プロローグ
「はぁ、異世界転生して美少女に囲まれたい」
スマホの画面をスクロールしながら、独りごちた。
画面には小説投稿サイトのランキングが映っている。
俺はいつも辛い現実から逃れるために異世界転生モノの小説を読んでいる。
俺の身体には障がいがある。
小三からの付き合いだ。
小四の途中から車椅子になったため、小五から身体障がい者が通う小中高一貫校に転入した。
転入して二年後、中等部に上がった俺は初恋をした。
相手はその年に転入してきた同い年の女の子。
俺は一目惚れした。
色々話す内に、俺とその娘は仲良くなっていき、幸せな日々を送っていた。
だけど、その日々は続かなかった。
ある日のこと。
クラスメイトの男子に「あの娘、俺が好きなんだって」と言われた。
自分はかっこよくないと思っていたのもあって、信じてしまった。
この男子の勘違いだというのに。
そして、中三の秋くらいに、好きな娘が高等部へは進まず、普通の高校へ進むことになった。
彼女の介助する女教師に、彼女はいじめを受けていた。
それが原因だと思う。
そして、中等部三年の三学期。
俺はその娘と二人きりになった。
このときのことは今も鮮明に覚えている。
ーー
「リョウ君」
「えっ?」
彼女に名前を呼ばれて、驚いて、彼女の方を向く。
彼女は男の名前を呼ぶのが苦手だったから、驚いた。
「えっと、話したいことがあって。
聞いてもらっていいかな?」
「う、うん」
いくら彼女が違う男に好意を持っていても、俺の好きな女の子。
話せるのは嬉しかったから聞くことにして、返事した。
すると、彼女が口を開いた。
「信じてもらえないと思うけど、
わ、私、リョウ君のことが好きなの」
「えっ? あいつのことが好きなんじゃないの?」
「あの人は好きじゃなくて、相談しただけなの」
「相談?」
「私、リョウ君とけ、結婚できたらいいなって、思ってたの。
でも、お父さんにダメだって言われたの。
二人とも介助してもらわなきゃいけないのに、
どうするんだって」
「そ、そうなんだ」
めっちゃ嬉しい。
好きな女の子に結婚したいと思うくらい好かれて、嬉しくないわけがない。
「そのことをあの人に相談したの。
私、男子の名前呼ぶの苦手だから、誤解を招いちゃって。
その誤解を解くこともできなくて。
ごめんね」
「そうだったんだ。
その、マジで俺のこと好きなの?」
「うん。
リョウ君のこと、友達としても、
もうひとつの意味でも、好きだよ」
頰を赤らめながら、微笑んで、彼女は言った。
ーー
このときはまだ『俺が身体障がい者じゃなければよかったのにな』程度しか思っていなかった。
それから一年後、高等部一年(十六歳)のときに、大きい病気にかかった。
その病気は治ったけど、気を失うくらいひどかったから、一年中体調がすごく悪い体になった。
体が不自由で、少しの間しか座ってられないくらい体調が悪い。
こんなやつ、だれも付き合ってさえもくれないな。
俺は結婚も恋人もできずに寂しく死んでいくんだ。
そうこの頃から思い始め、今も思っている。
「ハーレムはいらないから、
記憶を持ったまま転生して、
可愛い女の子と幸せに暮らしたい」
温かいものが頰を伝う。
「また泣いちゃったな。
よし。異世界転生モノ読んで、気を紛らわせるか」
俺はスマホに映っているランキング上位の小説にアクセスした。
「なんか眠くなってきた。
いつも眠くなんないのに」
そう独りごちながら、スマホをスクロールしていく。
少しして、まぶたが勝手に閉じていき、俺は意識を手放した。
ーー
「リョウタ様、死なないでください!」
んぅ? 女の子?
まぶたを開けると、水色の髪、瞳をした二十代くらいの可愛い女の子が必死な表情をしながら、俺のお腹に手をかざしていた。
そのかざしている両手から淡い緑色の光が放たれている。
緑の光をあてて、なにしてるんだろ?
彼女に質問しようとすると、視界に血で濡れた手が入ってきた。
な、なんで血が!?
「リョウちゃん!」
「リョウタ!」
頭を向けている方向から、二人の女の子が俺の名前を呼んだ。
足音が近づいてきて、二人の女の子が視界に入り、水色髪の娘の反対側に腰を下ろした。
俺の頭に近い方から白髪赤眼の女の子、黒髪碧眼の女の子。
二人とも水色の娘と同い年くらい。
両方、好みだわ。
うん。これ夢だな。
「すごい怪我。……キ、なにがあったの?」
黒髪の娘が水色髪の娘に尋ねる。
「槍で貫かれたんです」
「自然治癒は発動しなかったの?」
「はい。
発動しなかったので、治癒をかけてるんですけど、
全然治らないんです」
「どうすれば、治りそう?」
白髪の娘が水色髪の娘に尋ねる。
「多分、彼を倒せば……」
「分かった」
そう返事して、立ち上がろうとする白髪の娘。
俺の手が彼女の手を掴み、邪魔をする。
「リョウちゃん?」
「行かないで」
「なんで? 倒せば、治るかもしれないんだよ?」
「治らない」
「なんで、そう言い切れるの?」
「なんとなく分かるから。
最期は大好きな……ナと……ネと一緒にいたいから、
行かないで。お願い」
「もう、……ネちゃんがいるのに。
リョウちゃんは、ほんとに我儘だね」
そう言って、俺の手を掴み、両手で握って、その場に腰を下ろした。
「……ネも握って」
「うん」
黒髪の娘が返事する。
白髪の娘が握っている手を俺の手の手首側に寄せた。
そうして出た俺の手の指先を両手で握る黒髪の娘。
改めて見ると、この二人、めちゃくちゃ可愛いな。
「どうしたの?」
黒髪の娘が尋ねてくる。
視界が左右に動く。
少し目の保養をしていると、だんだんとまぶたが落ち始めた。
くそっ。もう少し二人を見ていたいのに。
「ダメ! 目を瞑らないで!
リョウちゃんが死んだら、私たち生きていけないよ」
「そう! 私たちどうやって生きていけばいいの?」
「この戦いが終わったら、気が済むまでえっちしていいし、
私と……ネちゃん、二人一緒にさせてあげるから」
「そう。
私にしてほしいこと全部してあげる」
「「だから、死なないで!」」
こんな可愛い女の子二人が泣いて、お願いしてるのに、まぶたがどんどん落ちていく。
視界が動き、水色髪の娘を映した。
彼女も涙を流している。
握られていない方の手が伸びていき、彼女の涙を拭う。
そして、手が移動し、水色の髪を撫でた。
「……キ、好きだからね」
「私もっ、リョウタ様が好きですっ」
涙声で返してくる彼女。
すると、視界が縦に動いた。
多分、頷いたんだと思う。
視界が横に動き、二人を映す。
手も移動して、黒髪の娘、白髪の娘にも同じように涙を拭って、頭を撫でる。
「ごめん、二人とも。
もう耐えられないんだ。本当にごめんね」
そう謝った瞬間、むせて、血を吐いた。
「もういいっ。無理して、喋らないでっ」
黒髪の娘が言った。
「みんなといた時間、すげえ楽しかったし、
幸せだった」
「私もっ、幸せだったよっ」
白髪の娘の言葉に頷いて、答える俺。
「みんなには悪いと思うけど、
俺は……ナと……ネが一番好きだった。
今も一番好きだし、愛してる」
そう言うと、二人の瞳から大粒の涙が溢れ、スカートを濡らした。
「……ナ、……ネ。大好きだからね」
そう告げて、好みの二人を見ながら、俺は意識を手放した。