64話 問題点
俺の知らねぇ異次元理論で仕事が決まってから、一週間が経過した。
とりあえず告げた俺のステータスで出来ることとして、まず問題ないと任されたのは、初日と同じくオーダー確認と料理の配膳だけだった。
ママさんが主に舵を取る『トスエル』は宿屋兼飯屋であり、宿屋の値段設定としては中間くらい。
宿を利用する客層も、料金に見合った装いの奴らが中心になる。
冒険者でいうと一人前扱いされる『赤鬼』級以上、商人はそれなりに稼いでるらしい清潔な身なりをしているのが大半だった。
そこらの安宿と比べると客の気性もマシだから、明らかな言いがかりとかでトラブることは少ない。
よって、接客は比較的楽にこなせる仕事で、男手であるはずの俺は通常、力仕事になりがちな宿屋従業員としての仕事を割り振られるはずだった。
が、改めてママさんに告げたステータスではご満足いただけなかったらしい。そりゃ当然か。
とりあえずまだマシに動けていたホールスタッフの仕事をしつつ、やれることを探していこうという話に落ち着いた。
というわけで、今日までずっと給仕として頑固オヤジや酔っぱらった客に怒鳴られながら仕事をしてきたわけだが、なかなか他の仕事が決まらない。
初日の午前に試されたのが、ベッドシーツなどのリネン系にまつわる仕事だったんだが、見事に体力と力が足りなかった。
『トスエル』は三階建てで、二階より上が客室になっており、ワンフロア八部屋の計十六部屋が用意されている。
ただ、宿っつっても日本の感覚とは違って全部が個室じゃねぇ。
若干広くなってベッドのねぇ複数人用の部屋もある。そっちは料金安めの雑魚寝部屋で、掛け布団だけ支給している。内訳は個室が十二、雑魚寝が四だ。
で、全部屋のリネンを集め、さあ運ぶぞとなった段階で、持ち上げられなかったんだよ。
大した量じゃなかったはずなんだがなぁ……。結局、教育係として傍にいた看板娘に運搬してもらった。
この時点で雲行きが怪しかったんだが、一応全部の手順をやらせることにしたらしい。看板娘は別の仕事を任せるでもなく、俺に一つ一つ仕事の手順を教えていった。
次は洗濯。これもあえなく、古きよき洗濯板の前に撃沈した。あれ、結構な重労働なんだぜ?
ごしごしごしご……、くらいで止まっちまったよ貧弱だな俺の体っ! 後、めちゃくちゃ水が冷たかった。結論、冬の洗濯マジ鬼畜。
次は表に洗濯物を出して干していったんだが、水を含んだリネンが重すぎた。
二、三枚を洗濯用の紐にかけたところで、腕の筋肉が悲鳴を上げた。残りは全部、看板娘がさっさと干しちまったよ。
洗濯が終わると、各部屋のベッドメイキングに移行。ここでも俺はポンコツだった。
独力でできたのは個室一部屋だけで、終わった瞬間に四つん這いでガチの息切れ。しかも、指導役の看板娘には不備を指摘されて修正される始末。実に情けねぇ。
二日目は看板娘と買い出しに行った。『トスエル』が仕入れで世話になる食料品や酒などの店を覚えるのと、新しい従業員である俺の顔合わせの意味があるらしい。
看板娘と二人きりでお出かけ、というシチュエーションに頑固オヤジがまたうるさかったが、ママさんが黙らせた。もう、何も言うまい。
その時びっくりだったのが、看板娘が行く店全部、俺が就活でぶっ込んだ店ばっかだったこと。
まあ、結構都市内を訪ね回ったから、なるべくしてなった、って感じだがな。
一方で、それ以上の問題も発覚した。なんと、顔を出す店全部、俺のことを初対面みてぇに扱いやがったんだよ。
全員俺と顔つきあわせて名前も告げてたっつうのに、ありえねぇだろ。商人だったら人の顔くらい覚えとけ! と何度心の中で罵倒したことか。
後は、買い出しの荷物が俺には持てなかったことくらいか。ただ小脇に抱える大きさのもんでさえ、俺の筋力じゃ数十分も持ち歩くのは無理があったらしい。
結局、看板娘にほぼ全部預ける形になった。最後の方じゃ、看板娘に荷物を持たせる俺に非難の視線がくるわくるわ。
特別フェミニストでもねぇ俺だって、健全な肉体だったら女に荷物を持たせるようなことはしねぇよ。文句なら俺の低すぎるステータスに言え。
三日目は店内清掃だ。結果は、言うまでもねぇよな?
朝食時、昼食時、夕食時の合間に即行終わらせる必要があったんだが、椅子や机を動かす、箒で掃く、雑巾掛けなどなど、一つ一つの動作ですぐ息が上がり、休まなきゃならなかった。
それで俺に文句をぶちまけたのが、頑固オヤジだ。邪魔だ、使えねぇ、辞めちまえエトセトラエトセトラ。ことあるごとにまーうるさいこと。
鬼の首を取ったように責め立てるんだよ。あんまり酷いと、ママさんに窘められてたけどな。
四日目は調理補助だ。肉や魚や野菜の下拵えの手伝いで、コック見習いみたいなもんだ。
これは他の仕事と比べりゃ、比較的できた。食材を洗う、皮を剥く、使わない部分を切り取るなど、さほど力がいらない作業があったからな。
とはいえ、地球にいた頃も料理なんてしたことなかったから、手際は悪かった。手順を覚えるのは一瞬なんだが、俺のインテリ系スキルは手先まで器用にゃしてくれなかったよ。
この仕事でも、またまた頑固オヤジが吠えまくってたなぁ。調理場がオヤジのテリトリーってこともあり、ママさんの援護射撃もなかった。
まあ、毎回庇ってもらうのもダセェし、指摘は事実だったから反発はしなかったけど。
五日目は地獄だった。何したかってぇと、薪割りだ。
なんだかんだで季節は冬だっつうことで、『トスエル』は暖房である暖炉が日常的に稼働してる。その燃料である薪を作るのも立派な仕事だ。
まず木材を店から仕入れることから始まるんだが、大量に購入したそれを一人で動かせるはずもなく。
付き添いとして一緒だった看板娘が、ほぼほぼ一人で木材を乗せた台車を動かしてくれたよ。
それだけじゃなく、敷地内の小さな庭みたいなところで薪割りを開始したが、何をやっても斧を持ち上げられず。振ることなんて夢のまた夢だった。
これも、看板娘が斧を振り上げ、割れた薪を俺が整理するって形で落ち着いた。
『種族』が『異世界人』になれたら楽勝なんだが、ここでいきなりステータスが上がったら怪しすぎるからな。
虚弱なステータスにため息をこぼしつつ、ほぼ使えない奴ポジションに甘んじることになった。それは毎日のことだったし、今更っちゃ今更か。
六日目は宿泊客からくる要望への応対だ。これは昼間に宿泊客がチェックアウトしたり、外出していることが多いから、必然的に夜に動くことが多くなる。
仕事内容は、部屋に備え付けられている燭台に使う燃料油の交換、寒がりな客に頼まれたら毛布を提供、追加料金をもらって持ってく風呂代わりの湯の用意と運搬、これも追加料金で客の洗濯代行などなど。結構細かいところまで客の要求に応えなきゃなんねぇ。
時々、ママさんか看板娘を指名して「体を拭け」とかいう、娼館と勘違いしたバカがいたが、代わりに頑固オヤジを呼んでやったら大人しくなった。
俺がくる前にも似たようなバカを言う連中は多々いたらしく、そん時も俺と同じ対処だったらしい。
これのキツいところは、用事ができたら夜中でも起こされるところだろう。
《永久機関》がある俺にゃ無関係だが、たとえば帳簿の確認などで起きてた商人が、夜中に油交換のためにスタッフを呼ぶことがある。
その都度目を覚まさなきゃ何ねぇんだから、宿屋の仕事ってのは大変だな。
七日目はゴミ出しだ。なんだかんだで飲食店も兼ねてっからな。客が残した残飯や、調理過程で使わなかった部分が生ゴミになって、結構たまるんだよ。
ちょっと驚きだったのが、この世界にも『ゴミの日』があったこと。
週に一回、町の外れに町で出た一週間分のゴミを集め、領主が雇った魔法スキルを使う奴が一気に処理、ってシステムだ。
人手が足りなきゃ、冒険者が依頼で手伝うこともあるらしい。魔法様々だな。
俺が命じられたのは、その処分場所までのゴミの運搬だ。麻袋みてぇなもんの中にパンパンに詰められたゴミを台車に載せ、処分時間までに運びきるのがミッション。
結果はお察しの通りだ。看板娘がほぼやったよ。
俺は後ろから台車を押したり、ナンパで絡まれる看板娘の露払いをやったり、ほぼ補助だ。っつか、ゴミ出しの最中にナンパとかすんなよ、空気読め男ども。
ちなみに、排泄物は上下水道が完備してっから、たまることはねぇ。近くに海へと続く大きい川が流れてて、そっから水を引いてるんだと。
飲み水などの生活用水は上水道から汲み上げ、生活排水は下水道に流す、あんまり日本の水道システムと感覚は変わらねぇな。
しかも、下水を川に戻す時は一旦河口付近で汚水を集め、水魔法を使える奴らが浄化してから流してっから、環境にも優しい。
浄化の魔法は低コストで誰でも覚えられるらしく、適性のある冒険者がやることも多いんだとか。機械の代替が魔法で賄える、便利な社会だろ?
アクセムでも思ったが、魔法のおかげで文明レベルがそこそこ高い。
生活しやすいし助かるは助かるんだが、その分魔法適性のあるなしで雇用の選択肢や生活の質が激変するのは仕方ねぇか。
魔法といえどスキル適性は遺伝関係なく、貴族でも魔法スキルが使えない奴もいるくらいだ。
純正人種なら半々くらいの確率で生まれ持つ個人の資質だから、本当に運だな。頑固オヤジ、ママさん、看板娘に魔法適性はないらしいけど。
ちょっと脱線した。
そんなわけで、この一週間、午前の仕事はボロボロ。夜の仕事は冒険者どもが酒飲んで喚くわ、ママさんか看板娘を呼べってうるさいわ、頑固オヤジがスピードが遅いとか分かりきった罵声を浴びせてくるわ、散々だったぜ。
わかったことは、力仕事はどうしようもねぇ、ってこと。
なるべく【普通】を解除してトレーニングになるようにはしてるんだが、王城にいた頃の生活を思い浮かべると、ステータスが上昇する希望がねぇ。まあ、やらねぇよりはマシ、ってくらいだ。
たとえ力が必要ない仕事でも、仕事を体に覚え込ませるのに時間が必要だ。調理補助とかな。飯炊きの技術は覚えておいて損はねぇし、真剣に取り組もう。俺の場合、食事は単なる娯楽だけど。
とまあ、これが俺の抱える、雇用主から与えられた仕事内容についての問題だ。
ただ、逆にこの一週間で、『トスエル』の現状についても見えてくるもんがあった。
うん、この店、結構深刻な問題を抱えてやがったんだ。
それは何かってぇと……。
「ありがとうございました。ええっと、お会計は……」
「ほら、銀貨二枚。色を付けておいたから、取っとけよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「待て待て、ありがとうじゃねぇよ、バカかお前は」
これだ。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常
生命力:1/1
魔力:1/1(0/0)
筋力:1
耐久力:1
知力:1
俊敏:1
運:1
保有スキル
(【普通(OFF)】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV2》《神経支配LV2》《精神支配LV2》《永久機関LV2》《生体感知LV1》《同調LV2》)
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