7話 恐慌
注意。
今話ラストに非常に読みにくいシーンがあります。
面倒臭くなったら、後書きのステータスをご覧になってください。
入った瞬間に暗くてカビ臭ぇ室内に顔をしかめるが、構わず中に入っていく。
開けっ放しのままにした扉からしか光が漏れず、内装が判別できないほどの不便さが逆に目立ってんじゃねぇか。
とんだ配慮があったもんだな。
『契約魔法(仮)』にひっかからねぇようにするために、俺以外の日本人に対してはとんでもなく厚遇してるんだろうことが簡単に予想できるのがまた腹立つ。
奥へ行くほど真っ暗になる通路を進むと、両側に扉があるだけのせっまい廊下が続く。
時折かすかな呼吸音が聞こえるが、そいつらは『先客』だろうな。
何をしてぶち込まれたのか、どれくらいぶち込まれているのかわからねぇが、ろくな生活を送っちゃいねぇのは確かだろう。
今日からこいつらのお仲間、かぁ。
俺、どこで人生間違ったんだろ?
ま、異世界召喚なんかに巻き込まれた時からだろうけど。
ひとまず『空室を使え』ってことだったから、適当に無人の部屋を見つけて中に入る。
「質素っつうか、貧相っつうか……うん、牢屋だな」
何とかいい具合の表現を見つけようとしたが、途中で諦めた。
だって、何もねぇんだもん、ここ。
石を切り出しただけのベッドに、穴だけのトイレ。
あるものっつったら、マジでこれだけ。
広さは、五畳くらいか? ベッドの真横にトイレの穴があるくらい、とにかく狭い。
机も椅子もねぇから、これから一年はベッドを机代わりにして、地べたに座るしかなさそうだ。
よくよく考えたら、冬場とかどうすんだ? 凍死したりしねぇよな?
まあ、そうなったらそうなったで、この国の連中は俺の死と引き換えに残りの期間を『契約魔法(仮)』の苦しみを味わって過ごすだけだ。
それが嫌なら、最低限の防寒具くらいは寄越すだろう。
壁には窓もなく、扉以外は石の壁に囲まれた、とても閉鎖的で闇に包まれた空間。
これで食事も制限されれば、心があっという間に潰されちまうんじゃねぇか?
視覚を封じられ、閉塞感しかない空間で四六時中閉じこめられる――ストレートに拷問だな。
俺がいつもの状態だったら、一刻も早く抜け出したいと思うだろうよ。
「……失礼します」
なんて、変に冷静なまま淡々と考えていると、俺が入ってきた扉から声がかけられる。
振り向くと、さっき俺を案内したメイドとは違うメイドが複数立っていた。
そいつらの手には大量の紙束と複数の羽ペン、小さなインク壷が数個とランタンみたいな物、後は袋に入った石? みたいな何か。
どうやら俺が頼んだ物を早速持ってきてくれたらしい。仕事は早ぇのに、どうしてこう残念なのかねぇ?
「ご所望の品をお持ちしました」
「どうも。ここの上に置いといて」
「かしこまりました」
冷めた声してんなぁ、おい。
おもっくそ仕事だから来てやった感を出してやがる。
俺が指し示したベッドの上にそれらの荷物を置くと、メイド連中は逃げるように俺の部屋を後にした。
しばらく足音が響き、重い扉が閉じられた音がしたかと思えば、遅れて施錠の音も聞こえる。
セキュリティはばっちりだな。ありがたすぎて笑えてくる。
「さて、と」
暗闇に慣れてきた目を凝らし、まずは受け取った支給品を確かめる。
紙は当然ながら、大学ノートみたいな薄くて肌触りのいいものじゃなく、分厚くてごわごわしている。
羊皮紙、ってのか? 実物を見たことねぇから判断できねぇし、それっぽいものって認識でいいだろ。
羽ペンは、羽ペンだな。まあ、時々ファンタジーっぽい映画とか見たときにどう使ってるのか見たことあるから、何とかなんだろ。
インク壷のふたを開けると、なみなみと入った黒い液体が揺れる。何を抽出した液体なんだろうな? 嫌がらせの毒じゃねぇだろうな?
ランタンみたいな物は、よくわからん。あれこれひっくり返してみたり中を開いてみるが、どういう構造なんだ?
中にくぼみがあるが、ここをどうにかするんだろうなぁ。
で、ランタンの燃料が入っているらしい袋に手を入れ、やたら表面がデコボコした石を取り出す。
重さは、石炭? 触った感じは、軽石? みてぇだな。どっちも身近じゃねぇから、それっぽいものって印象だけど。
色んな角度から観察して、ランタンのくぼみに石をセットすると、淡く光り出した。
視界ほぼゼロの暗闇に慣れつつあった目には結構きつくて、思わず目を細める。
とはいえ、明かり自体は電球より弱くて、蛍などの動物が発する光よりは強い、って感じか? めっちゃ近づければ、かろうじて手元が見える、ってレベルだ。
これは、ランタンの性能がクズなのか、燃料であるこの石がクズなのか、判別つかねぇな。多分、両方クズなんだろうけどさ。
思った以上の質の悪さにため息がこぼれるが、仕方ない。
基準が現代日本の豊かな資源だったんだ。推定文化レベルが中世ヨーロッパ風の世界にそこまで求める方がどうかしている。
実際の中世ヨーロッパでは、どんな文化が栄えていたかなんて知らんが。
とりあえず、記録として残せる物があれば色々とできることも増える。
この世界の文字の勉強をしたり、常識や文化を記録して教科書代わりにしたり。
どれだけの日数が経ったのか残したり、俺があのステータスでできることの検証結果を記録したり。
――俺がこの国から逃げるための計画書を作ったり。
まあ、色々だ。
こんな気が狂いそうな環境でも、できることがある、ってだけでまだ心が楽になるだろうしな。
この体調不良と一緒にある、キモいくらいの冷静さも、いつまで続くか分かったもんじゃねぇし。
じゃ、とりあえず今までのことでわかったことを書いていくとしますかね。
紙の端の方に日数を表す『正』の一画目を書いてから、俺はできるだけ詳細に今日の朝からの出来事を記述していく。
カリカリ、という俺がペンを動かす音と、誰かも分からん息遣いだけが響く空間で、俺はひたすら小さな光を頼りに文字を書き続けた。
一枚目は簡単になくなり、二枚、三枚と書きづらい紙を文字で埋め尽くしていく。
「……ふぅ」
どれくらいの時間が経ったのか。
一通り今日の出来事と、気づいたことを感想混じりに書き連ね、一息をついた。
日記なんて付ける習慣はなかったんだが、案外マメだったのかもな、俺。読み直せばかなり細かいところまで書いている。
しかし、早々にやることがなくなったから、荷物をベッドの下に置いてから俺自身はベッドに寝ころぶ。
……かってーな、おい。ぜってぇ次の日に体痛めてるぞ、これ。
ごろごろと寝やすい位置を探すものの、どうやっても体が痛くなる。諦めてベッドを椅子代わりにし、壁に寄りかかって寝る体勢を取ってみた。
あ、これが一番楽だわ。やっべー、睡眠不足とかになんなきゃいいけど。
で、しばらくこの状態でぼーっとしていたが、一向に人が来る気配がない。
俺らが召喚された時、地上に出て見た太陽の高さからすれば、正午に近い時間帯だったはずだ。
それから俺らは、クソ王の長ったらしい自慢話と、状況説明を受けてたことになる。
さらに、割と長時間になったステータス確認の時間を加えて、おおよそで見積もってもこの部屋にきたのが夕方くらい。
それからひたすらお呼びを待ちながら、記録を書き続けて今に至る。
何がいいたいかって?
俺、飯食ってねぇ。
ちょー空腹なんですけどー?
「…………飯抜き、ってことか? 嫌がらせが地味だなぁ、おい?」
百歩譲ってこの世界に夕食っつう文化がないとしても、勇者集団である俺らは召喚魔法の犠牲になってから、食いもんどころか水さえ口にしていない。
俺との交渉で『日本人は厚遇する』、ってちゃんと言質を取ったんだから、俺らに人心地つかせるためにも食事を提供しようとするのは自然だろう。
なのに、俺には一切の連絡なし。
ほぼ百パー、ハブられたっつーことかねぇ。
あー、ハラヘッター。
「しゃーねぇ」
まあ、飲まず食わずも体感時間じゃ半日程度なんだ。まだ死にはしねぇだろう。
実際に死んだら以下略だから、生かす努力はするはずだ。あのクソ王でもな。
が、そうなったら別の問題が発生した。
腹減りすぎて、眠くならねぇ。
飽食の時代に生まれた日本人として、飢えはきっついわー。
あ、腹鳴った。ちくしょー。
……はぁ、眠れねぇならしょうがねぇ。スキルの検証でもしてみるか。
俺が持つ武器になるだろう、唯一の存在がスキルの【普通】だ。
言葉通りの効果を持つのなら、俺の生存は絶望的だろう。
なんせ【普通】だぜ?
言い換える言葉があるなら、一般、平凡、通常、なんかが思いつく。
共通した意味合いとしては、『突出した何かがない』ってこと。
それを真に受けるなら、俺が他より秀でる可能性がなくなることに等しい。
だが、実際はどうだ?
俺はどう考えても【普通】の状態だなんて言えない。
ステータスが低すぎるせいで日常生活も障害だらけ。
レベルを含めた数字が絡むステータスは軒並み『1』。
しかも、隣にはご丁寧に【普通】と同じ記号を使った【固定】っつう数値変動が禁止されるだろう状態異常付き。
加えて、精神的にどんな状況になっても揺るがない冷静さも、元々俺にはないものだ。
これが【普通】なんだったら、この世界の人間はどんな縛りゲーで生きてるんだ、っつう話だよな。
地球の極東国家、ストレスマッハ社会の日本で生きるよりもクソゲーだよ。
つまり、俺の身に起こっている謎は、すべて【普通】が引き起こしている効果・現象と推測できる。
それだけの状況証拠でも、まったく何の効果もないスキル、ってわけじゃねぇんだ。
うまく【普通】の性質を理解し、手懐けて活用できれば、何かしらの有用性が見つかるかもしれねぇ。
そのためにも、まずは試しに【普通】を切ってみるか。
スキルっつう名前のニュアンスから、ゲームとかネット小説知識に照らし合わせりゃ、だいたい二種類に分けられる。
俗に言う、『任意発動型』と『常時発動型』だ。
前者は術者が音声などをキーワードとして発動する、強力かつ単発のスキル。後者はオンにしとけばずーっと発動する、主に補助効果のスキルだな。
で、【普通】の性質は今までの状況からして『常時発動型』で間違いねぇ。
なら、もしかしたら俺の意思で【普通】の効果をオフにすることができるかもしれねぇだろ?
威力は段違いだし、厳密には違うもんだろうが、一年という期限を縛り続ける『契約魔法(仮)』は『任意発動型』と『常時発動型』のミックスみたいなもんだ。
『契約魔法(仮)』にできたんなら、【普通】でもやれる可能性はある。
ってことで、実験的に【普通】を切るように仕向けてみる。
はてさて、どうなることやら?
「【普通】、オフ」
とりあえず、口に出してみた。
明確に【普通】というスキルを使わない、という意志も込めて、スキルに訴えかける。
すると、カチリ、というスイッチを切り替えるような音が、頭の中で聞こえた気がした。
「…………ぁ、っ?」
そ の 瞬 間、
お れ の せ か い が は ん て ん し た !!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
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そうして、
おれはいしきを、
うしなった。
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名前:平渚
LV:1
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:空腹・ストレス過多・混乱
生命力:1/1
魔力:0/0
筋力:1
耐久力:1
知力:1
俊敏:1
運:1
保有スキル
【普通(OFF)】
『冷徹LV1』『高速思考LV1』『並列思考LV1』『解析LV1』『詐術LV1』『不屈LV1』『未来予知LV1』『激昂LV2』『恐慌LV5』
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