、頑張ります」
「ええ、楽しみにしてるわ」
スズネさんは微笑んで、言った。
第七章 青年期前半 妖狐編 ー終ー