襲撃
王竜暦2988年、十月。
「よし、洗濯干し終わりっと。
今しなきゃダメなことは全部したから
リビングで休憩しよっかな。
あっ。ご飯作んないと」
私は一階のリビングに急ぎ気味で向かった。
ーー
「セラ、冷蔵庫の中、なに入ってたっけ?」
リビングに入って、セラに聞く。
けど、返事が聞こえない。
「トイレかな? まあいいや。
自分で確認して作ろっと……わっ!」
呟きながらキッチンに向かっていく途中で、ソファに何気なく視線を向けるとセラがいた。
彼女はソファの上で横になって眠っている。
「はぁ、びっくりしたぁ。
セラ、こんなとこで寝てたら風邪引いちゃうよ」
そう言って、体を揺する。
でも、セラはピクリともしない。
「セラ、セラ。ちっとも起きない。
どうやったら起きてくれる?」
ソファとテーブルの間にしゃがみ、彼女の顔を見つめて聞く。
だけど、眠ってるから答えてくれない。
当たり前だけど。
「ほんとに可愛いよね、セラって。
キスしたいくらい」
ちょっと待って。今、私なんて言った?
キスしたいとか言った気がする。
今の無意識だったんだけど。
「やばいなー。同性のセラにそんなこと思うなんて」
クリスが自分で書いた百合小説とか絵を見せてくるし、フィアとクロネがあの小説と同じことしてるの見ちゃったからだ。
「女の子同士なんてダメだって思ってるのに
すごいキスしたい。
してもいいよね?
セラは寝てるし、今ここには私しかいないし」
そう言って、顔を彼女の顔に近づけていく。
もう少しで唇が触れ合う瞬間、家を囲んでる結界が壊された。
その次の瞬間、二つの魔力反応が庭に侵入してくる。
これ、やばいやつだよね。
ソファはガラス割られたら危ないから離れないと。
そう思って、セラを抱え、ソファから離れる。
パリンッ!
離れた瞬間にガラスが割れる音がした。
ベランダの窓の方を見ると、ガラスが割れていて、その下の床にカーテンと割れたガラスのかけらが落ちていた。
こんな状況にした得物はソファに刺さっている。
その得物は先の方が鋭利に尖り、後ろの方には輪っかがついている。
「んぅ……リルお姉ちゃん?」
抱えてるセラが目を覚ました。
それと同時に割れた窓から黒い塊が二つ飛び込んできて、ソファの前にあるテーブルの上に着地した。
その二つの塊は黒い服を着た人間だった。
なんか戦いになりそうな気がする。
セラを抱えたままだと戦えない。
「後ろに隠れて」
セラを立たせながら、耳打ちする。
立った瞬間、セラは言った通りに私の後ろに隠れた。
「君たちは何者かな?」
二人を観察しながら尋ねる。
二人は獣族が着ているような服を着ている。
ノースリーブだし、丈が太ももの途中までしかないけど。
声が高めで、服の胸にあたるところが膨らんでるってことは女性かな。
あれ? でも、この服って胸の膨らみは分かんないはず。
クロネみたいに動きやすくするために、タオル抜いてるのかな?
「我々は鬼族の忍です。
用件があって参りました」
右のしのび? が答えた。
右しのびが答えると、左しのびが頷く。
鬼族って種族、なんか聞いた覚えがあるな。
ここ一ヶ月以内に。
「用があって来たのに、窓とカーテンをダメにして、
ベランダから入ってくるんだ?
やばいんだね、鬼族って」
「申し訳ありません。なにぶん忍なもので。
後ほど弁償いたしますので、
どうかお怒りを鎮めて頂けませんでしょうか?」
また左しのびが頷く。
この娘、頷いてばっかだね。
「分かったよ。怒りは鎮めるよ」
「ありがとうございます」
「それで、用件っていうのはなにかな?」
「答える前に確認させてください」
「確認? 必要なんだ?」
「ええ」
「必要なら仕方ないね。いいよ」
「ありがとうこざいます。
それでは早速、この家に母がエリーゼという鬼族の方は
住んでおられますでしょうか?」
お母さんがエリーゼっていう名前で鬼族。
それって……?
「住んでるもなにも私です、それ」
「ちょっ、セラ!?」
「なんで、びっくりしてるんですか?
私、リルお姉ちゃんに話しましたよ」
「そっちじゃないよ!
どうして敵かもしんない相手に答えてんの!」
「聞かれたから」
はぁ、ダメだ、この娘。いい娘すぎる。
「エリーゼ様によく似ていると思ってましたが、
やはりそうでしたか。
セラ様、私たちと鬼ヶ島に来ていただけませんか?」
「セラを連れていってどうする気?」
左手を伸ばし、セラを守るようにして、しのびたちに尋ねる。
「答えられません」
「答えられない理由で連れていくんだ?
じゃあ、セラは渡せないね」
「それなら力づくで奪うだけ」
「あまり気が乗りませんが仕方ありませんね」
頷いてばかりだった左しのび、右しのびの順に言い、背中に背負った刀を同時に引き抜いた。
「やっぱりこうなるか。クシナダ」
契約してる幻想武具の名を呟くと、両手に一丁ずつ拳銃が現れた。
銃口をしのび二人に向ける。
「なんですか? それは」
「この世界じゃないもんね、これ。
これがなにか教えたげる、実際に使ってね」
無口な左しのびに向けた拳銃の引き金を引いた。
タン!
破裂したような乾いた音が部屋に響くと同時に左しのびの頰に切り傷ができ、血が伝った。
「なんていう速度……!?」
血を指で拭いながら呟く左しのび。
すごく驚いてる。そりゃ驚くよね。
私も初めて撃ったときびっくりしたもん。
「どうかな? 諦めてくれる?」
「分かりました。戦うのは諦めます」
そう言うと右しのびは床に叩きつけるようになにかを投げた。
床に当たった瞬間、そのなにかから白い煙が吹き出し、目の前を一瞬で真っ白に包まれた。
白煙に包まれたと同時に左しのびの魔力反応が突っ込んでくる。
やばい。〈形態変化・剣銃〉。
キンッ!
構えた瞬間、クシナダの両端を結ぶように弧を描いている緑色の魔力刃と左しのびが持つ刀の刃がぶつかった。
「くっ、重っ」
そう呟きながら、防いでいない方の拳銃、その銃口を目の前にいる左しのびに向け……られない。
その拳銃に目を向ける。
すると、拳銃は彼女に掴まれ、銃口を逸らされていた。
「この武器は先端からなにかを射出して攻撃するもの。
その先端を向けられなければ、攻撃できない」
「あはは……バレちゃった」
「きゃっ」
セラの悲鳴が背後で聞こえた。
「セラ!」
振り返ろうとするけど、目の前にいるしのびが刀で攻撃して、邪魔してくる。
「邪魔しないで!」
「それには応じられない。
私たち鬼族には彼女が必要」
「なんのために必要なの!」
「私たちの未来。統べる者がいなくなって滅びる」
「は!? それとセラは関係ないでしょ!?」
「関係ある。王がーー」
「もう時間稼ぎは充分です!」
左しのびの話を右しのびが遮った。
「分かった」
そう返事し、左しのびは白煙の中へ消えた。
「リルお姉ちゃんっ!」
左しのびが消えた次の瞬間、セラの声が庭から聞こえた。
白煙の中、庭に出た。
でも、セラはもう見えない。
「セラーっ! 助けにいくかんねーっ!」
彼女の魔力反応がある方に叫んだ。