クロネのお姉さんと犬耳娘
「だれか、近づいてきます」
クロネがだいぶ落ち着いてくると、ユキちゃんが伝えてくる。
「敵……?」
「敵意は感じられないので、違うと思います」
一応、杖を構えておく。
「構えなくていい」
クロネが俺の瞳を見て、言ってくる。
「えっと、なんで?」
「匂いがお姉ちゃんのだから」
そう述べて、前方に向く彼女。
彼女につられ、前方に視線を向けた瞬間、猫耳の女性が現れた。
彼女は和服にエプロンという所謂和服メイドの格好をしていて、明るい茶色の犬耳が生えた女の子を背負っている。
犬耳娘はすやすやと眠っている。
「お姉ちゃんっ!」
そう発して、クロネは猫耳女性に駆け寄っていき、抱きついた。
「もう、クーちゃん。
いきなり抱きついたらびっくりしちゃうでしょ?」
「ごめんっ、お姉ちゃんっ」
涙声で、猫耳女性に謝るクロネ。
「クーちゃん?」
「あのときっ、助けられなくてっ、ごめんっ」
「謝らなくていいよ。
襲われてる女の子を助けられる女の子なんていないもの。
それに、あのときはクーちゃんまだ子どもだったんだから」
「そうだけど……でも」
「悪いのはクノハ。クーちゃんはなにも悪くないの。
そんなことよりクーちゃん、クノハになにもされなかった?」
「胸、触られて、き、キスされそうになったけど、
フィア……私の親友が助けてくれたから、大丈夫」
「そう、よかった。
そのフィアちゃん……って、そこにいる髪が水色の娘?」
そうクロネに尋ね、ユキちゃんに視線を向ける猫耳女性。
「違う。フィアは中であの人と戦ってる」
「お礼を言おうと思ったんだけど……。
仕方ないわよね。
そこの二人も助けにきた子たちでしょ?」
「そう。二人も私を助けに来てくれた」
「じゃあ、クーちゃんの大切なひとってことよね?
紹介してくれる?」
「うん」
クロネはそう猫耳女性に返事して、俺たちの元へ駆け寄ってくる。
俺とユキの手首を掴み、猫耳女性の元へ俺たちを連れていく彼女。
「えっと……、私の、だ、旦那様のリョウタ」
だれかに紹介するとき、絶対頰を赤らめて、旦那様って言っちゃうクロネたん、マジ可愛い。
「それから、この娘はリョウタが契約してる精霊のーー」
「ユキです」
「私はチヨ。
クーちゃん……クロネちゃんの幼馴染ってところかしらね。
よろしくね」
「「よろしくお願いします」」
ユキの声と俺の声が重なった。
「リョウタくん。
クーちゃんのこと、好き?」
「は、はい。
クロネちゃんは俺の理想の女の子で、
できることなら、毎日、朝昼夜抱きたいくらい
大好きです」
「ふふっ、クーちゃん、可愛いものね」
「はい。それに体は引き締まってるのにーー」
猫耳女性ーーチヨさんにクロネは可愛さだけじゃないことを説明しようとして、左から伸びてきた手に口を塞がれ、遮られた。
「引き締まってるのに、なに?」
「ひ、引き締まってて、羨ましいって
言おうとしただけだから」
頰を赤らめて、なんとかしようとするクロネ。
「クーちゃん、男の子のリョウタくんより
引き締まってるの?」
「私は剣士で、リョウタは魔術師だから。
そ、それで、お姉ちゃん、その背負ってる娘は?」
「この娘はカリンちゃんよ。
疲れーー」
チヨさんが理由を説明しようとした瞬間、目を覚ます犬耳娘ーーカリンちゃん。
「んぅ、チヨさん?」
「そうよ。おはよう、カリンちゃん」
「おはようです。また眠っちゃいました?」
「ええ」
「またやったんですね。
体だけじゃなくて、精神まで幼いなんて……」
カリンちゃんの表情が暗くなる。
「無理やり抱かれて、涙を流さない女の子なんていないの」
ひでえ。
クノハ、こんな女の子まで襲うとか。
「でもチヨさんは泣かないです」
「今はね。でも最初の頃は泣いてたのよ」
強くなって、クロネの村が襲われる前の世界にタイムスリップしたい。
「そうなんですか」
「そうよ。だから、カリンちゃんは幼くないわよ」
「そうですか?」
「ええ。だから、落ち込まないでね」
「はいです。
それで、チヨさん。この人たちは?」
カリンちゃんは俺たちに視線を向けて、チヨさんに尋ねる。
「右からユキちゃん、クーちゃん、リョウタくんよ」
チヨさんが紹介する順に視線を移していくカリンちゃん。
俺と目が合った瞬間、彼女は頭を隠した。
「大丈夫よ。リョウタくんは襲ったりしないから」
「ほんとですか?」
カリンちゃんが怯えながら、聞いてくる。
なんで俺本人に聞いてくるの? 天然なの?
「うん。奥さん以外にはなにもしないし、
カリンちゃんみたいな年下の娘には絶対なにもしないから安心して」
「年下じゃないです」
「えっ?」
「私は十六歳です」
嘘だろ?
どう見たって高校生には見えないんだけど。
「チヨさん、降ろしてくださいです」
「ええ」
チヨさんの背中から降りて、彼女の横に移動するカリンちゃん。
背は頭一つ分低いし、顔は幼い。
どこらへんが十六歳なの?
視線を下げていく。
あっ。視線を下げた瞬間、見つけた。
そこには、大きな双丘があった。
フィアーナとティリルの双丘の中間くらいのものが主張していた。
「分かってくれました?」
カリンちゃんはチヨさんの後ろに隠れ、顔だけ出して聞いてきた。
「うん。ジッと見てごめんね」
あっ。年上(肉体的に)なのに、敬語使ってねえ。
「えっと、敬語使った方がいいですか?」
「いらないです。普通に話してくれればいいです」
よかった。
「それで、みなさんはどういった関係です?」
「二人とも俺の奥さんです」
そう俺が答えた瞬間、カリンちゃんの表情が怯えたものに戻った。
いや、さっきより怯えてるわ。
「リョウタ様、冗談言わないでくださいよ」
「えっ?」
「リョウタ様の妻はクロネ、ただ一人じゃないですか」
「えっと、なに言ってんの?
俺の奥さんはフィアちゃ……」
「言っちゃダメです」と口パクで、必死に訴えてくるユキちゃん。
「えっと、今のは冗談だよ。
俺はクロネ一筋だし、
クロネ以外の女の子には興味ないから」
「それじゃあ、ユキさんとはどういう関係です?」
「私はリョウタ様の契約精霊です」
俺が余計なことを言わないように、ユキちゃんが即答した。
「エルフさんじゃないのに、精霊さんと契約してるなんて、
リョウタさん、すごいです!」
怯えてたのが嘘だったように金柑色の瞳を輝かせ、見つめてくるカリンちゃん。
「剣聖の息子だから、契約できたんだと思うよ」
「そうなんですか? でもーー」
「リョウタ様、フィアが……」
カリンちゃんの話を遮って、ユキちゃんがフィアーナの名前を出した。
フィアーナがやばいと思い、彼女がいる部屋の扉を思いっきり開いて、飛び込むように入った。
部屋に入った瞬間に、地面に倒れているフィアーナが視界に映る。
「フィアーナ!」
彼女の元へ駆け寄り、体を抱き起こす。
「フィアーナ、フィアーナ」
名前を呼びながら、体を揺する。
だけど、彼女は目を閉じたまま、動かない。
「リョウタ様」
「なに?」
「気を失ってるだけなので、大丈夫ですよ」
「そうなの?」
振り向いて、ユキちゃんに尋ねる。
「体に負担がかかりすぎて、気を失ったみたいです」
「そっか。よかった。
あっ、そうだ。クノハは?」
「フィアが気を失う前に、反応が消えたんです。
それから反応がないので、フィアが倒したんだと思います」
「そっか。じゃあ、帰ろっか?」
「はい」




