鬼の王国への道中
俺たちは無事、鬼ヶ島にたどり着いた。
「ありがとう」
フィアーナがしゃがんで、小舟生物にお礼を言って撫でている。
癒されるわ〜。
「リョウタ」
癒されていると、クロネが呼んでくる。
「なに?」
「怖くないから、見てみて」
「鬼族?」
「そう。背中に隠れたままでいいから」
「分かった」
そう返事して、彼女の肩越しに鬼族を恐る恐る見た。
えっ? この人たちが鬼族?
めっちゃ人族なんだけど!?
俺の瞳に映ったのは、鬼の要素がないザ・海の漢って感じの人たち。
「人族とほとんど変わらないんだね」
「そう。リョウタとほとんど変わらない。
あの人たちは日焼けしてるし、筋肉もついてるけど」
「やっぱりああいう体の方が好き?」
「嫉妬してるの?」
「……うん」
俺がそう返事すると、クロネが手を俺の手に乗せた。
「大丈夫。私が好きなのはリョウタだけだから」
「クロネたんっ!」
嬉しすぎて、彼女に抱きついた。
「俺もクロネたんが好きだよー」
「リョウタ、やめて。見られてるから」
周りを見渡すと、男たちが俺たちを見ていた。
『リア充、爆死しろ』と言わんばかりの表情で。
すぐに抱きしめるのをやめる。怖いから。
「そういえばリル姉は?」
「あっちにいるよ」
知らぬ間に隣に来たフィアーナが少し離れた場所を指差して、答えてくれる。
そっちに顔を向けると、ティリルがいた。
彼女は漁師の男と話している。
俺のリル姉と話してんじゃねえよ。
リル姉と話していいのは俺と可愛い女の子だけなんだよ。
ていうか、なんか楽しそうじゃね?
俺以外の男と楽しく喋らないでよ、リル姉。
女の子の格好させていい。
その格好でデートしてもいい。
だから、俺以外の男と喋らないで。
「それで、リョウちゃん。
なんでクロネちゃんの肩、掴んでるの?」
「えっ? あっ」
クロネの肩に手を置いたままだったことに気づき、すぐに手を離した。
俺がびびってたのバレるな、これ。
「私を抱きしめた後だから」
クロネが答えた。
「そうなの?」
俺に聞いてくるフィアーナ。
「う、うん。後ろから抱きしめたくなっちゃって」
「そっか」
ほっ。ありがとう、クロネちゃん。
帰ったらたくさん撫でてあげるからね。
「ごめんねー、待たせちゃって」
走って戻ってきたティリルが謝ってきた。
「なにしてたの? 不倫?」
「えっ……?」
一瞬フリーズする彼女。
「あっ、そういうことか。
違う違う。料理のこと聞いてただけだよ。
魚嫌いのリョウタが食べられそうな魚料理をね」
「そ、そうなんだ」
俺のためだったんだな。
「うん。私はリョウタ一筋だし、
ああいう男の人は思い出しちゃうから好きじゃないもん」
ルシルのことは思い出したくないよね。
「そっか。疑ってごめん」
「ううん。別にいいよ」
ティリルは微笑んで言った。
「魚介類がいっぱい売ってるねー。
クロネ、よだれ出したらダメだよ」
「いくら魚が好きでも、そんなはしたないことしない」
俺たちはたわいもない会話をしながら、港町の入り口を目指して歩いている。
すると、突然クロネが俺の後ろに隠れた。
「クロネちゃん、どうしたの?」
「男の人」
「男の人?」
前を向くと、和装の青年が近寄ってきていた。
彼はいい人そうに見えるけど、本当は腹黒そうだ。
「あの、セラ様のご家族の方々でしょうか?」
「そうですが、貴方は?」
「私は王城で仕えている者です。
『セラ様のご家族を王城へ連れて参れ』と
命じられまして、参った所存でございます」
貴方は案内役で、セラを取り返しに来た俺たちを連れてこいと言われたと。
全然、意味分かんない。
「馬車はこの町の入り口付近につけてあります。
怪しいとは思います。
ですが、皆様を王城へお連れしなければ、
罰を受けなければいけなくなってしまいます。
どうか、私めについてきてくださいませ」
そう言って、頭を下げる案内役の青年。
めっちゃ必死だな、この人。
「分かりました。ついていきます。
ですから頭を上げてください」
「ありがとうございます。
では、こちらへ」
俺たちは案内役の青年に連れられ、港町の入り口に向かった。
ーー
ゴトゴト……。
今、俺たちは馬車に揺られて、鬼ヶ島唯一の町に向かっている。
「フィアちゃん」
隣に座っているフィアーナに声をかける。
「なに? リョウちゃん」
「フィアちゃんが使える最上級魔術って
さっきの『イノンダシオン』と
『エクスプロージョン』だけ?」
「ううん。全属性、使えるよ」
「五つ全部?」
「ううん。六つ」
「六つ?」
「うん。
まずはリョウちゃんが言った
火の『大爆発を生む紅蓮の炎』、
水の『大洪水を齎す暴雨』でしょ?」
二本の指を曲げるフィアーナ。
「それから、氷の『全てを凍てつかせる猛吹雪』、
風の『全てを切り裂く暴風』、
土の『地形を歪ませる隕石』、
雷の『全てを貫き穿つ天雷』、
この六つだよ」
すべて言い切ると、フィアーナが開いた右手と指を一本立てた左手を見せてくる。
六つ全部使えるのか。さすが、真祖。
「そっか。もう一つ聞いていい?」
「うん。いいよ」
彼女は微笑んで頷いた。
「さっき、上陸するのに乗ったあの小舟みたいな黒いやつ。
あれ、なんなの?」
「あの子はシャドーサーヴァントだよ。
影を疑似生物にして使い魔として使役する魔術で、
私とルナさんだけが使えるものなの」
真祖固有スキルってやつか。
「あーあ。
フィアは世界トップクラスの強さになっちゃったし、
リョウタも無属性魔術で強くなっちゃったし、
頼れるお姉ちゃん感がなくなっちゃうなー」
「リルは最初から頼りないと思うけど……?」
クロネちゃん、言っちゃダメだよ。
そりゃリル姉は頼りなさげだけど。
「クロネが知らないだけだもん。
頼れるよねー? フィア」
「う、うん。頼れるよ。ね? リョウちゃん」
俺に振らないで。
「頼れるかどうかは分からないけど、
俺は頼りにしてたよ、ティリルお姉ちゃんのこと」
そう告げた瞬間、スカートの上から足の付け根を押さえ、俺から視線を逸らす彼女。
「お姉ちゃん呼びはダメだよ。
したくなっちゃうから」
「ご、ごめん」
「もうすぐで着きます。もう少しお待ちください」
御者台から声がかかる。
もうすぐか。でも、王城まではまだあるんだよな。
気まずいな。




