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73話 借金

 成功と失敗をかみしめた『トスエル』の繁盛ぶりに振り回されつつ、俺は着実に『副業』で懐を温めていった。


 真の意味で昼夜問わず働きづめになってた結果、マジで怒濤(どとう)の勢いで日々が過ぎていき、気がつけば一月も最終日だよ。


 一日二十四時間労働とかどんだけ社畜なんだ、俺? ワーカーホリックも(はなは)だしいな、おい? 過労死のレベルを軽く超えてて、もう笑うしかねぇよ。


 などと、日本人の魂に染み着いた悲しい(さが)に気づいて勝手に落ち込みつつ、今日も今日とて仕事に励む。


 最初は、あまりにとんとん拍子に進んだ繁盛ぶりに、都合がよすぎる自分の経営手腕を嫌ってほど後悔させられたが、しばらくすると体が慣れてくるもんだ。


 今じゃ当たり前になった朝と昼のラッシュを(さば)き、いずれくる夜のラッシュの体力を残せるまでになっていた。


 現在の時間は、午後四時頃。少しずれ込んだ昼飯時の皿洗いをあらかた終え、今度はテーブルを拭いて回っている。


「…………」


『…………』


 ……んだが、今日はいつにも増して店ん中が暗いな、おい。


 原因はわかってる。


 ここ数日、やけに看板娘たちに覇気(はき)がなくなってきているんだよ。


 客の前じゃ空元気バリバリな『トスエル』一家は、こうした隙間時間にゃ口数ががくんと減り、空気の重さは物理的な圧迫感すら覚える。


 勝手に落ち込まれて渦中(かちゅう)に放り込まれた身としては、居心地悪ぃったらねぇよ。


「…………はぁ」


 特に、看板娘のため息が多くなり、日を重ねるごとに重みを増していく。込められた感情を分析するに、悲愴、恐怖、後は諦念ってところか。


 加えて、今日は昨日までと違って生気まで抜け落ちている気がする。朝にゃ真っ青だった看板娘の顔色は、昼を越えたあたりから病的な意味で真っ白になってたし。


「…………」


「…………」


 そんな娘の様子が気になって仕方ねぇのか。


 朝から頑固オヤジもママさんも、仕事中ですらどこか上の空で、チラチラチラチラ看板娘の様子を盗み見ては表情に影を落とす。


 一応プロだからか、仕事のミスとかはしてねぇようだが、こっちはコイツらがいつやらかすか気が気じゃねぇ。


 言いたいことがあんならはっきり言えよ、まどろっこしい。せめて、体調悪ぃなら休め、くらい言えんだろうが。


 思春期に気ぃ(つか)う子育て下手な親じゃあるまいし、いきなりよそよそしい態度を取られて困るのは居候(こっち)も同じだっつうの。


「……おい」


 さすがに俺も我慢の限界が来て、お節介とわかった上で口出しすることにした。


 最後のテーブルを拭き終えてから、台拭き片手に一家を振り返る。


 頑固オヤジは調理場で仕込みを、ママさんはモッブで床掃除を、看板娘は現在までの売り上げを計算しながら帳簿を付けていて、俺の声に反応して一斉にこちらを向いた。


「最近この店に流れてる、やけにどんよりした空気は何だよ? そろそろ本格的に息が詰まりそうだ。家族内で問題でもあんなら、さっさと解決してくんねぇか? 面倒臭ぇったらありゃしねぇ」


 生憎(あいにく)、『デリカシー』とか『オブラート』とかは持ちあわせちゃいなかったから、素直な気持ちを吐き出した。


 すると、頑固オヤジはわっかりやすく顔をしかめて俺を睨みつけ、ママさんは表情をさらに堅くして奥歯を噛みしめる。


 が、看板娘だけは特に表情を変えず、っつか無表情で俺と視線を合わせてきた。


「うるせぇ! これは家族の問題だ! ただの雇われが口を出すな!」


「……えぇ、そうね。ヘイト君には、何の関係もないことよ」


「もう、お父さんもお母さんも、ピリピリし過ぎだよ。……ごめんね、ヘイト。最近ずっと忙しかったから、みんな知らない内に疲れがたまってるんじゃない? それでイライラしちゃって、空気が悪くなってるんだと思うよ?」


 そうして見られた反応も、三者三様だ。


 頑固オヤジは明らかに不機嫌丸出しで、すぐにでも人間らしい文化的生活を捨て、魔物としてダンジョンに戻れそうな顔をしてやがる。もちろん、褒め言葉だぞ?


 ママさんはすぐに俺から視線を外し、手にしたモップの柄を強く握っている。相当力んでんのか、手の甲に血管が浮き出てんな。


 対して、看板娘は至って普通。が、それはあくまで見た目の上での話だ。


 (よど)んだ空気がさらに悪くなるのを避けようとしたのか、看板娘は困ったような笑みで両親を(たしな)め、俺には適当にそれっぽい理由をでっち上げ、話をはぐらかそうとしやがった。


 ふむふむ、みんな素直で結構なこって。


 どっからどう見ても、腹に一物ありますよ、って対応だな、こりゃ。


 要するに、コイツらの抱えている問題の中心は看板娘で、本人の腹は()わってっけど親二人はまだ葛藤(かっとう)最中(さなか)、ってところか。


 後は、完全な身内のゴタゴタ、っつうよりも、本人たちの力じゃ到底解決できない『何か』が原因、って感じだろう。


 結論。


 十中八九、『トスエル』の借金関連だろうな。


 コイツらの仲の良さは、出会った時から嫌と言うほど見せつけられてきたんだ。もし純粋な家庭内の問題だったとしたら、じっくり自分たちで話し合って勝手に解決してそうだもんな。俺んとこの家族と違って。


 それでも引きずってる、ってことは外部からのどうしようもない圧力のせいで、問題解決の糸口がねぇ状態に陥ってると見ていい。


 だとすると、それに該当する問題は、俺の知る限り『借金(それ)』っきゃねぇ。


 ってか、前から兆候(ちょうこう)はあったし、今更驚きもしねぇよ。


 おそらく新年会の日、俺が場の空気をぶち壊した後にでも、借金取りに押し掛けられたんだろう。で、無理難題を突きつけられて、八方塞がり、と。


 この様子からして、借金のかたに看板娘の身売りでも迫られたのかねぇ?


 確か、借金元はチール商会だったか? 不動産と消費者金融でレイトノルフを牛耳(ぎゅうじ)る、上手いこと隙間産業の勝ち馬に乗った町一番の商会だな。


 とはいえ、現会長はあこぎな商売っつうよりも、どちらかと言えば堅実な商売を好むようだから、トップの意向を反映した判断じゃねぇな。


 っつうことは、無能で有名な会長唯一の実子、ハゲでデブな色ボケに目ぇつけられちまった、って線が濃厚だな。


 商才には恵まれても、子宝と後継者に恵まれなかったのはとんだ災難だったな。ホント、チール商会の会長には同情するぜ~(棒読み)。


 だが、それなら頑固オヤジやママさんが黙ってねぇはずだ。たった一人のかわいい娘を、噂に違わぬ最低の(クズ)に嫁がせたいとは思ってねぇだろうし、断固として認めねぇだろう光景は目に浮かぶよ。


 それを拒否出来ねぇってことは、契約書に一筆仕込まれでもしたのかねぇ?


 俺が教育するまでは、この一家に学なんてぜんぜんなかったからな。大方(おおかた)、イガルト語以外の外国語で『特記事項』を紛れ込ませてたんだろう。


 イガルト人は《契約》の儀式魔法を有する国だからか、『契約』と呼ぶもんにはやたら厳しい。一度同意の元で締結された『契約』は、どんな理不尽なもんでも履行しなきゃなんねぇ、っつう法律が定められてるくらいだしな。


 ただし、イガルト王国の法律に照らし合わせると、お互いの同意がなかった『契約』内容については、一方的に破棄できるっつう『免責特例』があったはずだ。もちろん、その辺の知識も俺が仕込んだから、ママさんあたりなら承知しているはず。


 それを押し通したとなると、相手方が俺みてぇに屁理屈こねやがったか?


 例えば、『イガルト王国からの通知が来てねぇから、まだこの町の法律はネドリアル獣王国の法律を適用する』とか? それなら『免責特例』を定められてねぇから無視できる。


 問題は明らかなイガルト王国への背信にあたることだが、それを国に告げ口しようにも、レイトノルフの領主がこの町にいねぇから、普通の手段じゃ訴えることが出来ねぇ。


 おまけに、借金まみれの『トスエル』に領主がいる町までの旅費なんかねぇし、もし行けたとしても領主が話を聞いてくれる保証もねぇ。


 幸運に幸運が重なってチール商会が処罰される流れに持って行けたとしても、今から動いたんじゃ看板娘が連れて行かれることそのものは止められねぇ。身柄は戻ってきても、心にどんな傷を負わされるかわかったもんじゃねぇ。


 ってわけで、ママさんたちとしては泣き寝入りするしかねぇ、ってのが大筋の流れだな。


 いや~、もしそうだったら、見事なまでに()んでるな。頑固オヤジやママさんが軽く絶望してんのも、理解できる。


 だが、看板娘が最後まで毅然(きぜん)とした態度を取り(つくろ)おうとしてんのは、意外っちゃ意外だな。


 主観的に見たところ、看板娘は『現実から目を背ける甘ったれ』って評価だったんだが、案外(きも)()わってきたのか?


 それか、元日に表明した抱負(ほうふ)遵守(じゅんしゅ)しようと、単に無理してるだけって可能性もある。抱負なんてただの努力目標(マニュフェスト)なんだから、そこまで気張るもんでもねぇと思うが。


「あ、そう。だったら今度、臨時休業でもしてみるか? 確かに、ここんところ毎日働きづめだったし、そろそろ休暇も必要だろうしな」


 ま、いずれにせよ本人たちの心が決まってんなら、他人がやいのやいのと口出しすんのも野暮ってもんだ。


 ここは余計な口を挟まず、コイツらの意向を尊重して、知らぬ存ぜぬを通してやるか。


「……そう、だね。その時は、みんなでゆっくりしようか?」


「過ごし方は各々(おのおの)の自由だろ? 俺はやることがあるから、確実に別行動だぞ?」


「あはは、ヘイトらしいね」


 看板娘の強引な話題逸らしに乗っかってやったが、向こうは力のない笑顔で普段通りを装うのに必死だった。色々と限界間近なのが見て取れる。


 俺らの中身スッカスカな会話をどう思ったのか、頑固オヤジの視線は一層強くなり、ママさんでさえ非難がましい目で俺を睨んでくる。


 いやいや、俺は部外者だ、って言い出したのはアンタらだろ?


 なのに、その反応はおかしくね?


 俺にどうしろってんだよ?


 文句があんなら、睨むだけじゃなくてはっきり声に出して言えや。


「ふん、相変わらず狭い店だな」


「あ、いらっしゃい」


 またまた微妙な空気が流れかけたところで、『トスエル』の扉が無造作に開かれた。反射的に声をかけちまったが、一目で客じゃないとわかって、振る舞った分の愛想を損した気分に陥る。


 開口一番に失礼なことをほざいたのは、ゴブリンとオークを足して二で割ったような男、……男? う~ん、よし、訂正する。入ってきたのは人間もどきのオスだ。


 潰れたまんじゅうみてぇな顔に、鏡餅みてぇな腹、とどめに地肌が覗く焼け野原のような頭の惨状は、見ていて哀惜(あいせき)の念が自然とわき上がってくる。


 ちなみに、オークは某ドラゴンを倒しに行くRPGで有名なイノシシヘッドじゃなく、ゴブリンを成人男性にまででかくしたような、純粋な上位種の魔物だ。知能も含め、全体的な能力が底上げされてっから、そこそこ厄介な魔物だぞ。


 それはさておき。


 人間もどきに遅れて店に入ってきたのは、護衛らしい冒険者が数人。ウチの店じゃ見たことねぇツラだな。装備の質からすれば、『黒鬼(ギガンテス)』級前後の実力者に見える。


 が、さりげなく身のこなしを観察すると、せいぜい『赤鬼(オーガ)』級中位くらいしかねぇな、ありゃ。実力不相応の装備なのは、パトロンの力によるところが大きいんだろう。


 で、ずかずかと入ってきた人間もどき、……長いしゴークでいいか。ゴブリンとオークを混ぜた感じで、このハゲデブにはお似合いの名前だろう。


 そのゴークは見るものすべてをイラつかせるにやけ顔を浮かべ、さっき以上に堅い表情になった『トスエル』一家を睥睨(へいげい)した。


「今日は約束の期日だ。わざわざ私が直々に出向いてやったのだ、ありがたく思うのだな。それで? 金は用意できたのか? んん?」


 うっわ~、ぶん殴りてぇ~。


 ぜってぇこっちが準備出来てねぇこと確信した上で聞いてるぞ、コイツ。


 見た目と同じか、それ以上に性格悪ぃな、このゴーク。俺とは大違いだ。


「…………いえ、出来ていません」


 ゴークの問いに答えたのは看板娘だった。経営が盛り返してきた矢先の取り立てだし、用意出来てねぇのは当然だ。


 たとえ『トスエル』に多少の蓄えが出来ていたとしても、おそらく無意味だっただろう。


 ゴークの口振りからして、この取り立ては『分割』じゃなく『一括』払いの催促(さいそく)だ。支払期限を延ばそうと交渉しても、何かと理由を付けて却下されることは目に見えている。


 貸借(たいしゃく)契約はどうしても貸し手の立場が上だからな。どれだけ強引な言い分を主張されても、最終的には借り手が妥協するしかねぇ。


「ぎひっ! ならば、わかっているなぁ?」


「…………はい」


 豚みたいな鳴き声を発したゴークは、笑みの種類をさらに醜悪(しゅうあく)にしていく。裕福な生活の末路が目の前の家畜(ゴーク)だと思うと、ある意味極貧生活の方がマシだと思える不思議。


 欲望丸出しの視線を受けた看板娘は一度大きく肩を揺らし、声を震わせ立ち上がった。


「シエナッ!」


「シエナちゃんっ!」


 悲痛な表情の看板娘を見かねたのか、頑固オヤジとママさんが駆け寄ろうとする。


「こないでっ!!」


 が、当の看板娘から発せられた鋭い制止により、二人とも二の足が止まった。


「……私は、大丈夫。だから、ミューカスさん。冒険者さんの武器を、下ろさせてくれませんか?」


「ふん」


 まだ頑固オヤジやママさんより状況が見えていた看板娘は、ゴークの指示で今にも飛び出しそうだった冒険者連中に気づいていた。


 ゴークの野郎、最初から看板娘を(かば)うような仕草を見せれば、二人を即座に切り捨てるつもりだったらしい。


 看板娘に促されたゴークは、一瞬不機嫌な顔になり冒険者を手で抑えた。なるほど、テメェから誘った刃傷沙汰(にんじょうざた)は余興程度にしか思ってねぇ、ってか?


 クズだな。


「……お父さん、……お母さん。今まで、ありがとう。げんきで、ね…………?」


『っ!』


 今生(こんじょう)の別れを覚悟したらしい看板娘は、ほとんど泣きそうな顔で両親に最後の言葉をかけた。


 娘と不本意に引き裂かれる形となった頑固オヤジとママさんも、言葉に詰まって今にも泣き叫びそうなくらい、表情を歪める。


 どこにでもある、典型的な悲劇の一幕。


 部外者である俺は、ただただ決まった演目を見せられるだけの観客に過ぎない。


 この後は、娘を目の前で連れ去られた無力感に絶望する夫婦と、望まぬ結婚で未来を閉ざす娘の悲劇が延々と続くだけだろうな。


 大したオチも救いもねぇ、見るだけ損するつまらねぇバッドエンド。


 これが自腹で鑑賞した演劇だったら、金返せってブーイングの嵐だろうな。


「ぎひゃひゃっ! 物わかりのいい人間は嫌いではないぞ? さあ、こちらへこい」


「…………」


 筋書き通りの終わりに向かい、ゴーク(ヒール)シエナ(ヒロイン)に命令し、顔をうつむかせて一歩を踏み出す。


 一歩、また一歩埋まっていく絶望へ続く距離。


 頑固オヤジが握った包丁に決死の思いを宿し、ママさんが膝から崩れ落ちそうになる。


 また、視界の端に頑固オヤジの挙動を捉えたゴークは、再び冒険者をけしかけようと笑みを深めた。


 別れの悲劇が、血でさらに染まる。


 過剰なほどの悪趣味な演出が、まさに繰り広げられようとした、その時。


「はい、カット」


 ものすごく場違いな俺の声が、この場にいた全員の動きを止めた。




====================

名前:ヘイト(平渚)

LV:1(【固定】)

種族:イセア人(日本人▼)

適正職業:なし

状態:健常(【普通】)


生命力:1/1(【固定】)

魔力:1/1(0/0【固定】)


筋力:1(【固定】)

耐久力:1(【固定】)

知力:1(【固定】)

俊敏:1(【固定】)

運:1(【固定】)


保有スキル(【固定】)

(【普通】)

(《限界超越LV10》《機構(ステータス)干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解(アカシックレコード)LV1》《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)LV3》《神経支配LV3》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV2》《同調LV3》)

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