80.5話 異変
今回の他者視点は社長さんです。二章でヘイト君の相手をした受付嬢さんですね。
誰? って思われた方、そのリアクションは正しいです。
「……ということは、まだ原因はわからない、ということかね?」
「はい。職員はもちろんのこと、一部の冒険者さんにも手伝っていただいてはいるのですが、全く」
「くそっ! 一体、何がどうなっているんだ! レイトノルフは!?」
ここ最近、支部長からよく浴びせられるようになった悪態に、私まで暗鬱とした気分になる。
「引き続き、こちらの方でも調査を続けますが、なにぶん手がかりがない状態ですと、詳細を突き止めるまでにはかなりの時間がかかるかと」
「頼むぞ、ターナ君! 我がレイトノルフ支部のエースだけが頼りなのだ!!」
「…………失礼します」
安易に頷けば責任を擦り付けられそうな気がして、さっさと頭を下げて支部長室から退室した。
「危ないんだったら、支部長も少しは調べてくれたっていいのに。私よりも仕事量が少なくて、ちょくちょくサボって飲み歩いてるの、こっちは知ってるんだからね……」
人がいない支部の二階から一階へ移動するさなか、すっごい小さな声で支部長のグチをこぼす。
本人に直接言いたいところだけど、支部長と平社員じゃ立場が違う。一般職員への人事権も握っている支部長に、真っ向から立ち向かう勇気はない。
「…………はぁ」
支部長への鬱憤もあるが、それ以上の問題を前にして自然と漏れるため息。ここ二ヶ月で起こった様々な出来事に、冒険者協会レイトノルフ支部は頭を悩ませていた。
私は元々冒険者だった。生まれてすぐに魔法スキルが発現し、耳にする噂から冒険者として働けば、平民よりもいい生活が出来るかも? なんて甘いことを考えて、家を飛び出したのが十代の頃。
でも、冒険者は思っていた環境とは違い、特に女性が少ないこともあって性差での苦労がかなり多かった。
それ以上に、身銭を稼ぐために引き受ける依頼で、毎日のように顔をつきあわせる魔物との戦いに疲れ果て、次第に冒険者に限界を感じた。
そうしたグチを受付でこぼしたところ、登録時に担当してもらった子から冒険者協会の職員として誘われて、それもいいかなと思ったのが二十歳の時。
冒険者時代の依頼評価がそこそこ高いこともあって、採用もあっさり決まり、レイトノルフ支部の受付嬢として働き出して数年が経過した。
最初は見よう見まねで仕事を覚えることに必死だったけど、どんな仕事でも時間が経てば慣れてくるもの。
徐々に担当冒険者の依頼達成率が上昇し、営業成績が上がっていったこともあり、今では現場と上司との中間管理業務も兼任するようになった。
よく上司へ申告するのは、現場で生じた問題の相談や、依頼で生じた報告書の提出など。後は上司から簡単な指示をもらって一般職員に通達する、という伝言板のような仕事だ。
正直誰でも出来る仕事だし、担当冒険者が多い私にはもっと事務手続きに使う時間を増やして欲しいと思う。
自分で言うのもなんだが、容姿が整っていて男性に人気がある私は、冒険者登録でも依頼受注でもかなりの人数が列に並ぶ。
それを短時間で全員捌くのは、現役冒険者だった頃よりも過酷だと断言できる。たとえ給料がよくても、人生が仕事に圧迫されすぎていて、使う機会もない。
受付業務の給与体系は、平等に支払われる固定給の他に、どれだけ冒険者協会に利益をもたらしたか、という貢献度から能力給がプラスされる仕組みだ。
毎日のように冒険者の人たちが私のいる受付に並び、達成手続きをしてくれるおかげで、私の場合だと能力給が固定給をはるかに上回っている。
そういう意味でも、私はレイトノルフ支部の同僚たちからエース扱いされている。日々の業務に忙殺されていただけだから、皮肉にしか聞こえないけどね。
少しでも疲れたとグチをこぼしたり、ため息なんて吐こうものなら、やっかみで嫌味を言う同僚もいるが、出来ることなら代わって欲しい。
私は冒険者時代『魔法師』だった。最高で『赤鬼』級だった私は、毎日のように依頼でかけずり回り、一般人と比べれば確かに体力はそれなりにある。
が、ステータスは所詮魔法師のそれ。戦士系職業の人たちと比べればか弱いものだし、数値上でも一般人より多少高い値でしかない。
魔法を除けば一般人に毛が生えた程度の能力でしかない私に、一般人が倒れるレベルの仕事量をこなせばどうなるか、火を見るより明らかだ。
毎日山のようにたまる書類整理は、もう事務処理能力よりも気力や体力が試される仕事だと思う。紙束の山が十を越えると、どんだけ重いと思ってるんだ?
それを休日返上でこなす私、超偉い。そろそろ給料よりも休みが欲しい。
まあ、魔法師の技能が、冒険者協会の職員に全く無関係、というわけでもないんだけど。
私は水属性魔法に適正があり、多少の治療系魔法も使えるから、激務で死にそうになった時はよく気付けに使っている。そのおかげで、同僚から『五徹のターナ』という不名誉な二つ名を与えられたこともあったが。
他には、公共事業である下水の浄水処理を手伝ったりしている。あれは悪臭に耐えれば、書類仕事から逃げる口実に使え、体を休めることが出来る楽な仕事だ。魔法適正のありがたみを毎回感じることが出来る。
こうした魔法スキルの仕事活用や、真面目な勤務態度を評価されてエースなどと言われるようになった。
また、そうした社内評価が本部にも伝わったため、私に栄転の話が舞い込んできた。
次の就職予定先は、なんと王都アクセム。多少賑わいがあるとはいえ、辺境支部の職員からしたら、間違いなく大出世だろう。
支部のみんなも大変僻んでくれて、次の職場にも適応できるようにと腹いせに仕事を優先的に回してくれるのだ。
実に同僚思いで(ある意味)気持ちのいい職場である。おかげでおよそ半年間、連勤無休の無遅刻無欠席に加えて残業マシマシだ。私の休みを返せ。
そんな背景と肩書きが原因で、私は直接の上司から支部長との連絡係という面倒な仕事を押しつけられている。
元々「やれ」と言われれば「いやです」と言えない性格だったのが悪かった。顔で笑って心で大号泣しながら引き受けちゃったよ。
……ああ、これも単なるグチだな。
現実逃避と恨み節は、そろそろやめておこう。
今直面している問題は、どれもこれもかなり深刻なんだから。
「戻ったけど、どう? 進展はあった?」
「さっぱり。追加でもう何十人と冒険者の人が動いてるけど、情報ゼロってどういうことよ?」
「……そっかぁ。それは私も聞きたいよ」
支部長の「お前ら何とかしろ」というざっくりした指示を上司に伝え、受付に戻って隣の同僚に経過を聞くも、相変わらずだったようだ。
私たちレイトノルフ支部が抱えている問題は、大きく二つ。
一つは、レイトノルフ付近から取れるダンジョン資源の流通価格の下落。
具体的には『代謝草』、『魔源草』、『剛力の種』、『剛体の種』、『流魔の種』、『飛脚の種』といった、回復ポーションや強化ポーションの原料だ。
これらのアイテム自体は、他の地域にあるダンジョンでも採取することは出来る。最低でも『黒鬼』級の、森林や山をベースにしたダンジョンに限られるけど。
土地の気候や季節に関係なく、一定の環境が整ったダンジョン内で取れるものだし、冒険者の実力さえあれば採取は可能だ。
それに、数年前の旧イガルト王国襲撃事件により、ポーション類の原料となるアイテムの需要は高まっていて売値も上がっている。
そんな中で価格が下がったということは、単純に考えるとアイテムの供給量が増えたことになる。
偶然、同時期に何人もの冒険者がダンジョンで収穫し、大量に出回ったということも考えられるから、これだけならレイトノルフに関係はない。
じゃあ、どうしてそれが私たちの支部の問題なのかというと、ダンジョン資源と同時期に『餓狼の森山』でしか採れない希少な山菜やキノコなども、多く流通するようになったからだ。
ダンジョン資源は同系統であれば採取は可能だが、実はダンジョン内における普通の植物の植生はまるっきり異なっている。特に、珍味扱いされる希少な食材になると、特定のダンジョンでしか採れないという物が多い。
つまり、それらが冒険者協会の管理外で流通するということは、レイトノルフ支部を利用する冒険者が協会規約に抵触した可能性が高くなる。
幸い、不正流通の規模そのものは小さく、市場価格が一気に変動したというわけでもなかったため、世界経済への影響力は低いと本部からは結論づけられた。
が、だからといって放置するわけにはいかない。最悪の場合、はるか昔に実在した『魔物暴動』という大災害を引き起こすかもしれないのだ。すぐに冒険者協会から調査依頼を発注し、冒険者の人たちの力を借りた。
すると、一ヶ月と経たない内に販売元は判明した。それは、レイトノルフの大通りを長年占領していた、露天商の一団だった。
彼らの動きは、調査を意識するとすぐに目立ったらしい。毎日のように道路に居座っていた彼らが、ピタリと姿を見せなくなっていたのだから、当然か。
冒険者たちは彼らが怪しいと踏んで動向を追跡していくと、疑惑はどんどん深まっていった。店を開く時間帯が夜明け前の数時間だけで、店じまいをするとすぐに他の町へと出払っていくことを、毎日のように続けていた。
さらに露天商たちを尾行していくと、案の定ダンジョンでしか取れない資源を商品とし、違法取引をしている現場が確認され、多くが現行犯で捕縛された。
そうして露天商は捕まえることが出来たのだが、彼らにダンジョン資源を提供していた元凶の正体は、結局わからずじまいだった。
露天商を監視していた冒険者たちは、彼らに接触した人物を『見ておらず』、露天商たちも元凶については『普通な奴』としか言わず、口を閉ざしたまま。
一部の露天商を泳がせて数週間の囮捜査も実行したが結局見つからず、無駄だと悟って全員捕まえてしまった。
販路を断てば別の商会に顔を出すかもしれない、と目論んでいたんだけど、それから一切怪しい動きをする商人もいなくなった。
どうやら、完全に行方をくらましてしまったらしい。その後も黒幕の人物像は全く掴めないまま、捜査は難航している。
「……あと、もう一つの件は?」
「…………そっちもさっぱり。表面的にはいいことだから、大っぴらに調べられないでしょ? これに関しては冒険者に頼れないし、内部調査にも限界があるわよ」
「だよね、わかってた」
また、期待してなかったけど小声でもう一つの問題についても聞いてみたけど、やっぱり原因はわからないままだったようだ。
もう一つの問題、というか不審な出来事は、短期間で冒険者のランクが急激に上がったこと。
先ほど隣の同僚も言ったように、事実だけを見れば冒険者の質が高まったことの証拠だから、いいことだ。
が、彼らの昇格は、冒険者協会からしたら腑に落ちない点が多すぎた。
まず、ランクが上がった冒険者たちは全員、素行があまりよくないことで有名だったこと。
協会は冒険者の依頼に取り組む姿勢も評価対象とし、依頼終了後に依頼者へアンケートを取っている。それは冒険者にはわからないよう、依頼書に書き込んでもらうのだが、その評価がすこぶる低い人たちばかりが昇格を果たしたのだ。
次におかしいのが、ランクの上げ方。
冒険者ランクは主に、依頼達成数、達成率、依頼者から集められた人物像、そして討伐した魔物素材の納品で、評価が決められる。
達成数や達成率は言わずもがな、人物評価は協会の顔としての品性も必要という判断、魔物素材の納品は討伐された魔物のランクによって冒険者の実力がわかる。
強さの基準ならステータスがある、と思うだろうがそれは参考にならない。ステータスは特定のスキルや、希少でとても高価な魔導具でしか確認できず、登録時の数値が正確とは限らないからだ。
新規登録者が嘘を吐いていなかったとしても、それは何年前に測定したものかもわからないし、記憶違いをしている可能性もある。
当然、正確な値を知っていて虚偽の報告をする人もいるので、自己申告ほどあてにならないものはない。
そんな冒険者の不明確な『強さ』の指標を間接的に計測できるのが、倒した魔物の強さだ。討伐証明部位や素材の大きさや魔力量を調べることで、その個体がどれほどのランクなのかがわかるのだ。
ここで話を今回の問題に戻すと。
素行の悪い彼らがランクを上げた方法が、魔物素材の納品だった。共通して彼らが持ち寄った魔物は『餓狼の森山』に生息する種類で、以前の評価からして彼らでは到底倒せるはずのない魔物ばかりだった。
しかも、おかしいという疑惑がかかった素材は皆、あり得ないほど『きれい』すぎた。
もちろん、素材を持ってきた冒険者の解体方法で品質は上下していたのだけど、まるで『魔物一体分の素材を、まるまる無傷で剥ぎ取った』様な、冒険者の納品する魔物素材では不可能な状態なのがすぐにわかった。
協会としては怪しすぎる納品であり、買い取りを受理するか本部とも相談したほどだ。
協議の結果、一応受理は認められたが、納品にきた冒険者たちの調査を依頼された。
それがレイトノルフの抱えるもう一つの大問題であり、私たちが躍起になっている案件だった。
「あ、でも気になることはあるわよ」
「何?」
「ちょっと前から、調査対象だった冒険者の一部が音信不通なのよ。ターナは何か知らない?」
「……そういえば、しばらく見てないかも」
同僚の話から、ここ最近の依頼受注者と達成者の名簿を閲覧する。確かに調査対象となっていた人たちは来ておらず、最後に来たのは半月も前だった。
今日は三月の頭だ。
調査対象のランクがほぼ『黒鬼』級だったとしても、半月も依頼を受けずにブラブラしていたらお金なんてとっくになくなっているはず。
「もしかして、協会の動きを察知して、一斉に別の町へ……?」
「彼らが? あると思う?」
「…………うん、ないわね」
こちらの内部調査がバレたのかと思ったが、同僚の半笑いな否定で私も調査対象者たちの情報を思い出す。
基本情報として彼らの大まかなパーソナルデータは頭に入っているが、推定の実力はともかく、彼らの中にはお世辞にも勘が良かったり、頭の回転が速かったりすると断言できる人はいなかった。
それに、不在が確認されたのは複数の冒険者。こんなことを言ってはあれだが、共通した利益・不利益があるとはいえ、彼らが他の冒険者と協力できる性格だとは思えない。
もし協会の動きが気取られていたとしたら、誰かに教えることなく一人で逃げ出すような人たちばかりだ。
となると。
(集団で、失踪?)
自らの意志ではなく、レイトノルフに戻れなくなった事件が発生した、ということはないだろうか?
私は改めて依頼受注名簿を確認し、いなくなったとされる冒険者たちが最後に受注した依頼を確認する。
(……う~ん、これといって共通点は、ないなぁ)
最後に達成した依頼を見る限り、種類も難易度もバラバラで、特に不自然な点はない。
気になると言えば、達成時期が半月前にほぼ統一されていることだが、冒険者は頻繁に依頼を受ける職業だから、この時期から拠点を移したと言われればさほど違和感はない。
「たっ、大変だぁ!!」
わからないことだらけだ、と思って名簿をしまった直後、一人の男性が支部の扉を乱暴に開け放った。
ちょうどお昼時だったため、職員だけでなく併設の酒場で軽食を取っていた冒険者たちも、視線を男性へと集中させた。
「ど、どうされましたか?」
「き、北の空からデケェ魔物が大群で飛んできてる!! 遠くから見ただけだったが、ありゃドラゴンだ!!」
職員の一人が慌てて男性に駆け寄ると、彼は職員に構うことなく大声を出した。
改めて見ると、その男性も冒険者のようで安物の武具を身につけている。依頼の帰りだったのだろうか、着衣はよれていて汚れも目立つ。
肩で息をし、目が血走って怯えきっている表情は真剣そのもの。見る限り、質の悪いいたずらの類ではなさそうに感じる。
「はぁ!? ドラゴンだぁ!? この町にそんな化け物が来るわけねぇだろ!?」
「デカい鳥の魔物と見間違えたんじゃねぇのか!?」
が、やはり話の内容が内容だからか。酒場の冒険者は彼の警告を一笑に付すばかり。誰一人まともに取り合おうともしない。
「本当だ!! 俺はまだ『黄鬼』級の下っ端だが、ドラゴンと鳥を間違えるほど馬鹿じゃねぇよ!!」
切々と訴える彼だったが、必死さが滑稽に映ったのか他の冒険者は笑い声を強めて食事に戻ってしまう。
「……ねぇ? 協会支部には『魔物暴動』の警戒用に、周辺の魔力反応を感知する魔導具があったわよね?」
「え? うん、確かにあったけど、……まさか使うの?」
「冗談だったらそれでいいけど、本当だったら大問題よ。それとも、実際に魔物に襲撃されるまで何もしなかった、なんて知られたら責任取れる?」
「わ、わかった」
ずっと危機を訴えかける彼の姿に胸騒ぎがした私は、同僚に広域の魔力を感知出来る魔導具を取りに行ってもらった。魔力を込めれば、込めた分だけ広範囲の魔力反応を捕捉してくれる優れ物だ。
職員の中で一番魔力量が多いのは私だから発動も私がやるとして、彼の話の信憑性について考える。
ドラゴン。
誰もが知っている魔物にして、誰もが遭遇したことなんてない、魔物の頂点の一角。
弱い種でも『英雄』級の力を持つとされ、強さの上限は人間の理解できない領域にまで平気で達する、伝説上の怪物。
協会で把握している分でも、一部の超高ランクダンジョンのボスがドラゴンだったというくらい。大群で押し寄せられるほどの個体数があるなんて、確認されたことはない。
常識的に考えれば、ドラゴンが群を成して町を襲うなんて、おとぎ話の一節でしかない。
でも、だからこそ何の確信もなくドラゴンの存在を挙げ、騒ぎを起こすような真似をするだろうか?
「ターナ、持ってきたよ」
「貸して」
程なくして戻ってきた同僚の手から水晶型の魔導具を奪い取り、私は言いしれぬ焦燥を晴らそうと、最初から多めの魔力を注いだ。
頭の中にレイトノルフ住民の魔力反応が多数出現し、すぐに範囲は広げられる。
そして、証言通り北方向へ意識を集中させると…………っ!?
「緊急警報っ!! 災害クラスの魔力反応を多数確認っ!! 進路はまっすぐレイトノルフに向かってるわ!! 住民には避難勧告、冒険者たちは緊急召集で支部に集めて!!」
「え? あ、ええ?」
「早く!! 死にたいの!?」
「は、はいっ!!」
返答など待ってられず、同僚へ一方的に指示をまくし立てた私は、入り口にいた彼へとすぐさま駆け寄った。
同僚たちは突然叫びだした私に困惑しながらも指示に従い、冒険者たちは怪訝そうな顔で視線を向けていた。
「あなた、本当にドラゴンを見たのよね!?」
「あ、ああ!! 本当だって!!」
「なら、他に特徴は!? 体表の色、翼の数や形、尻尾の長さとか、何でもいいから特徴は覚えてないの!?」
「さ、さすがに、そこまでは。ドラゴンの影がわかる程度の距離で、細かい特徴までは……」
つまり、敵の情報はほぼなし。
盛大に舌打ちしたい気分だが、そんなことをする時間さえ惜しい。
今は一人でも多くの命を救うために動くことを考えないと!
「ターナちゃん? さっきから何を騒いでんだ?」
「言ったでしょ!? レイトノルフから見て北の方角から、多数の魔物と思わしき魔力反応を察知したの!! 魔力の大きさからして、最低でも『神人』級の水準を軽く超えてる化け物ばっかりが!!」
『なっ!?』
まだ呑気に食事していた冒険者たちに苛立ちを隠せず、営業中の丁寧口調をかなぐり捨ててまくし立てた。
それくらい私に余裕がなかったからでもあるが、ようやく事態の深刻さを理解し彼らはイスを蹴倒して立ち上がる。
「移動速度や魔力量からして、証言通り飛竜種のドラゴンである可能性は高いわ!! あと一時間もしない内に、ここは襲撃を受けるはず!! 冒険者の人たちは、今から協会の指示に従ってもらうから!!」
「ちょ、ちょっと待てよ!! そんな化け物と戦わせるつもりか!?」
緊急時対策マニュアル通りに指示を出していると、冒険者の一人が詰め寄ってきた。
協会で不審なランクアップを果たし、この間『黒鬼』級に昇格した監視対象のハクスさんだ。
「倒せるとは思っていないけど、ハクスさんも『黒鬼』級冒険者でしょう!? レイトノルフ住民の保護、避難時の護衛、魔物たちの気を引く囮など、やることはいくらでもあるわ!! 非常時における指示系統も、協会規約に載っていたでしょう!?」
「そ、そんなの出来るわけねぇだろ!? 俺が『黒鬼』級になれたのは、『餓狼の森山』に無傷で死んでる魔物の死骸がある、って噂を聞いて、実際に放置されてた魔物の死骸から素材を解体しただけなんだからよぉ!?」
「な、んですって……!?」
この土壇場で耳を疑う自白をしたハクスさんに続いて、この場にいた他の『黒鬼』級冒険者たちも同意して喚きだした。
つまり、この人たちは戦わずして得た魔物の素材を、さも自分たちが倒したかのように偽ってランク昇格に利用した、ということ。
おそらく、私たちが怪しいと睨んでいた冒険者たちすべて、その『放置されていた死体』の噂を聞き、協会に虚偽報告をしていたのだとしたら。
…………今、レイトノルフにいる『黒鬼』級冒険者の一部は、実際にはそれ以下の強さでしかない、っていうこと!?
「それでもっ!! 協会の指示に従いなさいっ!! でなければ、冒険者資格を永久剥奪するからね!! 無視して逃げても、緊急警報を出した時点で国内の支部にはレイトノルフの現状が知られているから、他の町に行ったら規約を無視して逃げたのなんてすぐにわかるのよ!! 覚悟決めなさい!!」
「そ、そんな……」
恫喝に近い声でハクスさんたちを睨むと、『黒鬼』級とは思えない怯えた表情で立ちすくんでいた。
くそっ!! 最悪の事態が起こった時に、最悪の事実が判明するなんて、タイミングが悪すぎる!!
とにかく、何とかして被害を最小限に防がないと!!
「急ぐわよ!! 敵はすぐそこまで来てるんだから!! ぼさっとしてると、逃げ遅れて死ぬだけなんだか……」
さらに指示を飛ばそうとした、その時。
「ぁ」
言葉が、出なくなった。
一瞬、耳が壊れるかと思うくらいの爆発音がしたかと思うと。
知らぬ間に、冒険者協会の建物が吹き飛んでいて。
衝撃で吹き飛ばされ、気がつくと仰向きで倒れて青空を見上げていて。
私の、目線の先には。
いっそ美しいと思えるほどの、翼を広げた絶望の雄姿が、はっきりとあったんだ。
ちなみに、ターナこと社長さんは『赤鬼』級の中では中位に近い下位、ってところですので、実力はあまり高くありません。そして、作者もこんな苦労性なキャラになるとは思ってませんでした。
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名前:ターナ
LV:35
種族:ナシア人
適正職業:水魔法師
状態:健常
生命力:70/70
魔力:250/250
筋力:20
耐久力:10
知力:70
俊敏:15
運:70
保有スキル
『水属性魔法LV5』『不眠LV5』
「風魔法LV5」「魔力循環LV5」「接客LV2」「魔力視LV2」
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