表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/165

80話 忠告

 さて。時間が経つのは早いもの。


 ゴブリン幼体との交流、毒虫プールの遊泳、ドキドキ☆盲目かくれんぼ、希少な高ランク魔物との出会いと、様々なアトラクションと豪華キャストを集めた深夜のダンジョンツアーも、そろそろ終わりが見えてきた。


『猿王の森』ではゴブリンたちが参加者を美味しく食べ尽くし、満足げな様子で眠りについている。非人道的な行為だったことに目を(つむ)れば、幼い命の空腹を満たした充足感がないでもない。


蠱毒(こどく)坩堝(るつぼ)』では普通の刺激では満足できなくなっていた加虐嗜好者(サディスト)たちが、泣き叫ぶほど喜んでくれた。あそこまでオーバーなリアクションをしてくれると、スタッフ(どくむし)たちも誇らしいだろう。


『無明の(うろ)』では真っ暗な洞窟内に響きわたる悲鳴がアクセントとなり、血()き肉踊り興奮冷めやらぬ宴となった。ただ、ちょっとはしゃぎすぎた参加者たちは一様に地べたでぐったりしており、長い長い睡眠を魔物とともに過ごしている。


 そして、夜明けが近づいた『餓狼(がろう)森山(しんざん)』では。


「お疲れ~。……あーあー、こりゃまた随分と散らかしちまってまぁ」


 個人的にスキルレベル上げに協力してくれた魔物たちの山を放置し、ツアー参加者たちの元に戻ってみると、『刺激的! ビフォー・スプラッター』な感じになっていた。


 いつ終わったのかはわからねぇが、成体のグラトニーウルフこと餓狼先生とは別にちっさい子どもの狼魔物がちらほら見られた。


 死体は残さず食べ尽くしたらしく、辺りには大量の血の赤がぶちまけられている。見る限り人骨らしき残骸もなかったことから、文字通り骨の(ずい)までかじり尽くされたんだろう。


 お、向こうじゃスラムボスの頭を転がして遊んでる子狼がいるな。親から一体につき一個与えられていた生首ボールの表情は、すべて絶望で歪んだまま固まっている。


 子狼はそんな生首に遠慮なく爪や牙を突き立て、転がしたり叩きつけたり引きずったりして遊んでいる。時々ボールから中身が漏れ出しているのはご愛嬌(あいきょう)だろう。やんちゃ盛りでいたずら好きな子どもばかりで、子育ては大変そうだ。


 こうして見ると、魔物であってもガキはガキなんだな。サファリパークで遭遇した猛獣の子どもを見ているような、ちょっとほっこりする光景だ。遊び道具(なまくびボール)がすべてを台無しにしている感があるが、おおむね無視できるだろう。


「グルルルルル」


 動物好きの血が騒ぎ、ちょっと触りたくなってきたところで、餓狼先生から威嚇の声が漏れだした。


 不穏な空気を敏感に察知し、牽制されちまったらしい。親からNGが出ちまったら、こっちとしても諦めざるを得ない。


 ちょっとの間、両手をワキワキさせた手慰みで自分の欲求を抑えつつ、子狼たちの兄弟同士のじゃれ合いを見つめていた。


 あ~、癒されるわ~。どうせなら魔物テイム系のチートスキルでもよかったな~。【普通】は強力だけど、癖が強すぎるし。


「『……俺はそろそろ帰る。が、その前に一つだけ、言っておくぞ?』」


 ちょっと(すさ)み気味だった心を子狼の視姦(しかん)で癒した後、視線そのままに餓狼先生へと声をかけた。


 ウルフ系魔物のみに伝わるうなり声の言語を用いた俺に、鋭い視線を向けた餓狼先生。こちらの話を聞く姿勢を取るものの、いつでもこちらを殺せるように適度に力を込め、隙を(うかが)ってはいるが。


「『お前、長い間このねぐらに人間が来てねぇからって、中層以下の魔物をずっと放置してただろ? 二ヶ月前、俺がここに入った瞬間感じた気配は、ほとんどダンジョンの収容限界ギリギリだったぞ?』」


 俺が『副業』でダンジョンに入ると決めた後、『餓狼の森山』を主な狩り場に選んだ理由は、高ランクダンジョンで人気(ひとけ)が少なかったからじゃねぇ。


 一番の理由は、『餓狼の森山』内で繁殖した魔物の数が、ダンジョン収容限界を超えつつあり、個体数を減らす必要があったからだ。


 原因は、レイトノルフを含む近隣の町を拠点とする冒険者の質が低下し、魔物が間引きされなかったため。


 前に説明した『魔物暴動(スタンピード)』の引き金がダンジョンの放置だったが、『餓狼の森山』もその状態に陥っていた。


 しかも、俺が来たときにはすでに中・下層は飽和寸前で、いつ小規模な『魔物暴動(スタンピード)』が起きていてもおかしくなかった。


 そして、そうなっていた場合、一番被害が大きくなっていたと想定されるのが、レイトノルフ。


 俺の、『日本人』の足で三十分程度で到着しちまうほど近い位置にある、『トスエル』のある町だ。


「『もし、魔物がダンジョンからあふれ、俺がいる町を襲撃していた場合、どうなってたと思う?』」


 未だ威嚇の声を引っ込めない餓狼先生に、俺は明確な脅迫を《精神支配》に込め、笑った。


「『たくさんの命が消えただろうな。俺がいた町だけじゃなく、この山にいる命も含めて、すべてが』」


「…………ウウウ」


 それだけで、俺の言葉の意図が伝わったのだろう。餓狼先生は子狼を(かば)う位置に移動し、尻尾を丸めて股に隠した。


 俺は暗に『魔物暴動(スタンピード)』であふれた魔物も、それを引き起こした『餓狼の森山』も、丸ごと全部潰せると臭わせた。


 そして、俺がちょくちょくこのダンジョンに侵入していたのを察知し、俺の正体不明なスキルの存在を察知していた餓狼先生は、それが可能だと判断していた。


 故に、餓狼先生は俺が魔物越しに仕掛けていた《同調》を介して、強制的に聞く羽目になった《神経支配》による幻聴の指示に従い、今回の茶番に乗った。


 乗らざるを得なかった。


 そうしなければ、目の前で元気にはしゃぐ、愛する我が子を失っていただろうから。


「『今後、人間がこの山に入ってくるかはわからねぇ。だから、今までのやり方じゃ、また同じことが起きるぞ? そうなったら、今度こそ覚悟しておくんだな。俺は、いつでも、見ているぞ?』」


 俺を常識外の化け物と認識した餓狼先生の返事を聞く前に、きびすを返す。背中に殺意と恐怖をごちゃ混ぜにした視線を感じながら、そのまま振り返ることなく下山していった。


 今回『魔物暴動(スタンピード)』を防げたのは、単純に運が良かっただけだ。


 ダンジョンの魔物が飽和する前に、俺というイレギュラーが『餓狼の森山』に侵入し、『魔物暴動(スタンピード)』の兆候(ちょうこう)に気づいた。


 その上で、個人的にレイトノルフに助けたい奴らがいたこともあり、『魔物暴動(スタンピード)』を阻止する手段があった俺が防いだ。


 こうして今回は大丈夫だったが、これからは?


 ずっと現在と同じ状況が将来も続いていた場合、いずれレイトノルフは新たに発生した『魔物暴動(スタンピード)』に飲み込まれ、地図と歴史から消えることになるだろう。


 数年前、魔族襲撃にあった『トスエル』の連中は運良く生き延びられた。


 しかし、次に『魔物暴動(スタンピード)』が起きた場合、一家が助かったり、俺がその場で助けてやれたりする保証はねぇ。


 そうした『魔物暴動(スタンピード)』のリスクを回避するためには、ダンジョンを管理する存在が必要になる。


 そして、ダンジョン管理が今後人間に期待できない以上、残ってる確実な候補はダンジョンボスだ。


 俺が脅威と認定出来る程度には、餓狼先生はダンジョンを介して俺の存在を認識していたわけだから、少なくともダンジョンの監視能力は持っていると推定される。


 ダンジョン管理を怠ったのは人間に責任の一端(いったん)はあるが、ダンジョンボスの餓狼先生がサボっていたことも要因としてはデカい。


 よって、人間よりも使えそうな餓狼先生には、その能力をも駆使して『魔物暴動(スタンピード)』を起こさせるなと釘を刺した。


 少しでも、『トスエル』に降り注ぐ外的脅威を排除するために。


 俺がいなくなっても、アイツらが(うれ)いなく生活できるように。


 俺には(まぶ)しかった家族の形を、一秒でも長く維持していけるように。


 すでに手遅れなくらい他人の血と怨嗟(えんさ)を浴びた俺とは正反対の世界を、心から浮かべた温かい笑顔のまま歩けるように。


 暗く濁った凄惨な裏側を可能な限り潰し、ほんのちょっと、支えてやる。


 それくらいしか、俺が出来そうな恩返しは、もう残ってないだろうから。


「…………なんて、な」


 人生のほとんどを自分のことしか考えてこなかった俺が、他人のためにこれほど時間と労力を()いている事実に苦笑しつつ、下山したその足でレイトノルフへ歩を進める。


 耳元に(まと)わりつく襲撃者たちの絶望と憎悪の悲鳴を、意識の外に追い出して。


 判子のように残る、襲撃者たちが流した血で作られた足跡にも、見えないフリをして。


【普通】の仮面を被り、世話の焼ける『家族』の待つ場所へ、何食わぬ顔をして、戻っていった。




「……あっ!!」


「げ」


 計算通り、もうすぐ夜が明けるという時間帯に『トスエル』へ帰還した俺は、思わず口をヘの字に曲げた。


 同時に、寝巻きに上着を一枚羽織っただけの看板娘が、店の玄関先で俺を見つけて急いで駆け寄ってくる。


「ヘイトっ!! 今までどこ行ってたの!? ずっと心配してたんだから!!」


 勝手に感極まった看板娘は俺の胸に(すが)りつくと、目に涙をためながら怒った顔で俺をキツく睨み上げてきた。


 いや、そんなことよりコイツ、いつから気づいて起きてやがった? と口角のひきつりが抑えきれねぇ。


 当然、看板娘にも《同調》は仕掛けており、普段は俺の《神術思考》で行動を確認している。もちろん、プライバシーに配慮してな。


 だから、もしコイツが俺の部屋を確認しても、ママさんへの対処同様、《神経支配》で俺が寝てるように見せようと思ってた。


 だが、こうして抜け出したのがバレてるってことは、俺が『餓狼の森山』深部の魔物を相手にしていた時間帯に気づいてた可能性が高い。


 あの時、ほぼ『大気侵食』の操作に集中しており、レイトノルフにいる奴らにまで意識を向ける余裕がなかったからな。


 看板娘と触れる部分だけ、【普通】を解除し肩に手を置くと、随分震えているのがわかる。長時間外に出て凍えてたからだな。


 ったく、大人しく布団の中で寝てりゃいいものを。


 風邪引いても知らねぇぞ?


「ちょっと寝付きが悪かったから、散歩に出てただけだよ。大げさだな」


「大げさなんかじゃない!! ミューカスさんがいつどんなことをするかわからないって言ってたのはヘイトじゃない!! 勝手に一人で行動して、酷いことされてたらどうするつもりだったの!?」


 さっきから気になってたけど、声デケェって。近所迷惑だろうが。


 仕方なく、ヒートアップした看板娘の大声が聞こえる範囲のレイトノルフ住民へ《神経支配》で干渉し、こっそり聴覚を遮断した。


 これで誰かが起き出す心配は減っただろう。特に、頑固オヤジが乱入してきたら面倒極まりねぇからな。事態が余計にややこしいことになりかねない。


「適当にあしらってたよ。確かに俺はステータスが低いが、それでもここまで一人旅してきたんだ。それなりの対処法は身についてるっての」


「それでもっ!!」


 のらりくらりと看板娘の説教を(かわ)そうとしたが、ひときわ大きく声を張り上げた後、俺の学生服に深い(しわ)がいくつも刻まれる。


 服の締め付けが増し、下を見ると看板娘の両手で強く掴まれていた。


「ヘイトが大丈夫だって思っていても、私は心配なのっ!! ヘイトはとっても頭がいいし、とっても頼りになるし、実際何でも出来るすごい人だと思うっ!! 私みたいな、みんなに迷惑をかけるような失敗なんてしないのもわかってるっ!!」


 おいおい、過大評価もいいところだな。


 何か、看板娘の中での俺って、変に神格化されてねぇか?


 落ち着いたらその辺のところ、じっくり話し合う必要がありそうだ。


「でも、ヘイトはずっと私たちのことは気遣ってくれるけど、自分自身を大事にしないじゃないっ!! 私がどんなに注意しても、どんなに心配しても、ヘイトはいっつも自分は後回しで無茶ばっかり!! それを気づかれてないとでも思ってたの!?」


 ……無茶?


 何か俺、看板娘に心配されるようなこと、してたっけ?


 っつか、上手く隠してたと思ってたこっちの気遣いの気持ちが、多少でも読まれてたことのが恥ずい。自然と目線が看板娘から明後日の方向に逃げた。


「お金も住む場所もないからってスラムに寝泊まりしたり、借金だらけの『トスエル』の経営を引き受けたり、赤字の補填(ほてん)っていってたくさんのお金を稼いだり、ミューカスさんに喧嘩を売ったり、冒険者の人たちに殺されそうになったりもしたっ!!

 スラムは危険だってお父さんは言ってた!! 借金を背負ったことで、ヘイトにも酷い取り立てがあったかもしれない!! あんな短期間で金貨を集めるなんて、相当無茶をした証拠だし!! 私たちに矛先が向かないように、大商会や冒険者の人の意識を集中させるためにわざと怒らせてたのだって、全部気づいてるんだからねっ!!」


 あ、あぁ~、そういうこと。


 言われてみれば確かに、『普通』の人間だったら下手しなくとも死んでてもおかしくねぇ状況ばっかりだわな。


 う~ん、こうして俺の行動を客観的に指摘されると、身の安全が優先順位からすっぽり抜け落ちてんな。マジで気づかなかった。


 最悪、【普通(チート)】があれば何とかなる、って考えが無意識にあることから、自己保身が(おろそ)かになってたのかもしれねぇ。


 今後は違和感に思われねぇように、そこら辺の認識のズレも修正する必要がありそうだ。


「全部が全部、何か一つ間違ってたら、ヘイトは死んでたかもしれないんだよっ!? なのに、今回も不用心に夜中に出歩いて、もしヘイトが帰ってこなかったらって思ったらすごく怖くて、いてもたってもいられなくて、不安で押し潰れそうだったっ!!」


 …………。


 …………シリアスな場面なのはわかってっけど、今無性に看板娘に確認したい。


 …………お前、ヤンデレじゃねぇよな? 依存傾向があるから、否定しづらいのが怖ぇんだけど?


「お願いだから、もっと自分を大事にしてよ!! 私たちを心配して、助けてくれるのと同じくらい、……ううん、それ以上に!! ヘイトはもっと自分を大切にして!!」


 内心でド失礼な考えがよぎりつつ、再び掴まれた胸ぐらに力が込められたのを感じて、明後日に飛ばしていた視線を看板娘に戻した。


「…………」


 そこで、ようやく。


 看板娘が、俺の顔を真摯(しんし)に見上げて。


 大粒の涙を何度もこぼしていたことに。


 気づいた。


「いなく、っ、ならないでよぉ……っ!! ヘイトは、おじいちゃんとかっ、おばあちゃんみたいにっ、……ひぐっ! わたしからっ、もうっ、いなくなったり、しないでよぉ、っ!! だいじなひとが、いなくなるのは、もう、やだよぉ…………!!」


 我慢できなくなったのか。


 感極まった看板娘は。


 ボロボロと。


 顔をくしゃくしゃにして。


 声を何度も詰まらせて。


 一生懸命に。


 訴えてきた。


「…………悪かったよ」


 もうこれ以上、下手な言い訳で誤魔化(ごまか)す気になれず、俺は泣き崩れる看板娘の小さな体を抱き締めた。背中と後頭部に手を添えて、俺の胸に顔を無理矢理(うず)めさせる。


 向こうも泣き顔を見せたくねぇだろうし、こっちだって女のガチ泣きなんて見たいとも思えない。


 しゃくり上げて震える看板娘の体は冷たく、芯から凍えているのがよくわかる。


 ……本当にどれだけ外にいて、待っていたんだか。


「うっ! うううぅぅ、っ、うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 すると、他人(おれ)の体温に包まれて、少しは安心することが出来たんだろう。


 呆気なく看板娘の涙腺が決壊し、声を抑えることなく号泣した。


 俺はというと、泣きじゃくる看板娘の背中をあやすようにさすっていた。感情が落ち着きやすいように、回した腕で体を包むようにイメージし、力を込めすぎないよう加減を調節する。


 さっきより声が大きくなったから、《神経支配》の効果対象範囲を広げ、地域住民の安眠確保へのフォローも忘れない。


 ……にしても、なるほどな。


 祖父母が死んだトラウマ、か。


 それも、この取り乱し様からして、旧イガルト王国の魔族襲撃があった日に、二人とも看板娘の目の前で死んだか、殺されたんだろうな。


 看板娘が俺への依存傾向が見えたのも、ついでに頑固オヤジがハゲ斧とやり合った後に強めの注意をしたのも、おそらくそれが原因だろう。


 親しくなった人間が、自分ではどうしようも出来ないことに巻き込まれ、死んでいく(いなくなる)


 それが、慕っていた祖父母の最後を強く想起(そうき)させ、強烈な不安感と悲愴感に(さいな)まれる、ってところか。


 もしかすると、看板娘が向こう見ずなお人()しだったのも、その時のトラウマが遠因にあるのかもしれねぇな。


 元々の育った家の経営・教育方針で、お人好しの下地は出来ていた。


 それにトラウマが被さって、困ってる人間を見ると事件直後の自分を思い出す。


 逆に笑顔の人間が増えると、悲惨な過去を少しでも忘れられる。


 そうした、一種の自己防衛が働いてたのかもしれねぇ。


 言っちまえばそれも現実逃避なんだが、看板娘に自覚はなさそうだった。


 裏を返すと、そうでもしないと自分の心がもたなかった、ってことを無意識レベルでは理解してたことになる。


 それが、看板娘を他人に騙され続けるバカに作り上げちまった、のかもしれねぇ。


 所詮(しょせん)推測でしかねぇから確かなことは言えねぇが、そう間違っちゃいねぇだろう。


 だとしたら、厄介だな。


 心の傷なんて、そう簡単に治るもんじゃねぇ。


 他者への依存傾向がトラウマに起因してんのなら、じっくり心のケアをしてやるべきなんだろうが、そんな長期戦につき合えるほど俺の背景は身軽じゃない。


 せめて、看板娘自身が過去を振り切って立ち直れるようなきっかけがあればいいんだが、そう都合よくはいかねぇだろう。


 これに関しては、頑固オヤジとママさんにそれとなく伝えて、ゆっくり克服してもらうしかねぇか。


「…………少しは落ち着いたか?」


「うっ、ぐずっ! うぅぅ……」


 だんだんと嗚咽(おえつ)が小さくなってきた頃を見計らい、看板娘に声をかけた。


 が、まだ鼻声で返されるだけで、まともな会話は出来そうもない。


「とりあえず、お前が俺の行動をどう感じていたのかは、わかったよ。これからは自分のことも、注意していくことにする。それでいいか?」


「……っ」


 胸の中で、看板娘が小さく頷く。とりあえずの納得と了承は得られたか。


 とはいえ、『注意』することと『無茶』しねぇことは、イコールじゃねぇけどな?


「それに、俺の行動に油断があったのも認める。今後はそっちについても、気をつけるよ。心配させて、悪かったな」


「ぐずっ! ……ぜったい、だからね?」


 ……気をつけるっつったが、店を抜け出したのがゴークの手先を排除するためだったことは黙っとこ。


 俺にとっちゃ散歩みてぇなもんだったが、コイツはそうは思わねぇだろう。素直に話しちまえば、せっかく落ち着いたのにまた()めそうだ。


「ああ。約束するよ。とりあえず、いつまでも外にいたら風邪引くぞ? 店ん中に入ろうぜ? な?」


「ぅ、ん……」


 それはともかく、話が出来る程度まで落ち着いたんなら、そろそろ店に戻すか。


 なんだかんだで結構な時間立ちっぱなしだったからな。


 俺は《永久機関》のおかげで気温変化にゃ割と耐性が出来たが、看板娘にゃ辛いだろう。


 女は体が冷えやすい、っていうし。そうでなくとも冬場の寒気に野ざらしはアウトだ。


 こんなんで体調を崩されたら、今日からの営業にも支障が出るしな。


 ってわけで、《神経支配》の干渉を切ってから、看板娘を促して『トスエル』に戻った。


 失った体温を取り戻せるよう、ホットミルクを用意したり毛布を持ってきてやったりして、外が明るくなるまで色々と世話を焼いた。


 多少は心配させた()びもあるが、一番は給仕に穴があくのが辛いから。


 今の客の回転率を考えれば、ママさんと俺だけじゃ確実にぶっ倒れるからな。ママさんが。こんなことでさらに人手が減ったら、目も当てられない。


 そんな罪悪感と打算で介抱したおかげか、その後看板娘は体調を崩すことなく仕事に復帰してくれた。頑固オヤジやママさんにも気づかれず、普通に仕事をこなしている。


 その様子に安堵しつつ、俺はこれからのことを考える。


 ある程度の問題は解消したが、『トスエル』の抱える問題はまだ残ってる。


 それに加え、そろそろ国内滞在時間のタイムリミットが迫っている。


 俺がこの町にいられるのは、せいぜい残り半月程度だろう。


 それが過ぎれば、俺が修正したクソ王との《契約》期限となり、どのような形であれ『異世界人』の存在が世に知られる可能性が高い。


 そうなると、すぐじゃないにせよ、そこから『ヘイト(おれ)』の特異性と『異世界人』の特異性を関連づけられてもおかしくねぇ。


 ただでさえ、既にレイトノルフには二ヶ月以上も滞在しちまってるんだ。印象を薄める【普通】の『認識誤認』がどれほどの期間継続するのかも曖昧(あいまい)な状況下で、これ以上の長居はマズい。


 それまでには国外に出ないと、動きづらくなるかもしれねぇ。


 一応、わかっては、いる。


「ありがとうございました!」


 昼間、仕事をしながらこっそり看板娘の姿を横目で盗み見る。


 ……やっぱ、放っておけねぇよなぁ。


 危なっかしい『家族』と、俺自身の都合。


 どちらも大事だと思ったからこそ、すぐにどちらかを切り捨てる判断が出来ずにいる。


 俺って元々考えすぎるきらいがあったけど、ここまで優柔不断だとは思わなかったな。


 接客の仕事をこなしつつ、《神術思考》でぐるぐると巡る葛藤と戦いながら、煮え切らない思考で答えを先延ばしにし続けた。




====================

名前:ヘイト(平渚)

LV:1(【固定】)

種族:イセア人(日本人▼)

適正職業:なし

状態:健常(【普通】)


生命力:1/1(【固定】)

魔力:1/1(0/0【固定】)


筋力:1(【固定】)

耐久力:1(【固定】)

知力:1(【固定】)

俊敏:1(【固定】)

運:1(【固定】)


保有スキル(【固定】)

(【普通】)

(《限界超越LV10》《機構(ステータス)干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解(アカシックレコード)LV1》《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)LV3》《神経支配LV4》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV3》《同調LV4》)

====================



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ