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58.2話 不調


 またまた、会長の他者視点をぶっこみます。


 今回は会長視点が連続します。


『彼』と再会を果たした合同訓練の日から、およそ一ヶ月。


『彼』は、再び、私たちの前から姿を消していました。


「ギイッ!」


「ヴァウッ!」


「ブブブブッ!」


「ギチギチッ!」


 私の目の前には、魔物の大群。


 緑色の小人であるゴブリン、大型犬よりも一回り大きいワイルドウルフ、黄色と黒のまだら雲のように押し寄せるキラービー、漆黒の津波がごとく(うごめ)くビッグアント。


 四方八方から押し寄せてくる、数を武器とする特性を持つ魔物たち。


 それに対する私は、その場から動きません。


 いえ、正しくは、動けません。


 足下にあるのは、私の肩幅程度を直径とする円。


 それを越えた途端、私の全身に激痛が走るようになっており、大きな隙となってしまいます。


 故に、私が出来ることは、待つことだけでした。


 私の制限など知らない魔物たちは、私という餌を中心にどんどん包囲網を縮めていきます。


 前後左右、どこを見ても魔物しかない景色を、淡々と見つめ。


「…………」


 抜刀。


「ギャアアアアッ!?」


「ウオオオオンッ!?」


「ブブブブブブッ!?」


「ギチギチギチッ!?」


 苦悶、悲鳴、羽音、金切り声。


《生成魔法》で作った私の大太刀、『泡沫(うたかた)』の刃圏(リーチ)に入った瞬間、魔物たちから血飛沫(しぶき)があがり、肉体を()り飛ばされ、地面へ倒れていきます。


 私のスキルは、《異界流刀術》のみ。


 つい先日レベルが最大となった上級スキルの調子を確かめるため、無限に()いて出る魔物を、次々と切り捨てていきます。


「くっ……!!」


 しかし。


 集中できない。


 思考が乱れる。


 いつもならば、どんな時、どんな体勢でも、必要最小限かつ一撃必殺でほふれるのに。


 数体に一体、わざわざ肉体を両断するという、無駄な動作が目立ちます。


 本来入れる必要のない力が体に入り、動きに柔軟さがなくなっていました。


 体力の消耗もその分激しく、知らず焦りに近い声が漏れます。


「『(アロー)』」


 さらに、苛烈(かれつ)な襲撃は続きます。


 魔物たちの援護をするように、魔力で形作られた無数の矢が、上空を覆い尽くしました。


 元々なかった逃げ場が、完全に消失した瞬間です。


 さらには、切り捨てた魔物たちの死体は消え去り、後続の魔物たちの進行を妨げることはありません。


 一つ一つは大した脅威でなくても、果てのない数が一丸となり、私だけを殺すことに(まと)まれば、容易に『死』を幻視するに足る圧倒的な暴力へと変貌します。


 状況は、絶体絶命。


「……、ふっ!!」


 ですが。


 この程度で絶望するほど、私は(もろ)くはありません。


「ギャアアアアッ!?」


 剣閃が走り。


「ウオオオオンッ!?」


 血液が飛び散り。


「ブブブブブブッ!?」


 体液が吹き出し。


「ギチギチギチッ!?」


 魔物の屍が虚空に溶け。


 ガシャンッ!!


 砕かれた魔力が(ちり)と消えます。


「はあっ!!」


 本調子ではない体を動かし。


 この場では余計な思考が脳裏をちらつく中。


 それでも私は。


 敵を()る。


「しっ!!」


 次の瞬間。


 魔物の大群の中から、一人のローブ姿の少女が姿を現しました。


『泡沫』を振り切った私の間隙(かんげき)()って急接近。まるで地面を滑るように、姿勢を極限まで低くして疾走してきました。


 そうして、私の足下付近から、先端に魔力の刃を(まと)わせた木製の杖を、私の胸の中心を狙って突き出しました。


「やあっ!!」


 少女の気合いの声とともに、私の心臓に魔力製の槍が貫かれる寸前。


 私は《生成魔法》で『泡沫』の刀身を作り替え、『守懐(しゅかい)』に近い短刀を形成し、穂先(ほさき)の刃とかち合わせました。


「っ!?」


「せいっ!!」


 防御されると思わなかったのか、少女から息を()む気配を感じましたが、私は短刀の『泡沫』を切り払い、少女の体勢を大きく崩しました。


 切り払われ、弾かれた杖につられ、少女は体を開き、無防備な姿を(さら)します。


 ただし、少女の背後からは未だ魔物の進軍は衰えず、少女と同様、防御で隙ができた私に群がります。


 このままでは、どの魔物からにしろ、何かしらの攻撃を受けてしまうことは確実でした。


 ……仕方ありませんね。


「『無間(むけん)』」


 決断は一瞬。


 私は再び《生成魔法》で『泡沫』の刀身を元の長さに戻し、《異界流刀術》に組み込まれた奥義の一つを解放しました。


「ーーーー」


 刹那。


 すべての音が消え。


 周囲に存在していたすべてに無数の斬線(ざんせん)が刻まれ。


 一斉に四散しました。


 同時に、『泡沫』の刀身も『無間』の負荷に耐え切れず、粉々に砕け散りました。


「ここまでね」


 私の視界から少女や魔物が消失してから、聞き慣れた友人の声が鼓膜を震わせます。


「調子悪いんじゃない、カレン? あの程度で『無間』を使うなんて、今までなかったでしょ?」


 声の方向へと視線を向けますと、そこには私の足下に描かれた円の、さらに大きく描かれた円の外側。


 不敵に(たたず)み、腕組みをしながら、私を半眼で見つめるセラさんの姿がありました。


『無間』は《異界流刀術》のレベル9で覚えた奥義であり、文字通り『間』を『無』にする斬撃を生み出す技です。


『無間』が示す『間』とは、かなり広い意味を持ちます。


 敵と刀身までの『距離』、前後の斬撃間で必ず生じる『合間』、斬撃が敵に到達するまでの『時間』、斬る動作と斬ったという結果の間にあるはずの『過程』、一振りで斬ることができる『数』、そして斬撃が走ったと認識できる『軌跡』。


 そうした『斬る』という動作に関わるすべての、原因から結果までの『間』をすべて『無』にした斬撃が、『無間』です。


 かなり強力な技ではありますが、その分一度に削られる魔力はかなり多く、基本が刀を用いた技であるためか効果範囲は限られている上、スキル使用後ほぼ確実に刀が自壊していまいます。


 何より、『無間』でもたらされた結果に応じて、身体能力も一時的に低下してしまいます。今回の場合、おそらく一割から二割程度、運を除く全てのステータスが低下していることでしょう。


 ずしりと全身に重くのしかかる能力低下は、私の未熟をわかりやすく示す重石であり、セラさんの指摘は耳に痛い内容でした。


「……そういうセラさんこそ、『(アロー)』の雨にいくつも穴がありましたし、魔物に潜ませた『分身(ドッペルゲンガー)』の数が一人だけな上、動きもぎこちなく思えましたが?」


 とはいえ、私自身不調には自覚があり、言われるまでもないこと。セラさんの指摘をそのまま鵜呑(うの)みにして、素直に反省の言葉を述べるのも面白くありません。


 仕返しとばかりに、私が感じた【幻覚】による戦闘訓練の甘さに言及しますと、セラさんの表情が苦くしかめられました。


「……ちっ! 仕方ないでしょ? あれから一ヶ月になるとはいえ、あんなものを見た後で、平然としてられる方がどうかしてるわ。これでも調子はだいぶ戻った方だっての」


「……そう、でしたね。すみません。私もまだ、すべての感情の整理がうまく出来ていないのかもしれません。不調の原因は、私もセラさんも、同じだというのに」


「お互い様よ。私も、変に突っかかって悪かったわ」


 私たちは記憶に新しい『あの時のこと』を思い出してしまい、唇を噛みしめます。


 セラさんは舌打ちをしてから杖で自身の肩をぽんぽんと叩き、ばつの悪い顔をして近づいてきます。


 私は私で、新たに《生成魔法》で刀身を作り出した『泡沫』を腰の(さや)へと納刀して、おそらくセラさんと同じような表情で迎え入れました。


 先ほどの戦闘は、主にセラさんの【幻覚】を用いた、実戦さながらのイメージ訓練です。


 対象者の知覚の中でならどのような環境にも身を置ける【幻覚】は、敵を害するだけではなく、先ほどのように己を鍛える手段としてもとても優秀です。


 私が倒していった魔物や、セラさんの姿を模した少女が倒した瞬間消え去ったのも、それらすべてが私が見ていた【幻覚】であるため。


 また、私の足下の円とセラさんの足下にあった大きな円の間にある空間が、《異界流刀術》単独で行える最大攻撃可能範囲と、私にかけた【幻覚】の効果設定範囲を示していました。


 小さな円から外に出れば激痛が走るよう設定したのは、私がその場を動くことで無関係な人や場所を破壊することを防ぐため。


 一歩でも動くと、【幻覚】で知覚できなくなった誰かを、知らず手に掛けていたでしょうから、当然の制約ですね。


 とはいえ、ただのシミュレーションとは違い、実際に攻撃を受ければ傷が生じ、命の危険もつきまといます。


 幾度か危ない場面があり、その時もし防御しきれず【幻覚】の攻撃を受けていたとすれば、私もただではすまなかったでしょう。


 それに前提として、術者であるセラさんを全面的に信頼していなければ出来ない訓練手法でもあります。


 無抵抗で【幻覚】を受け入れるということは、正しく、己の命をセラさんに差し出すことと同義なのですから。


 セラさんに殺されないだろうと確信できる信頼関係、あるいは【幻覚】の術中に(おか)されてなお反撃できうるだけの実力が、この訓練には必要となりました。


 私の場合、前者は言うまでもなく、後者は【勇者】の発動により、両方の条件は満たしています。


 以前この訓練法をセラさんに提案し、【幻覚】に身を任せる危険性を問われた時にそう断言したのですが、ものすごく呆れられましたね。


 それでも、『全幅の信頼を寄せている』と言った私に、憎まれ口を叩きながらも、ちょっと嬉しそうにセラさんの口角が上がっていたのは、かわいらしいと思いましたけど。


長姫(おさひめ)、まだやってんのかしら?」


菊澤(きくさわ)さんも、体を壊さなければいいのですけど」


 私たちの訓練はきりのいいところでしたので、小休憩を挟みました。


 壁際まで移動して、先ほどまでいた訓練場の一角で長姫先生と菊澤さんが訓練をしているように見せている【幻覚】を眺めつつ、ぽつりとこぼしました。


 諸事情でこの場にはいない二人を案じつつ、私もセラさんも、イガルト王国の監視に見せるためだけの【幻覚(くんれん)】を、見るともなしに見ていました。


 多分、考えていることは、二人とも同じ。


 あの日、私たちを拒絶し、去っていった、『彼』のことでしょう。




※下記は『無間』の影響がない、会長のステータスの最大値を示しています。


====================

名前:水川(みなかわ)花蓮(かれん)

LV:12

種族:異世界人

適正職業:勇者

状態:健常


生命力:3800/3800

魔力:3200/3200


筋力:480

耐久力:410

知力:450

俊敏:540

運:100


保有スキル

【勇者LV3】

《異界流刀術LV10》《イガルト流剣術LV10》《異界流弓術LV7》《生成魔法LV10》《属性魔法LV10》《縮地LV7》《虚実LV3》《生体感知LV3》《魔力支配LV2》《詠唱破棄LV2》《連鎖魔法LV1》《未来把握LV3》《鬼気LV4》《千里眼LV1》《刹那思考LV2》

『長刀術LV7』『槍術LV5』『柔術LV5』『暗器術LV4』『範囲魔法LV5』『集約魔法LV5』

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