6話 スキル
俺の目の前は真っ暗だった。
いや、目ぇ閉じてるから当たり前だろとかクソどうでもいい冗談ではなく。
あまりにも予想外の事態に呆然としたまま、頭に浮かんだ俺のステータスをガン見する。
====================
名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル
【普通】
====================
そして突きつけられる、変えられない現実。
……よーしよし、落ち着け。
一つ一つ確認してやろうじゃねぇか上等だクソ野郎。
まず名前。
合ってる。俺のステータス情報で間違いない。
その下はLV、つまりレベル。
現時点で『1』なのは、この世界初心者、って意味じゃ納得できる。気になる文字のおまけはあるが、今はスルー。
次に種族。
日本人て。いや、実際そうだけどよ、ファンタジー世界で指摘されると違和感すげぇわ。ここも変なマークがあるが、まだ無視で。
さぁて、問題は次から下だ。
適正職業。
恐らくは他の奴らのステータス開示で盛り上がっていた、将来性の部分がこの項目だろうと予測できる。
で、俺。
――『なし』ってなんだよ、『なし』って!
ねぇならねぇで、現在の身分と言っていい『学生』とかでいいじゃねぇか!
いきなりすっ飛ばして『無職』扱いってぇのはどういう了見だ、コラァ!!
さらに下!
状態が【普通】だぁ!?
ざっけんな、現在進行形で絶不調だっての!!
これが『普通』だって言い切るバカはどこのどいつだ!!
そんなことほざくんだったら俺の代わりに味わってみろやこの体調不良をよぉ!!
……しかし、こんなもんはまだ序の口だ。
目下最大の問題は、一目で絶望的とわかる能力値にある。
生命力。
ゼロになったら死ぬタイプか、生き残っても無防備になるタイプかはわかんねぇが、前者を想定していた方がいいだろうな。無意味だろうが。
魔力。
魔法とやらを使うためのエネルギー源か? ゼロになったら……いや、これこそ考えるだけ無駄だな。
筋力。
そのまんまだな。純粋な筋肉の力を数値化したんだろう。
耐久力。
ゲーム的に言い換えれば防御力か。物理的な力と魔法的な力、両方を兼ね備えてんのか? そこは要確認だな。
知力。
文字だけ見れば頭の良さ。だが、これも一部のゲームや小説を思い浮かべる限り、魔法に関する項目である可能性もある。
俊敏。
素早さか。普通は筋力が高ければ脚力も強いはずだから、そっちと統合しても良さそうなもんだがな。今のところ、筋力の項目と互換性があるかは不明。
運。
読んで字のごとく。クリティカル率でも上がんのか? それとも、上質なアイテムでも拾いやすくなんのか? さすがにそこまでゲーム的な世界だとは思いたくない。
俺の身体能力的な数値の項目をざっと確認したが、そろそろいいよな?
――なんっでオール『1』なんだよ、舐め腐りやがってボケナスがぁ!!!!
しかもご丁寧に、数字の横に【固定】とかいらん情報載せやがって!! さっきからずーっと気になってたんだよ!!
俺のステータスはレベルも含めて成長しねぇって言いてぇのかそうなんだなわざわざありがとうよ感謝で涙が止まらねぇわ死ね!!!!
で、俺に残された最後の希望……スキルに至ってはたったの一つ。
【普通】。
これだけ。
――どんだけ俺を馬鹿にすりゃ気が済むってんだあ゛ぁ!?!?
スキルっていわゆる『特殊能力』なんだろ!? それが【普通】とか聞いたことないわ!!
多少の中ニっぽい表現なら許容しようと思ってたが、【普通】ってなんだよ【普通】ってぇ!!
何が【普通】なんだ!?
どこが【普通】なんだ!?
てめぇらに俺の何が分かるって言うんだぁ!!!!
確かに、身長・体重・勉強・運動・健康診断からゲームのスコアに至るまで、ずっと平均値を叩き出すTHE・凡人だがなぁ――せめてこういう時くらい【普通】って言葉から抜け出させてくれよ!?
っつうか【普通】ってディスりてぇんなら基本殺しにかかってる『普通』じゃねぇステータスはどう説明する気だコラ!?
なんで俺だけこんな目に遭わなきゃいけねぇんだ!
いくら何でも世の中不公平すぎんだろっ!!
「…………ぷふっ!」
「おいてめぇ何笑ってんだコラ」
「いえ、別に」
内心で大混乱していると、目の前のローブが俺の顔を見て嘲笑しやがった。
即座に目の前のおっさんを全力で睨み、できうる限りに凄んでみたがどこ吹く風と流される。
他の連中がステータスを確認する度に歓声が上がったりしたことから、そうじゃねぇかとは思ってたが……。
やっぱこの水晶、鑑定対象だけじゃなくてローブの奴らも結果を見れるんだな。
できるだけ敵に情報を与えたくはなかったが、俺の能力を知る方法を持っていたのが現状であいつらだけ。
情報料の駄賃としてはかなりぼったくられた気分であっても、こっちは文字通りないない尽くしの素寒貧……甘んじて受け入れるしかねぇ。
「確認が終わりましたら、列から離れて下さい。邪魔ですから」
「ちっ!」
最後まで俺の扱いが雑だったな。モブ顔の中年魔法使いめ、覚えてやがれ。
舌打ちを残して水晶から離れ、他の連中のステータス確認が終わるのを待つ。
時折ローブが驚く場面もあったが、とりあえず自分のことだけで精一杯だった俺は無視して思考に没頭する。
謎の体調不良からしていい予感はしなかったとはいえ、まさかここまで詰んでるほど酷いステータスだとは思わなかった。
国民的RPGの始まりの町周辺で襲ってくる雑魚敵でさえ、もっとマシな数値してっぞ。
どんだけ突き抜けたハードモードで異世界ファンタジーを歩けってんだ?
生命力は体力の意味も含んでるとすれば、階段どころか平地を歩いただけで息切れしたのも、最大値が『1』しかなかったからだってなら、納得せざるを得ない。
魔力は……知らん。元々持ってたもんでもねぇし、なかったらなかったで困ることはねぇだろ。
筋力はそのまま筋肉が発揮できる力だとして、要は体を長時間持ち上げるだけの筋力がない、ってことか? 内臓関連の筋肉は無事だろうな?
耐久力は逆を言えば脆さだ。さっきクラスメイトから首を絞められたとき、数秒と経たずに落とされそうになったことにも関係してんのかもしれねぇ。
知力はこの世界に対する知識量、もしくは魔法関連の強さ、って意味なら頷くしかない。記憶力や知恵とか言う意味なら、泣くしかない。
俊敏はもう結果が出てる。体力もなければ、徒歩の速度も異常に遅かった。まさに『1』の数値に恥じない仕事ぶりだ。
運は……考えたくねぇなぁ。そもそも異世界召喚に巻き込まれてる時点で運気なんざ終わってるし、人生の絶望を味わった今ならこの残酷な数字を受け入れるしかない。
総合すると、だ。ここは地球とは物理法則が異なり、この『ステータス』が人間や生物を支配しすべての基準として機能している、ってことなんだろう。
比較対象としてこの世界における成人男性の平均値も知りたいところだが、さすがにオール『1』なんて無様なことはねぇよなぁ……。
これが平均だったら、今頃この世界の人間は半分以上が寝たきりになってるはずだし。
なのに俺の状態が【普通】……ダメだ、考えれば考えるほどドツボにはまる。
「お疲れさまでした、勇者様方」
床に座り込んだまま思考が止まりかけた時、代表らしい年輩ローブが口を開く。
「本日はこれにて休んでいただいて構いません。
召喚魔法を経験し、陛下との謁見もありましたから、疲労が溜まっておられることでしょう。いくつかのグループに分かれていただく必要はありますが、王城に部屋をご用意してあります。
今後の予定は追って連絡いたしますので、それまではゆるりとお過ごしください」
そう締めくくり、ローブの集団が謁見の間から退室していく。
代わりに入室してきたのがメイドさんだ。
都心部のぼったくりカフェとは違い、きちんとした使用人の格好をした彼女たちはてきぱきと指示を出して、俺らをグループ分けして部屋から連れ出していく。
「貴方はこちらです」
「…………」
俺はというと、光栄にも笑顔が休業中のメイドから逆指名を受け、嫌々ながら重い腰を上げる。
はてさてどのグループと混ぜられるんだ、なんて思っていたら、そのまま謁見の間から出ていきやがった。
相変わらずの特別待遇とはありがたいね……ま、相応の冷遇は覚悟していたからさほど落胆もないが。
油断すれば上がりそうになる息に注意しつつ、年上っぽいメイドの先導について行く。
時折、メイドの歩きにさえ遅れそうになるのは体力の差か俊敏の差か。
最初は余裕ぶっこいてポケットに両手を突っ込んで歩いてたが、もうちょいちょい小走りで背中を追ってるようなもんだ。
男としちゃ、実に情けない限りだぜ。
「つきました」
もう少しで酸欠になりそうなほどの時間をかけて移動したメイドが立ち止まった場所は……どう見ても客人に案内するような雰囲気ではない扉があった。
鉄製で装飾性は皆無。
前に立つだけで空気のよどみがわかり、これみよがしにデカい鍵穴が不安を煽る。
目線の位置にある小窓は鉄格子っぽい感じになってて、中は真っ暗のまま何も見えない。
扉の縁には鉄鋲でも意識したのか、丸い模様がいくつも等間隔で並んでいた。
どう見ても牢屋の入り口ですね、ありがとうございました。
「俺、ここ?」
「そうですが、何か?」
聞くまでもねぇことを一応確認してみれば、言葉短く扉の先を促された。
そうかぁ、ここかぁ……。
「陛下の寛大な配慮により、貴方だけは特別に個室をご用意させていただきました。
この中にある空室であれば、好きなようにお過ごしになっても構いません。
なお、自由な外出は認められておりませんので、次に私どもが訪れるまでは室内でどうぞおくつろぎ下さい」
寛大な配慮、ねぇ?
むしろ狭量すぎるだろ、これ?
『特別に個室を』、って物は言い様だな。
つまり、独房がいっぱい並んでんだろ?
んで、『空室であれば』ってことはすでに先客もいる、ってこと。
『外出の自由がない』、ってのは俺が入った後でこの扉が施錠でもされんだろうよ。
次に出られるのは、こいつらが便宜上でも『勇者一行の一人』を呼び出すとき、って感じか。
「へいへい、感謝感謝。あ、感謝ついでに、一つ頼みごとがあんだけど」
「…………なんでしょうか?」
うっわ、嫌そうな顔を隠しもしねぇのか。ここのメイド教育は一体どうなってやがんだ?
「紙とペン、あとは明かりくれ。
紙は大量に、ペンにインクがいるならそっちも大量に。
ペンが折れたらその都度交換してくれるか、先にスペアを何本か。
明かりは長時間保つような奴な。燃料が必要なら、それもいくつか持ってきてくれ」
「……………………頼みごとは一つでは?」
聞き返すまでの間が長ぇなぁ、おい。
大した無茶を頼んだわけじゃあるまいし、それくらいは快く引き受けろよ。
こっちは曲がりなりにも客人だぞ?
「俺ってホラ、所かまわず喧嘩売っちまうほどバカだろ?
明日から勉強する、ってなったら復習しとかなきゃ頭ん中に知識が入ってこねぇんだわ。
明かりは徹夜でもしようかな~? って考えてんだよ。
だからこうして頭下げて頼んでんだけど?」
「お断りします。必要がございません」
最初は下手に見えるよう、胸を張ってふんぞり返りながら頼み直してみたが、案の定ばっさりと断られた。
そこを何とか、ってな具合で二言目の懇願を出そうとする前に、メイドはさっさと背を向け立ち去ろうとする。
「――へぇ、無視すんのか?
国王さんは『この国でできる最高の教育を施す』って約束してくれたよな?
要求したのはその『教育』に必要な道具であって、俺は『少しでも国王の意志に沿うよう』、勤勉意欲に目覚めた善良な異世界人なんだぜ?
一端のメイドが、『国王が約束する』といったことを平然と反故にするのか?
てめぇの君主の言葉は、使用人が無視していいほど軽いのか?
てめぇらのいう『契約』ってのは、てんで薄っぺらなんだなぁ、おい?」
「――っ?!」
そのままどこぞへ消えようとした女の背に、要望を無視されかけた苛立ちのまま鼻で笑ってやった。
効果は覿面で、勢いよく振り返った女の顔は驚愕に染まり、顔色も真っ青になっていた。
「待っ――」
「それがイガルト王国の態度だってんなら仕方ねぇなぁ。一方的に『契約が破られた』場合――どうなるんだ?」
「い、あああああぁぁぁぁぁ!!」
そして、俺がわざわざ『契約破棄』の認識を明確に言葉にした途端、メイドは突然苦しみだした。
体が少しだけ黒く発光し、すぐに立っていられなくなったのかその場に崩れ落ちる。
それなりに顔が整った女だったが、痛みか何かに苦しむ様子はとても醜い姿だった。
喉と胸を手でかきむしり、酸素を求めるように口はパクパク開閉を繰り返す。
黒い靄が体から漏れ出る量が増えるほど、苦しみが増すのか時間経過で暴れ方が強くなる。
……なるほど。
これが、俺らがクソ王の罠にかかってたらつける羽目になってた、『契約魔法(仮)』という名の『首輪』ってわけか。
あん時の宰相らしいおっさんの反応から、何かしらの仕込みがあると予想はしていた。が、思った以上にえげつないもん用意してやがったな。
恐らく、対象は『国王とその配下』と『召喚された者たち』との間で結ばれんだろう。
発動条件は『一方による契約内容の反故が発生した場合』か『契約破棄を一方が認識して口に出した時』のいずれかか、両方。他にも細かい設定があるかもしんねぇな。
で、破った方は人の目なんか気にしてられねぇほどの、地面をのたうち回るくらいの苦しみが与えられる――今、俺の目の前でもがいてる女のように。
あの黒い靄からして、ステータスの低下とかスキルの使用制限とかもありそうだな。
……本当に、クソッタレな国だぜ。
「――なんてな、冗談だよ、冗談」
「あああああっ!! あ、あぁぁ……」
どれだけ効果が続き、酷くなっていくかも確かめたかったが、虫みたいに暴れ回る人間を観察する趣味もねぇ。
効果が切れる条件を探るためにも、『契約を破棄された』という認識を消し去って前言を撤回してみた。
すると、黒い靄はふっと霧散し、女のうめき声が小さくなっていく。無事に『契約魔法(仮)』の効果はなくなったようだ。
少し発動条件や解除条件が曖昧だから、機会があれば別の王国関係者にも試してみるか。
こいつら煽り耐性なさすぎだから、俺がちょっと挑発すれば喜んで実験台になってくれるだろ。
俺とクソ王の会話を忠実に再現すんなら、契約期間は一年。
しかも、契約で負うべき義務は奴さんだけの一方的な関係だ。
――これを利用しない手はねぇよなぁ?
クソ王を始め、この国の奴らは終始俺らに対して舐め腐った態度を取ってくれたんだ。
相応の報いは受けてもらわねぇと、つり合いが取れねぇだろ?
「で、もう一度頼むけど、紙とペンと明かりくれ。勉強用の、な?」
「……か、……かしこまり、ました…………」
うつ伏せで倒れたままの女を見下ろし、俺はもう一度お願いする。
すると、一度断られた内容だったが、今度はメイドもか細い声で快く了承してくれた。
やっぱり誠意ってのは大事だな。
人種も言葉も違うが、心からお願いすれば気持ちは通じるもんだ。
いやー、こいつらとは『いい関係』を築けそうだよ、まったく。
「じゃ、頼んだぜ? すぐに用意してくれよ?」
まだ痛みが残ってんのか、プルプルしたまま動けない女を放置し、俺は待機場所にされた鉄の扉に手をかける。
結構重かったが俺の筋力でも何とか開けることができ、さっさと入っていった。
====================
名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル
【普通】
====================