最上級水魔術と真祖固有能力を使ったファンタジックな上陸
「フィア、見て。
船が手に収まっちゃうくらい小さいよ」
「ほんとだ。小さいね」
フィアーナとティリルが後ろで盛り上がっている。
いや、フィアーナがハイテンションのティリルに付き合ってあげてるっていう感じだけど。
いつもなら聞き耳を立てて癒されるんだけど、今それどころじゃない。
セラが心配っていうこともあるけど、大部分を違う理由が占めている。
「クロネちゃん」
「なに?」
俺の方に向いて尋ねてくるクロネ。
「えっと、手握ってほしいなって」
「これでいいの?」
彼女が俺の左手を握って確認してくる。
「うん。ありがとう」
「これくらいのことでお礼を言わなくていい」
そう言うと、彼女が距離を詰め、肩がぶつかる程度になった。
「怖いの?」
後ろに聞こえないように尋ねてくるクロネ。
「なにが?」
「なにかは分からないけど、怖がってるのは分かる」
「そっか。うん、怖いんだ」
「なにが怖いの?」
「鬼」
「そう。でも大丈夫。
鬼族は鬼の特徴が少しあるだけで、
ほとんど人族と変わらないと思う。私みたいに。
それにリョウタの想像してるのは魔物の鬼だから」
「オーガってやつ?」
「オーガはゴブリンの進化体。
それとは別にいるの。すごく強いのが」
「ど、どこに?」
「山奥にしかいないから安心して」
「そっか」
それなら安心だな。
『リョウタ様』
しばらくすると、ユキが俺を呼ぶ。
「どうしたの?」
『もうすぐ着きそうなんですけど、どうしましょう?』
「どういうこと?」
『このまま行くと、迎撃されると思うんです』
ドラゴンが攻めてきたって思うもんな。
「でもユキに運んでもらう以外で、
島にたどり着く方法なんてない」
「個人個人で飛んでいけばいいと思うんだけど、
それはダメなんだ?」
ティリルがクロネに尋ねる。
「飛んでいったら騒ぎになる。
それ以前にリルは飛べないでしょ?」
「私、飛べるよ」
「どうやって? 俺みたいに魔力の翼で飛ぶの?」
「ううん。そうじゃなくてクシナダを使うんだー」
クロネが持ってるツクヨミの『加速』みたいに、クシナダにも飛行系の魔術が付与されてるのかな。
「そんなことより島にたどり着く方法を考えて。
みんなで考えないと出てこない」
「うーん。
やっぱり小舟探すしかないかな」
「小舟っぽく見えるのでもいい?」
フィアーナが聞いてくる。
「あるの?」
「うん。夜じゃないからずぶ濡れになっちゃうけど」
「どういうこと?」
「暗いところじゃないと出せないし、動かないから
魔術で雨雲を出して暗くするの。
魔術じゃ雨を降らす以外に雲を出すのはないでしょ?
だからずぶ濡れになるの」
なるほどな。
雲だけで出現させる魔術はないもんな。
「着替えがないし、魔術で乾かすって言っても
脱がなきゃ乾かせないし。
それも無理……」
「大丈夫だよー。
クシナダなら脱がなくても乾かせるから
フィアの案で上陸しようよ」
「分かった。クロネちゃんもそれでいい?」
「うん。それでいい」
「じゃあ、決まりだね。
それじゃあ、フィア。よろしく」
「うん。じゃあ、まずユキちゃん。
海面数センチのところまで高度を下げて」
『はい』
ユキはそうフィアーナに返事して、高度を下げた。
ユキが海面近くまで高度を落とした。
すると、フィアーナが立ち上がり、右手を天にかざすように伸ばした。
「我が魔力よ。巨大なる雨雲となりて、天に現れよ。
雨雲よ。激しい雷を伴い、
凶暴なる恵みをもたらせ。
そして、水で大地を埋め尽くし、悪しきものを駆逐せよ!
『大洪水を齎す暴雨』!」
フィアーナが魔術名を発した瞬間、天にかざした右手の前に出現している水色の魔法陣が強く輝いた。
あの魔法陣は詠唱の始めからずっと現れている。
魔法陣が強く輝いたと同時に暗くなる周囲。
数秒後、叩きつけるように降り出す激しく強い雨。
強い風が海を荒れさせ、上空でゴロゴロという音が鳴っている。
さすが、魔獣を倒したランクの魔術。
属性魔術最強レベルは伊達じゃないな。
フィアーナがなにかを呟いている。
小声だから、聞き取れない。
呟き終わると彼女は頷いて、左手を前に出した。
数秒後、周囲の空気が暖かくなってきた。
暖かくなると、左手を天にかざす彼女。
また数秒後、水色の魔法陣が消え、彼女は両手を下ろした。
そして、体の向きを変えて、右手を前に出し、詠唱し始めた。
「我、闇を統べる真祖なり。
我が作りし雨雲の影よ。
我が想像せしものとなり、現れよ。
『シャドーサーヴァント』」
詠唱し終わると、海面から黒に近い色の小舟が現れた。
「あれっ? この小舟、至って普通だよ。
ね? クロネ」
「瞳があるから普通じゃない」
ティリルに同意せず、逆に否定するクロネ。
いや、仲が悪いわけじゃない。
むしろ、仲はいい方だ。
ティリルは休憩とか言って、読書してるクロネに後ろから抱きつき、顎を彼女の頭に乗せる。
抱きつかれて、頭の上に顎を乗せられていても、クロネは嫌がる素振りもせず、読書を続ける。
「瞳? どこ?」
「あそこ」
クロネが海面を指差し、ティリルに教える。
彼女が指し示す場所に視線を向ける。
すると、赤く光る瞳が海面から出たり、隠れたりしていた。
その瞳は小舟の先が鼻のように見える部分にある。
海中にある小舟の底にはウミガメのような脚が見える。
「観察してないで、三人とも乗って」
フィアーナが催促してくる。
彼女は知らぬ間に小舟生物の上に乗っている。
「じゃあ、出発するよ?」
俺、クロネ、ティリルが乗り込むとフィアーナが告げてくる。
ユキは俺の中(俺の魔力でできた空間)に隠れている。
「うん」
「じゃあ、お願いね」
フィアーナが小舟生物を撫でて、そう言った。
すると、小舟生物が前に進み出した。
ーー
しばらくすると、港町が見えてきた。
遠くに大きな城が見える。
「そろそろいいかな」
フィアーナがそう呟いて、左手を前に出し、右手を天にかざした。
数秒後、空に鎮座していた雨雲が散って、青空に戻った。
「よし。お姉ちゃん、乾かしてあげて」
「分かった。ちょっと待ってねー」
そう告げて、ティリルは準備し始めた。
狭くて、後ろを向けないから準備としか言えない。
少しすると、彼女が詠唱を開始した。
「大天使が創造せし、翠風の銃よ。
温暖なる優しき風をもって、我が家族の衣を乾かせ。
『弾丸ーー風纏・熱』」
彼女が詠唱を終えた瞬間、温暖な心地よい風が体を包んだ。
「これで放っとけば乾くかんね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「三人が風邪引いたら可哀想だかんね。
して当然だよ」
「私は風邪引かないんだけどな」
フィアーナが独りごとのように呟いた。
真祖は風邪引かないんだな。
さすが、世界最強。