2月14日にまつわる都市伝説
第1話 社名に隠された真実
これは、僕のクラスの男子生徒、A君とB君とC君にまつわる話です。
三人は仲が良く、いつも一緒に遊んでいました。
2月14日のその日も、三人はA君の家に泊りがけで遊んでいたそうです。
そして夜も更けたころ、持ち寄ったお菓子を食べながら他愛もない話をしているときに、A君が唐突に「知ってるか?」と二人に聞いたそうです。
「何がだよ?」B君が聞き返すと、A君は、「今日ってバレンタインだろ? それにまつわる都市伝説さ」と。
それを聞いて「都市伝説?」とB君とC君は怪訝な顔をします。なんでもA君はバイトの先輩から一つの都市伝説を聞いたらしいのです。
・・・・・・・
「バレンタインの日に女性がチョコを男性に贈るのは日本独自の風習ってのは知ってるな?」
「ああ、有名な話だから」Cが頷きながら言うと、「確かお菓子メーカーが考えたんだっけ?」とBが続けた。
「そう、お菓子会社の戦略さ。広告などを巧みに使って広めたって話だ。だけどさ、それだけでここまで定着すると思うか?」
「まあ……言われて見れば確かに」
「だろ? ここからが聞いた都市伝説なんだけどさ。バレンタインデーの一週間前から売られる某有名メーカーのチョコには、とある薬が混ぜられているんだってよ」
「薬?」
「いわゆるホレ薬とか媚薬って言われているものらしい。だから、贈られたチョコを男性が食べると、その女性のことを好きになる。つまり、虜になるってわけだな」
「なんだその都市伝説。馬鹿馬鹿しい。なあ?」「うん」
「話の腰を折るなよ。まだ続きがあるんだから、最後まで聞けっての。その薬を混ぜてるのって、二つの有名メーカーらしいんだよ」
「どこの有名メーカーだよ、そんなヤバイ薬混ぜてるの」
「焦んなって。B、お前ゲームとか好きだろ?」
「まあな」
「だったらさ、魔法使いを他の呼び方で言うとなんになる?」
「魔法使い? ……だったら、Wizared、Sorcerer、Magician、Mage――っ!?」
指を折りながら名称を上げていたBが、何かに気付いたように目を見開いた。それは、隣で聞いていたCも同じ。
二人の顔色を見たAが、我が意を得たりと笑みを浮かべる。
「気付いたか? 古来より、人の心を虜にする薬を作るのは魔法使いと相場は決まっている。あの会社は、その末裔が作ったのさ」
「た、単なる偶然だろ、こんなの」
「じゃあ、これはどうだ? C、テロを反対から読んでみろ」
「テロ? ロテ……ロ、テ? ロッ――!?」
「そうだ。あの会社さ」
「待て待て待て! 意味が分からん!? バレンタインとテロがどうやったら繋がるんだよ!?」
「だってそうだろ? バレンタインはいわばテロなんだよ。いきなり女性にチョコを贈られて、告白される。男性からすれば、これはテロみたいなもんさ」
「た、確かに! バレンタインの日はいつ渡されるか分からないから、朝からソワソワしっぱしだもんな」「……そう言われてみれば、テロかも」
青ざめる二人に、Aは「だろ?」としたり顔で言ったあと、「まあ、都市伝説なんだけどな!」と笑った。
笑うAを見て、BとCの二人も、「そういやそうだった」と笑う。
ひとしきり笑ったあと、Aが「で、さ」と切り出すと、Cが「うん?」と聞き返した。
「そのメーカーのチョコなんだけど、お前達が来る前にコンビニで買ってきてたんだよ。ほら」
言って、後ろから三枚の板チョコを取り出し、床に置くA。
それは、魔法使いを意味する言葉と同じメーカーのチョコだった。
「おいおい、まさかこれを食おうってんじゃないだろうな?」嫌な予感を覚えたBが言うと、Aは「そのまさかさ」とニヤリと笑って言葉を続ける。
「本当に媚薬とかが入ってるんだったらさ、男しかいないこの状況だとシャレにならないだろ?」
「……想像したくもないな、ソレ」
「まあ、季節外れの肝試しと思ってさ。やってみようぜ」
乗り気ではない二人を見てとったAは率先してチョコを取り、その包み紙を剥がした。それを見た二人も観念したのか、渋々といった様子でチョコを取り、包み紙を剥がす。
「それじゃ、せーので食べるぞ?」Aが言うと、二人も「分かった」と頷く。
「せーっの!」
大きく口を開け、三人は同時にチョコに噛り付いた。
・・・・・・・
――その後、三人に何があったのかは分かりません。
ただ、その日を境に、A君とB君とC君はさらに仲良くなったのは事実です。
ええ、それはまるで、恋人のように。
あなたが今食べているチョコは、どこのメーカーですか?
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第2話 呪いの儀式
これは、二十年前――高校生だった僕と友人のAが体験した話です。
確か、日付は2月の14日だったと思います。
家が近いAとはいつも一緒に帰っていました。
その日は遅くまで学校に残っていたので、校門を出たのは六時を過ぎていました。
いつも通っている公園を歩いていると、Aが「そういやあの噂、お前聞いた?」と訊ねてきました。
Aの言う噂というのは、僕たちの男子校に古くから伝わる話で、内容は『特定の日に、女性が男性にチョコを渡す儀式』というものでした。
僕が知っていると答えると、Aはニヤリと笑って、
「その特定の日ってのが、今日らしいぜ?」
「らしいぜ? って言われてもなあ。そもそもその儀式って何の意味があるんだよ」
「さあ? チョコを貰ったりその儀式を見たら呪われるとか?」
「チョコを貰って呪われるとか、馬鹿馬鹿しい」
僕が言い返すと、Aも「だよなあ」と笑いました。
と、その時です――
Aが突然笑うのを止めたのは。そして、前を凝視しながら僕に言ったのです。
「お、おい、あれ――」
「うん?」
Aのただならぬ雰囲気に、僕も釣られるように前を見ると、そこには一組の男女がいました。
なんだ、ただのカップルじゃないかと思いましたが。
良く見ると、女性が男性に何か渡しているではありませんか!
僕ははっと息を呑みました。女性が渡しているのはチョコです。赤い紙で梱包されたチョコだったのです!
脳裏に甦ったのは、学校に伝わる噂話でした。
――特定の日に、女性が男性にチョコを渡す儀式。
目の前で行われているものこそ、それに違いありません。
そしてもう一つ思い出したのが、さきほどAの言った言葉です。
――チョコを貰ったりその儀式を見たら呪われるとか?
僕は蒼白になりました。
隣を見ると、Aの顔も血の気がありません。同じ事を思い出したのでしょう。
僕たちは歯をガチガチと鳴らしながら、カップルが立ち去るまで一歩も動けませんでした。
もちろん、カップルがいなくなった途端、僕たちは一目散に逃げましたよ。悲鳴を上げながらね。その日は一晩中、恐くて眠れませんでした。
……あれを、見たからでしょうか。
二十年経った今も、僕とAは独身のままです。
……呪い、なんでしょうか。
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第3話 贈り物
俺は作家なんだけどさ、話を書くために色んな取材をするわけ。
この話は、そんな取材の時に聞いた一つなんだけどね? まあ短い話だから聞いてってよ。
怪談とか都市伝説ってあるじゃん?
俺も次回作はそれを題材にした話を書こうと思ってさ、リアリティーを出すために体験談を集めてたわけよ。
そしてネットのサイトで見つけたのが、『2月14日に贈り物をする少女』ってやつ。
なんだこれって思って読んでみたら、どれも似たような話ばっかなのな。
話に共通するのは、2月14日に見知らぬ女性から包装されたチョコを貰うという事。時間や場所に共通点はないようだ。
けっこう見たって人が多くてさ。そのサイトにも書き込みがたくさんあった。
んで、運良くその書き込みをした一人に取材できることになったんだ。
向こうはあまり乗り気じゃなかったんだけど、俺、けっこう口うまいからさ。どうにか説得したわけよ。
取材を受けてくれた彼の名前は……Aで良いか。
なんでもAと仲の良かったBが、去年の2月14日に見知らぬ少女からチョコを貰ったらしい。それ以来、Bの様子はおかしくなったそうだ。
それを聞いた俺は俄然興味が出て、取材を申し込んだってわけだな。
取材場所はとある喫茶店に決まった。
そして取材当日。
待ち合わせの喫茶店に着くと、Aは先に来ていた。
見た感じ、礼儀正しい子だったよ。
俺が「それじゃ、今日はよろしく」って言ったら、「はい、こちらこそ宜しくおねがいします」ってきちんと頭下げたからね。敬語だったし。
軽く自己紹介したところ、Aは都内の高校に通う男子生徒らしい。
「さっそくだけど、話を聞かせてもらえるかな?」
「分かりました。あれは去年の今ごろ、2月14日のことでした――」
・・・・・・・
僕たちは同じ陸上部に所属していて、その日も朝錬のために早く学校に行きました。……あ、はい。一緒に登校しましたよ。駅で待ち合わせをするのがいつものことでしたので。
グラウンド横にある部室棟に向かっている時、僕はBに先日同じ部の先輩から聞いた都市伝説を話して聞かせたんです。
「先輩から聞いたんだけどさ、今日って見知らぬ女性からチョコを渡されたりするらしいよ」
「何だソレ?」
「良くわかんないけど、後ろから急に声をかけられてさ。振り向いたらそこには知らない女性が俯き加減で立ってるんだって」
「ふ~ん。それで?」
「その女性の頬はまるでリンゴみたいに真っ赤で、震える手でチョコが入った箱を渡してくるんだって言ってた」
「なんでチョコなんだよ」
「さあ? しかもこっちはその女性のことを知らないのに、向こうはこっちを知っているみたいで、名前を呼んで呼び止めるらしいよ」
「それは……ちょっと恐いな。で、貰ったらどうなるのさ」
「先輩がいうには、性格が豹変するとかしないとか」
「そこは曖昧なのかよ」
「都市伝説だからね」
「ならしょうがないな」
話はここでお終いとばかりに、僕たちは笑いあいました。
だけど、
僕たちの笑いが凍りついたのは、次の瞬間でした。
後ろから声をかけられたのです。……ええ、女性にです。
「あの、B……先輩」と。
心臓が止まるようでした。あんな話をした後でしたからね。まさかと。
だけど、そんなわけあるわけないとすぐに思い直しました。だって都市伝説ですよ?
Bもそう思ったんだと思います。すぐに……とはいきませんでしたが、僕たちはゆっくりと振り向きました。
どうせいるのは部のマネージャーか後輩の女子だろうと。
だけど、そこにいたのは――
全然知らない女子だったのです。
俯き加減でBを見る女性。頬は真っ赤でした。まるで先輩から聞いた通りです。
恐らく、その時の僕らの顔は蒼白だったと思います。足が震えていたのを覚えてますよ。
見知らぬ女性は震える僕らを無視して、震える手でそっと何かをBに差し出しました。
それは――包装されたチョコレートだったのです。
「よければ、その、受け取ってください」との、言葉を添えて。
・・・・・・・
「――それで、B君はチョコを?」
「ええ、受け取りました」
「それからは? 君が先輩から聞いた都市伝説だと、チョコを受け取ったら性格が豹変するんだよね?」
「その日は何もありませんでしたが、次の日から、少しずつBの様子がおかしくなっていきました」
「どんな風に?」
「それまではよく、僕と陸上の話をしていたんですが、あの日以降はあの女性の話しかしなくなりました。付き合いもだんだんと悪くなっていきましたし、部活にも顔を見せない日が多くなっていきました。だから僕、何をしているのか聞いてみたんです」
「それで、B君はなんて?」
「あの女性と遊んでるって。まるで取り憑かれたように夢中で言ってました」
「取り憑かれって……それで、B君とは今?」
「今じゃ全然話もしないですよ。アイツ、部活も辞めてしまいましたから。……あの、もういいですか? あまりこの話、したくないんです」
「あ、ああ。悪いね、無理言って」
「いえ。それじゃ」
そう言って、Aは喫茶店を出て行った。
結論から言えば、都市伝説は実在したわけだな。
まあ、Aが嘘を吐いている可能性もあるけどさ。作家の俺としては話のネタになればどっちでもいいんだけど。
だけど、もしAの話が本当だったとしたら、Bは今ごろどうなっているんだろうね。
そこは俄然、気になる。
あんたも気になるだろ?
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最後に、あなたがこの様な都市伝説に遭遇しないための術をお教えしましょう。
その術とは――
一日中、部屋に引き篭もるのです。
そうすれば、見知らぬ女性にチョコを贈られたり、チョコを贈る呪いの儀式を目撃することもありえません。
今年の2月14日はちょうど日曜日。
学生のみなさんも心置きなく引き篭もれますね。
社会人の方は、有給休暇を取って引き篭もりましょう。
これで安心ですね!
っていう話を思いつきましてね、 一気に書き上げてみました。