天使の怒り
三人称視点。
リョウタが痛みを感じなくなってくると魔獣は彼の腹部から足を退けた。
そして、魔獣は震えて崩れているティリルに視線を向けた。
「ひや」
ティリルは首を横に振った。
彼女は恐怖にのまれてしまっていて、嫌だという言葉さえ言えなくなっていた。
それを気に留めず、魔獣はゆっくりとティリルの元へ歩を進め始めた。
その真横をフィアーナがリョウタの元へたどり着くために通った。
魔獣は気にせず進む。
「リョウちゃん。
やだよ。死んじゃいや!」
リョウタの横に駆け寄ってきたフィアーナが涙を流しながら言った。
リョウタは微笑んで、まぶたを閉じ始めた。
「いや、いや!
目閉じちゃダメ!
目閉じていいのは、私を幸せにしてからだよ!
リョウちゃんのお願い、なんでも聞いてあげるから、
目閉じないで!」
彼女の懇願は通じず、リョウタは完全にまぶたを閉じた。
「リョウちゃんっ! リョウちゃんっ!
よくも私の大事なひとを……絶対、許さない」
そう言うと、フィアーナの背中から黒い翼が生えた。
その翼はコウモリの羽のようだ。
フィアーナは左腕を横に伸ばした。
すると、金属の槌が彼女の左手に現れた。
槌は黒くて、大きい。
フィアーナの右手から青白い電撃が現れた。
彼女は槌を両手で持ち、電撃を槌に纏わせ、自分の体を魔力でおおった。
フィアーナは振り返って、地面を蹴った。
背中の翼を使い、弾丸のように魔獣へと向かう。
一瞬で距離をつめたフィアーナは電撃を纏った槌を振りかぶり、真横に薙いだ。
魔獣はもろに槌をくらい、吹き飛んだ。
フィアーナは槌を地面に捨て、真っ赤に燃える炎の槍を右手に出現させた。
その炎の槍を魔獣に向かって、投擲した。
炎の槍は一直線に飛び、立ちあがった魔獣の腹部を貫き、地面に刺さった。
それを見たフィアーナは空中に浮きあがって、両手を前に出して、魔獣に向けた。
「紅蓮の炎よ。
光線となりて、悪しきものを喰らい、
燃え盛る爆炎で溶かし尽くし、
爆風ですべてをなぎ払え。
『エクスプロージョン』」
フィアーナが詠唱し始めると手の前に赤い魔法陣が現れた。
魔術名を言うと、その魔法陣から太い紅蓮の光線が放たれた。
紅蓮の光線はまっすぐ魔獣に向かっていき、のみ込んだ。
光線がやむと魔獣を中心とした爆発がおきた。
爆発が大きいため、爆風がおこった。
爆風は地面をなめ、少し距離のある場所にいる三人の髪をなびかせた。
爆発がおさまり、煙が晴れた。
魔獣がいた場所は小さく浅いクレーターができていて、黒くすすけていた。
ーー
フィアーナはリョウタの元へおりて、彼の隣に座り込んだ。
翼は座った瞬間に光の粒になって消えた。
「大事なものを守れる力が手に入ったのにっ。
リョウちゃんがいないと意味がないよっ」
フィアーナは涙を流して、リョウタを抱きしめた。
「ティアがやばいって言ってきたから、
来てみれば、魔獣は倒しちゃったっぽいね」
突然現れた美しい女性が言った。
女性は髪と肌が雪のように白く、瞳がルビーのように赤い。
大きな胸とキュッとしまった体を白いドレスに包んでいる。
「だれ?」
フィアーナが顔を上げて聞いた。
「真祖だよ」
女性ーー真祖は彼女に優しく言った。
そして、リョウタの隣に膝立ちした。
「リョウちゃんになにするの?」
「治すだけだよ」
「リョウちゃんはもう……」
「死んでないよ」
「えっ?」
「気を失ってるだけだよ」
「ほんと?」
「うん。本当だよ」
そうフィアーナに返事すると、真祖はリョウタの腹部に手をかざした。
「『シャインヒール』」
緑色の光が彼を照らす。
すると、腹部にあいた穴が埋まっていき、元通りになった。
「な、治った」
「治ったけど、血がたくさん出てたから
ちょっと危ないかな」
「ど、どうにかできないの?」
フィアーナは不安な顔で真祖を見つめた。
「フィアが手伝ってくれたら、助けられるよ」
「手伝うから、リョウちゃんを助けて」
真祖は頷いて、彼女の頭の上に右手を乗せた。
「ちょっと辛いかもしれないけど、ごめんね」
彼女がフィアーナにそう言うと、彼女の手を緑色のオーラが包んだ。
そのオーラが手からフィアーナの体に移動し、彼女の体をおおった。
「か、体がっ、熱いっ。
とけちゃいそう」
フィアーナが苦しそうに言った。
すると、彼女の歯が鋭い牙に変わり、背中から黒い翼が現れた。
牙に変わったのは中央から二番目の歯、四本すべて。
彼女の外見はもうヴァンパイアそのものだ。
変化を終えると、彼女は落ち着いてきた。
「落ち着いてきた?」
「はぁはぁ、まだ少しだけ熱いけど、うん」
フィアーナの返事を聞いた真祖はリョウタを自分にもたれさせるように座らせた。
そして、彼の首筋を露わにした。
「ここに噛みついて」
「えっ」
「血を混じらせて、一時的にヴァンパイアにさせるの。
その間に血の量が戻って一件落着ってことだよ。
ほら、ガブッて、ね?」
「で、でも……」
「この子の血、欲しくないの?
大好きなひとの血はおいしいんだよ。
それにこの首に噛みつきたくない?」
それを聞くと、フィアーナは、はぁはぁと息をもらし、ゆっくりとリョウタに近づき始めた。
彼女が彼の目の前まで接近すると、真祖がリョウタをフィアーナに抱きつかせた。
フィアーナは彼を抱きしめ、その首筋に顔を埋めた。
数秒後、彼女はリョウタの首筋から顔を離した。
「これでリョウちゃんは大丈夫なの?」
「うん。大丈夫だよ」
「よかった」
フィアーナはホッとして、抱きしめる力を強めた。
「ここだと危ないから、移動しよ?」
「う、うん」
「その子は私が預かるから、あの娘のとこに行こ?」
真祖はティリルに視線を向けて言った。
そして、彼女はフィアーナからリョウタを受け取り、横抱きした。
真祖とフィアーナはティリルと地竜の元へ向かう。
「ありがと、えっと……」
「ルナだよ」
「ありがと、ルナさん」
「どういたしまして」
二人は互いに笑顔で言った。
その二つの笑顔はよく似ていた。